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仮想の現実は無法地帯  作者: 雪斎拓馬
仮想の現実は無法地帯 上
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第四話 「残酷なる猫は夢見る」 10


    10


 リナは『イレギュラー』である。決して超能力者ではない。

 譲に襲われた時、そしてヨルが暴走していた同時刻西軍を占領していたゴーストの拠点を襲っていた時、彼女は人間とは思えない力を使っていた。譲と対していた時は、彼が発射した銃弾を彼の眼球に跳ね返していた。他にも、譲の体を縛り上げていた。西軍では銃弾を跳ね返したり、体を縛り上げることは愚か、高速で走ったり、触れもしないのに相手の体を薙ぎ払ったりと、満身創痍ではまずできないことかから、人間として不可能なことをした。超能力者でない限り不可能なことを。

 しかし彼女は超能力者ではない。

 彼女が使った異常な力はどう見ても超能力だ。事実、譲はともかく、西軍にいたゴーストの兵士は彼女のことを超能力者と勘違いしていた。彼女が使った超能力らしき力を見ると共通点がわかる。それはどれも何かしらのエネルギーを操っていること、つまり第一位のヨルと全く同じ能力だということだ。

 彼女がそれを使うのは譲の時で二回目、西軍の時に三回目なわけだが、すっかり慣れてしまった。ヨルと同じ能力『エネルギー操作』を扱える。

 しかし、これはヨルと全く同じ超能力を使えるというわけでは決してない。

 リナはヨルの能力を使っているのだ。もっと明確に言うならば、彼の能力を彼から()()()いるのだ。

 彼女は超能力者ではない。そもそもこの世界にて超能力者は稀にいる天才だ。もっとかっこうよく言えば、選ばれし者だ。ここ最近の事件によく超能力者が関係してくるのは、()()意図して希少価値の高い人材をピックアップしているだけなのだ。元々()()超能力者達の戦いなど望んでいない。悲劇を望んでいるのだ。

 例えば、あの豊かな街のあの喧嘩を見れば、超能力という異常な存在は全く関係してこない。その上にもしかしたらこんな異常な者達よりも面白い物語を作れるに違いない。()()ピックアップしているこいつらのことを物語にしても、きっと皆から面白くないと言われるだろう。だがわかってほしい。こいつらの異常な能力など設定に過ぎないのだ、必要なのはこいつらの経験した悲劇なのだ。

 ヨルは橘といる時に何かを感じて便利屋へ飛んで行ったが、それはリナが彼の能力を借りたからだ。その違和感の存在を彼は知っている。彼女が彼の能力を借りるのはその時二回目なのだから。違和感が何かを知っている。

 逆に、リナが西軍を攻撃していた時、ヨルが彼女のことに気付かなかったのは、暴走して自我を忘れていたからだ。その違和感に気付くことなどできるわけがなかろう。

 ただし、彼女は彼の能力を長時間借りることはできない。それに借りられる能力の力は弱い。あの暴走した時のヨルと同じくらい超能力を扱えるのなら、譲を倒すことくらい訳もない。現実問題、ヨルはそれで譲を倒したのだから。

 彼女が何故ヨルの能力を借りられるかのメカニズムは、彼女自身わかっていない。しかしきっとこうだろうという理由はある。

 リナはヨルを信じている。それだけで、彼女にとって自分の異常性は片づけられるのだ。他に理由も構造も真実もいらない。それだけで十分なのだ。


    *


 ヨルと霊猫は拠点の端を歩いていた。トラックの影から建物の入口を見る。扉は開きっぱなしだ。簡単に潜入できる、と彼は少し安堵の息を漏らす。

「霊猫、合図を出すまでここに隠れていてくれ」

「わかった」彼女は力強く頷いた。

 それを受け、彼は腰を低くして歩く。少し先の扉の前に兵士が三人いる。彼は兵士の死角に入り、ゆっくりと近づいていく。隙を伺って、今だという時に飛び出していった。三人が自分に背を向けた瞬間だ。

 手前の兵の首に右腕を前から当て、相手の左足を思いっきり蹴り払い、後ろへ倒す。そのまま首を踏み潰し、意識を奪う。

 後ろで不意に音がし、振り返る兵士。咄嗟に銃を構えられる極めて冷静なところを見ると、流石ゴーストの兵士と言えよう。ヨルは相手の内側に潜り込み素早く顎に一発殴りを入れる。すぐに相手の右肩と腕を両手で掴み、右足を払い、倒す。

 もう一人の兵士は既に引き金に指をかけていた。銃声が鳴り響く。しかしヨルには当たらない。彼は体を左に傾け、銃を握っている相手の右腕を外側からがっしり掴んだ。前へ移動し、まるでターザンのように体を周り、背中に周ると右肩を左手で押して前方に倒した。相手の顔面を地面に強打する。

 銃を撃たせてしまった。案の定、銃声を聞いて危険を察知した向こう側の兵士三人が近づいてきた。

 銃を構えられたが、まずヨルはナイフを取り出し、手前の兵士に投げる。距離は確かに近くないが、数々の実戦経験から彼は的確にナイフを目標へ投げることが可能になっていた。ナイフは相手の左胸に刺さった。他二人に撃たれるか心配にもなったが、構わず手前の兵士めがけて飛び込んだ。

 その兵の右腕を掴み、ナイフを更に奥へ差し込んでから左回りに回った。隣にいる兵士へ今掴んでいる大きな体をぶっつける。そのままうっちゃり、後ろにいる敵を人蹴り、全力で顔面に拳を打ち込む。その間一瞬である、彼の機敏な動きについていけなかった兵士達はまだ彼に一発の攻撃を与えていない。

