第四話 「残酷なる猫は夢見る」 12
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ユイネと名乗った少女は二階から階段を使って降りる。無音のエントランスに足音を響かせる。例えこの少女の言い分が本当で、この少女が第五位でなくとも、超能力者の可能性もある。下手に手を出すのはやめたほうがいい、とヨルは考える。
相手が女子ということもあり、殺す気は全くないのだが、女子と殴り合っても問題はないと言うヨルは身構える。
ユイネが突然、階段の途中で立ち止まった。ヨルは警戒を強めるが、
「私に対して遠慮とかいらないからね。どんどん鉄砲とか使っていいよ」
と少女がやはり笑いながら言う。何だこいつは、素直に対峙する少女を不気味がった。無理もない、まるでサイコパスのように少女は煌く何かを手に握っているのだ。
それが何か判断する前に少女が動いた。その煌く武器を素手で投げたのだ。
しかし瞬間、ヨルは超能力を使って横へ跳ぶ必要があった。刹那、彼が元々いた空間を何かが貫いたのだ。それは爆風を生みながら直進し、壁に衝突すると大きな衝撃音をエントランスに響かせた。壁は鉄球で叩かれたように砕け、範囲の広い亀裂を作り出す。これほどの破壊力、銃では到底作り出せない。銃は飽く迄も殺人用の武器であって、何かを破壊する為のものではないのだ。
ここまで来て超能力を使わないと意地を張るような馬鹿ではないのは確かだが、その前に結果は出ていた。ユイネは両手に武器を握っていたのだ。もう一つの武器が彼の眼前に迫っていた。万事休す、どう避けようと必ず攻撃をくらっていた。
ヨルの体が強く壁へ打ち付けられる。左肩よりやや下に激痛が走る。そこへ目をやると、鋏だった。主に紙を切る為に使用する文房具。その子供でも学校へ持ち込める鋏が二つに分解され、その片方が肩に刺さっていたのだ。
「やっぱり第一位の反応速度だよ。いや、反射速度って言った方がいいのかな。何かわからないのに、銃弾よりも速いものを投げられても冷静に回避できる。ああ、心配しないでいいよ、私は霊猫ちゃんを狙うような最低者じゃないから」
ユイネは分解されていない鋏を片手に握り、開閉を繰り返している。言うまでもない、こいつはサイコパスだ。人を殺すことに躊躇いがない。
彼は冷静に判断し、銃を素早く構え、撃った。静かな銃声がエントランスの空気を変える。正確に言えば、その後に響いた金属音がその場の空気を一気に変えた。
ユイネが鋏で銃弾を防いだのだ。普通ならばまず不可能な行為。それに、銃弾に鋏をあてることができた時点で、その鋏は吹き飛ばされ、鋏を握っていた腕が粉砕されるだろう。それを当然のようにユイネは成功させてしまった。
「超能力者か!」
ヨルは怒鳴る。こいつの能力は何だ。
「いや、違うんだけどな。でも、リナさんの『イレギュラー』が超能力なら、私もそうかもね。でも私は超能力者じゃないよ」
リナの名前が出ると、ヨルは更に考えた。こいつもリナと同じイレギュラーだというのか? 彼女は俺を信じているから――しかし到底ユイネがイレギュラーだとは考えられなかった。
それに何だ、これは。目に見えていないはずの何かが見える。
ユイネの体の周りを、足元を、まるで魔法陣のように文字が羅列しているのだ。
これはイレギュラーでも超能力でもない。初めて見る。目を凝らせばそんなものないのだ。しかし、脳で視界を処理するとそれがあるように感じる。感覚的に見える。
「ええとね、これって意外と誰にも見えるんだよね」
少女は何事もないかのように笑う。
この場で、この理解不能な現象に一番驚いていた者は霊猫だった。危うくショットガンを落としそうになる。この現象を見たことがある。目には見えないが、何故かそこにあると思ってしまう、魔法陣のような何かを。彼女は既に知っているのだ。その正体が何かは知らないが、それを知っている。
他でもない、隣にいるヨルがその魔法陣を使っていたのだ。
対譲戦、人質として敵に捕らわれていた彼女はあの戦場にいた。ヨルの存在を全員が忘れてしまった、あの現場に。最後までヨルの存在を認識していられた人間は、敵であった譲と、霊猫、リナ、そして戦場を傍観していた男だけだ。
譲はヨルに『死ね』と言われただけで呆気なく死亡した。その時に、ヨルの周りに、ユイネと同じ大きさの魔法陣が作り出されていたのだ。文字が羅列している。まるでコンピュータープログラムをそのまま羅列したような何かを。
ユイネが急に動き出した。階段から飛び降りるように跳ぶ。腕を振って鋏を投げる。再び小さな魔法陣が腕の周りに浮かび、鋏が銃弾よりも速く飛ぶ。
