第四話 「残酷なる猫は夢見る」 19 *END
19 ――END
高校二年生となった鈴科夜神は、令嬢舞歌の墓の前に座り込んだ。
おまえがいなくなってから色々なことが起きた。殺人罪として長山は少年院に送られた。俺はおまえの墓参りもしないで、高校をやめて隣の県のごく普通な街にて一人暮らしを始めた。それから毎日憂鬱な日々を送っていた。
あの夏の日。夏休みまで後数日というあの日。おまえが死んだあの日。
俺は警察署から帰宅してから、おまえの手紙を読んで大泣きした。あの日の夜は涙で最後まで読み切れなかった。それから読めば自分のままでいられなくなると思って読まなかった。
けどさっき読み切ってきたよ。わかる通り、泣いてしまった。
夜神は墓に向かって語りかける。舞歌が死んでから起こった全ての出来事を。隣にも周りにも誰もいない。舞歌と夜神の両親が慮ったのか、墓は綺麗な丘の上に置かれた。ここは墓が集まるところだが、彼個人の意見では彼女の墓石が立つ場所はこの近くで最も綺麗だ。雲一つない快晴の中彼はひたすら語る。
手紙を彼女の墓の前で読むことは恥ずかしくてできなかったが、全て読み切った。
『ヨルへ
正直言って夜神って名前で書きたいけれど、親しみを込めてヨルって呼ぶね。
君と初めて会ったのは中学一年が終わる頃だったね。あの頃はまだ会話もろくにしないで、ヨルの中ではまさか恋愛感情なんてなかったよね。
一緒に同じの高校に行こうって言われた時は嬉しかった。気付いているとは思うけれど、私は友達がいなくて、このままヨルと高校で離れたらもう誰とも話せないとも思っていたんだ。
横断幕事件の時も嬉しかった。私を庇ってくれて。
やっぱり、ヨルは私のヒーローだ。
手紙の中でも焦らしてしまう私だけれど、やっと決心したんだ。断られたら、それでも仕方がないとも覚悟している。
でも、私はちゃんとはっきり言わないといけないと思ったんだ。
私はヨルが好きです。
よければ付き合ってください。
令嬢舞歌より』
「ごめん。俺もおまえが好きだった。もしあの事件がないまま、おまえが生きたまま、俺が手紙を読んでいれば、絶対に付き合っていただろう。でも、謝ることしかできない。おまえの告白に謝るのではなくて、俺がおまえを見殺しにしたことを」
彼がする告白は恋愛とはかけ離れていたのかもしれないが、謝罪しなければならなかった。それこそが彼が一番すべきことだ。
「ごめん。ずっとおまえの墓にも行かなくて。俺は臆病だった。おまえが死んだなんて考えられなかった。だけど、もう吹っ切れたよ」
吹っ切れた、と彼は表現した。
「都合のいいことを言うけれど、俺はおまえを見殺しにした罪悪感を抱えながら、おまえを好きでいながら、前向きに生きていく。おまえのような、人を救える人間になってみせるよ」
涙を必死に堪えた。語っていると徐々に涙が溜まっていく。
「いつかはおまえを超える人間になるよ、舞歌」
新しい高校に入ってから友人ができたんだ。日比谷良一っていう馬鹿でな。
最近、仲間に二人少女が入ってきたんだ。その内一人は金髪に任せているけど、もう一人の霊猫っていう奴に迷惑を何回もかけてしまってな、ようやくあいつとも明るい話ができそうだ。
もう、悲しい話なんてしない。霊猫はおまえのように俺を勇気づけてくれるから、今度は俺があいつの為に何かをしなければならない。そんな、自意識過剰も甚だしい、使命感を背負って生きていくよ。
俺はおまえと過ごした春を忘れない。おまえが今、俺を憎んでいても仕方がない、と正直思っているよ。俺はおまえを殺したのだから。
鈴科夜神という存在がいなければ、おまえは死んでいなかった。死ぬよりは生きている方がマシだ。そんなことくらい、考えなくてもわかるだろう。俺は本当に悪いことをした。命を払っても、わりにあわない。
実は俺も一度死んだんだ。確かに仮想空間の出来事で、実際に死んだわけではないけれど、死という痛みを初めて知ったよ。文字通り痛感した。
俺はあんな思いをおまえにさせたのだな。と素直に思っている。
本当に申し訳ない。謝って済む問題じゃないことくらいわかっているし、おまえを信じるということも都合のいい言い訳、弁解かもしれないけれど、俺はひたすら謝ることしかできないのだと思う。情けないよ、本当。
許しを請うなんて真似はしないさ。俺が悪いのは一目瞭然だからね。
だから、おまえの遺志を引き継いで、俺はまずおまえを超える人間になることを目標に生きていくよ。
欲を言えば、その次は『英雄』を目指そうかな。
「それじゃ、俺は帰るとする。図々しいかもしれないけれど、また来るよ。よければ待っていてくれ。その時にはその霊猫も紹介するよ」
あらゆる感情を落としてから、おもむろに立ち上がった。
綺麗な緑の丘の中。死んだ恋人の墓の前。
雲一つない深い蒼の空と太陽は彼を包み込む。
夜神は墓の前で敬礼してみせた。
舞歌が嬉しさを表現する時に使ったその合図を、彼はしてみせた。
俺の春はもう終わったかもしれないけれど、俺はおまえの分まで生きるよ。この命は無駄にしない。せめて一人でも救ってやる。冗談抜きで英雄になってやる。
瞬間、突風が彼と彼の心を包んだ。
握っていた手紙が風に飛ばされ、天高く昇っていった。
複雑な感情が交差しながら、彼はその手紙を見送った。天高く、太陽の強い光を浴びながら昇っていく、彼女の遺志の旅立ちを見送った。
いつかは俺も、あのように輝けるだろうか。
彼は踵を返し、いつもの癖でポケットに手を突っ込んで、心の中で呟いた。
人生の恩人よ。
ありがとう。そしてさようなら。