 薙ぎ払われた兵士は背後から攻撃をしかける。下から突き刺すようにナイフを持つ。しかし次の瞬間宙を舞っていた。彼に両手でナイフを持った手の首を掴まれ、重心を崩されながら右脚をすくわれ、柔道のように背中を通って投げ倒されたからだ。

 見たところ近くにいる兵士は全員片づけたようだ。彼は手を小さく振る。その合図に霊猫が動く。少女には似つかわしくない大きな猟銃を持ってヨルのもとへ来る。二人は警戒しつつ扉の中へ入る。暗い、二階まで吹き抜けのエントランスだ。

 壁に沿って奥へ進む。エントランスは予想以上に広い。まるで館のようだ。

「――!」

 不意に得体のしれない感覚がヨルの中を通過した。誰かに見られている、背後からだ。彼は驚きに一瞬目を見開くと、サプレッサーの付いた拳銃を後ろへ向け、躊躇せず引き金を引いた。今回はもう逃がさない!

 金属が震える甲高い音がエントランス中に響いた。どうやら二階の柱にあたったのだろう。建物の構造は館のようにしても、実際は鉄骨の組み合わせなのだ。銃弾が壁や柱に命中すれば、金属板に釘を打ち付けたような音はする。

 まさか俺のことをここ最近ずっと追いかけていた奴は、第五位なのだろうか。案の定ゴーストの一員だったようだ。そこから考え、幻想を使うとされる第五位かと予測したが、彼のそれは盛大に外れた。

「やっぱりバレていたか。私としてはいいんだけれどね。後で怒られるのが怖いなあ」

 声がした。向いている方向から、つまり彼を見ていた誰かのものだ。ここに来てやっとの対話である。待ちに待った対話だったが、しかし予想に反して霊猫よりも幼い声、ひょっとするとかのんと同じくらいの年齢の少女の声だった。

 少女? 第五位が? 俺の連想した第五位の人物像はもっと悪に染まっている、平気で人の中にずかずかと入り込んでくる、探偵よりもたちの悪い野郎だったが。

「ええと、初めて話す人にはまず自己紹介だよね。でも私は君達のことちゃんと知ってるから自己紹介しなくていいよ」

 幼い。馬鹿みたいな口調と、声から連想させるイメージはそれだけだ。

「私はユイネ。杠葉(ゆずりは)結衣音(ゆいね)よ。だけど漢字で書くと面倒だから、もし私の名前を使いたかったら片仮名で、ユイネでいいからね」

 扉から差す光がようやく少女ユイネの姿を照らした。無邪気で、外見だけで馬鹿だと思わせるような、しかしその子供っぽさが逆に不気味にする少女だった。彼女の表情と言えば、令嬢舞歌よりも清々しい無邪気で綺麗な笑顔だった。



    *


 杠葉結衣音は夜神と良一が通う高校の一年生だ。そしてゴーストの一員である。

 彼女は、学校内は愚か学校外でも夜神のことを監視していた。宛らストーカーのように、あるいは運営の監視の眼のように、ゴーストの偵察者のように。

 英司が殺される前の食堂前廊下にて、彼女は夜神を見ていた。彼に感付かれたのはその時が初めてだった為、彼女は少し焦り、一瞬で身を隠した。幸い、彼は振り返ってからこちらへ歩いて来ていたようだが、見つからなかった。見つかったとしても、暢気に女子生徒としてやり過ごせただろうが、動揺していた彼女が彼の眼を騙せたかと言えば、それは少し難しかったのだろうから、幸いである。

 夜神の家も知っている。もっと言えば、彼がよく好き好んで喧嘩や虐めを成敗していることも知っている。流石に彼の家の中を覗いたりはしていないが、彼の生活について大方網羅していた。何せ彼女は夜神のことを常に見ていたのだ。

 常に無邪気で、笑顔で、馬鹿で、幼い彼女は男子女子構わず好印象を持たれていたわけだが、距離感や全ての捉え方、価値観が人と一線違う為、人付き合いが良いわけではなかった。ただ、非常に人に好かれる人間であった。

 彼女は怒らない。人生にて一度として怒った記憶がない。と言うのも、何かをされても、彼女はいつも通り盛大に笑い飛ばしてそんなこと言わないでほらほら、と寧ろ仲良くなろうと思うからである。虐めることができない人間だ。何をされても何とも思わない能天気で馬鹿過ぎる人間なのだ。

 高校に入ると、彼女を知っている者は少なくなる。故に、好印象を持たれる彼女が虐められることなどまずありえない。男子から恋愛として告白されたこともある。しかしそれを受けても彼女は、ありがとうね、でもごめん、気持ちだけ貰っておくよ、と言っておいて、その上次の日からは前日に振ったその男子へ積極的に話しかけるのだ。振られても悲しいと思えない。恋人にはなれないけれど、自分を好きになってくれた人間がいるのだから、仲良くするのが当前という彼女の考えの元の結果なのだ。

 そんな彼女の噂が流れたことがある。彼女は鋏を常に持ち歩いて、自分のことを嫌ってくる人間を脅して、表面だけでも仲良くしろと言うのだと。それに対して無論、ふざけるなという意見が飛んだ。「そんな根も葉もない出鱈目な噂はよくないよ」という声が上がった。結局、彼女の噂を流した男子生徒は彼女を好む生徒に倒された。

 杠葉結衣音はそんな少女である。少なからず、夜神達の耳に入っていたのだろうし、興味のないことは忘れる夜神ならともかく、情報を好む良一なら結衣音という学校で人気のある少女を憶えていてもおかしくはないだろう。




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