ヨルは右手で鋏を弾き返す。エネルギーを上手く使った跳ね返しだ。超能力を使わないと決めていたが、相手は異能力者だ。やむをえない。こんなことで軽々と意志を曲げる彼はやはり駄目な奴だ。
跳ね返った鋏は一階に突き出る柱を一つ粉砕した。柱は今にも崩れそうになる。
彼は念力のようにユイネの体を縛り上げたが、冷静に彼女は鋏を投げ、彼の集中を切らせる。それによって自分を縛る力が解かれる。
「避けられるかな?」
ユイネはおよそ六つの鋏を空中に放り投げ、指で弾くように一本ずつ飛ばす。ヨルは大きく迂回しながら避ける。先読みする鋏ではあるが、全神経を集中させ、正確に避けていく。
六回もの攻撃が終わった頃、ヨルは二階に上っていた。そこで障害物を見つけ、隠れる。息を殺して敵の動きを読む。
「隠れても無駄だよ? 確かに敵は私しかいないけど、どこにいるくらいかはわかる」
狂気的な少女は一段ずつ階段を上る。その内に霊猫も安全圏へ逃げた。その様子を遠くから見守る。やがてユイネは二階に上り、ヨルへ歩み寄っていた。分解した鋏をナイフのように片手で構えながら。ヨルの位置を探りながら歩く。
見つかれば再び隠れなければならない。チャンスはこの一度だ、と珍しくヨルが焦ったように息を潜める。
「見つけた!」
幼き少女の声がエントランスを走った瞬間、ヨルはユイネめがけてとびかかった。
「霊猫、今だ撃て!」と叫ぶ。
ユイネの右手首を持ち、左腕を右腕で押さえる。動きづらい姿勢ではあったが、ヨルはユイネの動きを止めた。当のユイネは驚きに目を丸くし、ヨルは獲物がかかったと嘲笑っていた。犬歯を見せるように、口角を上げる。
瞬間、耳を劈かんばかりに大きな猟銃の銃声が轟く。ショットガン独特の乾いた、しかし耳に残る異常に強い銃声。そして地面が崩れる音。
何が起きているか理解したユイネは思わず「なっ」と声を漏らす。
「少し馬鹿過ぎたな、おまえ」
ヨルは嘲笑するように言うが、その口には手榴弾がくわえられていた。改造が施されている手榴弾。従来の物よりやや早く爆発し、ピンが簡単に抜けるようにされている為、口でピンを抜いても、歯が折れたりはしない。
二階が崩落していく。この一帯を支えていた柱は既に、跳ね返された鋏が壊していた。それを更に霊猫が猟銃で完全に粉砕する。よって、柱を失った床が崩落する。
ユイネは異常な力で鋏を高速で投げてくるが、手を押さえれば全くの無意味である。人間は無防備で背中から落ちればただでは済まない。それくらい馬鹿なユイネでも理解していた。二階の高さから背中から落ちるなど無事なわけがない。
下から相手の腕を押さえていた為、右手は口まで動く。ヨルは右手で手榴弾を掴むと、一階の床へ投げる。これでチェックメイトだ。無防備なまま落下し、手榴弾が待ち構えていたなら助かるわけがない。
二人は落下していく。その途中でユイネが右手に持つ鋏を投げ捨てた。
その行為を見て、ヨルは崩れ落ちる二階の床に足をつけ、前へ思いっきり跳んだ。霊猫に近い場所で着地に成功し、後ろで手榴弾が爆発する。
ヨルとユイネは無事に戦闘を終わらせた。既にユイネは戦闘する気を失せていた。つまり降参である。やはり、彼女も彼女で死が怖いのだ。助からない状況に置かれ、降参を選ぶしかなくなった。
「大した人だね。降参をさせる為に女子を脅すなんて」
ユイネは苦笑いで言うが、当のヨルは大量の汗を流し、いつもより真剣な表情のまま崩れ落ちていた。何回か深呼吸をしてから、霊猫とユイネへ向き、特にユイネへ言った。罪悪感を背負ったまま無理に笑おうとする犯罪者のように。
「悪かった、ユイネ。これしかなかったのだ、でも何とか吹っ切れそうだよ」
デジャヴ、彼は彼にとってかなり苦痛なことをした。何故苦痛ながら彼がユイネへあの方法で降参を強制させたかと言えば、それが勝利への近道であるということも一理あるが、何より克服したかったのかもしれない。墓穴を掘るような行為かもしれないが、そのデジャヴを克服したがった。
「そろそろ、決着をつけなくてはいけないのだ」
ヨル――もとい、夜神の場合、それは四階だ。今回は二階という高さだったが、流石に四階から同じ方法でユイネを降参させろと言われれば断っていただろう。
〝こんどは守ったぞ〟とつくづく思った。ユイネを同じ状況に置いて、自分がそれを助けるという、空しい自作自演だが、彼は自信が欲しかった。
ユイネからは何の攻撃意志が感じられない。暢気な笑顔を取り戻していた。
肩の負傷は大して大きい負担とはなっていない。幸い左肩だ。彼は右利きの為、まだ動けそうであった。
ユイネを含めた三人は建物を奥へと進んでいった。
この先に熱海正一がいるはずだ。




