第四話 「残酷なる猫は夢見る」 8
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ヨルの乗った車がアフガンゲートへ到着する数分前。
スーシェは岩肌の露出した山岳にて、装備の整った兵士を放り投げていた。彼自身の怒声と共に。放り投げられた兵士は起伏、凸凹な斜面を転がり、頭をかち割って血を流した。悪魔、いや死神か、今しがた対峙していた長身の男は、もはや人間ではない。これが超能力というやつなのか。
しかし兵士の勘違いも甚だしい、スーシェは決して超能力者ではない。彼は元々こうなのだ、現実世界でも変わらずに。
彼は山岳を巡回していた敵兵士を一人ずつ無効化させていった。ヨル達が登山をした際、トラックを除いた敵兵士を一人として見かけなかったのは、この所為である。リナの眼は騙せなかったようだが、彼は彼なりに仕事をしていた。
データをおもむろに開く。そこにはリナからのメッセージが映し出されていた。
〝私達はこれから、アフガンゲートの山岳地帯、盆地にあるゴーストの拠点へ行く〟
彼女はスーシェのことを信用しているのだ。彼女曰く、自分を信じる者がいるのなら、その人を信じるのが筋だろう、という。
遠くの敵兵士がスーシェの姿を見つけると、兵士はその場でしゃがみデータを開いた。通信をするつもりなのだろう、敵を発見した、と。それはスーシェにとって非常に困ることだ、自分の所為で彼女らの足を引っ張ってはいけない。
彼は近くの岩を両手で掴むと、強引に引き抜いた。そう大きくはないが、普通の人間では両手で持ち上げるなど不可能だ。それに、引き抜く時点で人間とは思えない筋力である。そのまま岩を投げ、通信をしようとしていた敵兵士に当てた。兵士までの距離はおおよそ二十メートル。命中した兵士は後ろに転げるが、ただ岩が当たっただけで、死にはしない。すぐさま態勢を整え、アサルトライフルを乱射した。
が、次の瞬間には長身の男の拳が眼前へ飛んできていた。鈍い音が銃声を掻き消し、聴覚どころか痛覚を奪って、更に後方へ薙ぎ払った。兵士は力なく斜面を転げ落ちる。
この世界で死んでも、朝五時になるまでは死体は消えない。結局、彼は死体まで歩いていき、持ち上げると、一定の場所に屍を積んだ。彼の心構えとしては、女にできないウェットワークは俺が引き受けよう、という。
山岳を巡回する警備兵を殆ど排除した彼は一息し、周りを見る。彼は決して視力がいいとは言えないが、荒野を走る一つの影を見つけると、姿を消した。
*
同時刻、熱海正一はドアが閉まる音を聞くなり、フィーアに話題を振った。
「侵入者だ、恐らくトワイライトの便利屋だろう。やはり悠聖さんの言うことは常に正しい。未来のことは心配せんでいいな」
正一は老人だ。とは言え、定年退職しているような老人ではなく、一目では軍隊の士官のようだ。ロシア軍のような服を着、山のように佇んでいる。体格の良さは見ればわかる通りだ。
「フィーア、奴らは必ずここへ出る。時間のある内にここへ兵を呼べ。無駄死には困るからな。幻想でもがいている内に第一位とやらを撃ち殺してもらおうか」
フィーアと呼ばれた男は外国人のような姿をしている。長身、整った顔立ち、それに髪を白に金を混ぜたような色に染めている。彼は超能力者だ。ランクは第五位、能力は『幻想』である。相手の記憶を詮索し、相手に幻影を見せることができる。ただし、物質具現化とは異なり、飽く迄も作り出せるものは幻である。
「卑怯は必然だ。堂々たる前に正しきも愚かも変わりはしないのだ」
虚栄心が裏返ろうとも関係はせんな、と正一は続けた。
それを聞いたフィーアは表情を変えずに「了解した」と言った。データを開き、組織の一員へ〝一刻も早く会場へ集まるように。ただし戦闘に自信があるものは警備を続行せよ〟と送信した。
会場は一階の奥にある。正一達は現在、三階の暗い部屋にて、指示を受け動く兵士達を傍観している。
正一はゴーストのリーダーである。彼個人の目標としては、この法律や規律、礼儀の存在しない自由な世界を、限りなく自由な世界を、掌握しようとしている。街にはそれぞれ軍隊が存在する。それは街の要でもあるが、決して軍事基地が非常に広く、勢力を持っているかと言えば、自由な世界においてそうではないのだが、確かに軍隊によって更なる自由が生まれている。軍隊があるということは例えば、見えない敵に怯えながら過ごすのもまた自由ではあるのだが、軍隊が存在することによって、何かがあれば逃げ込み、対処してくれる、いわば避難所があるということなのだ。怯える、つまり自分の弱みに行動を縛られるならば、それは不自由だ。しかし避難所があるだけで恐怖は消え、自由になる。自由な世界は、多々重なり合って更なるそれを求める。
その軍隊を制圧すれば、この世界を恐怖支配できるのだ。彼の目論見としては、世界を一つ消し去りたいのだ。何か自慢できることをしたい。それだけなのだ。仮想とは言え一つの世界である。一つ世界を消すという行為の規模がどれだけ大きいことか。考えればわかるだろう。簡潔に言って、彼は世界征服をしたいのだ。
「人が多く死ぬこの世界には、悲劇を経験し、公的に人間として道を外した者が集う。故に、頂上に立つ男はそれに見合った悲劇を経ているのだろう」
フィーアは会場へ移動し、正一はデータを開き、聖護院悠聖から手に入れた動画をダイレクト機能にて流した。耳に直接音が流れ、データは使用者には見えるが、他人からは姿が消える不可視状態に変化した。
彼は先日撮られた動画を見る。それは、既に聖護院悠聖に殺され、現実世界でも死亡した、ゴースト内で最も強かった上条譲と、これから自分達を襲撃する便利屋のリーダー格の一人、ヨルの戦闘だった。
ミハイルゲートにて幕開け、その日の内に謎の終わりを遂げた、第一位と第三位の戦いである。
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リナは狙撃銃を構えるだけで、引き金を引くつもりはなかった。彼女はその裏側を知らないが、熱海正一の召集により、元々警備兵は少ない。彼女は飽く迄も後方支援で会って、前線が異常に強ければ、支援など必要ないのだ。つまるところ、彼女は万一の警戒をしているのだ。例えば、百人もの敵が一斉に押し寄せてきたり、ミサイルが発射されたり、死角からヨル達を狙う者がいれば、容赦なく撃つ。
汚れ仕事を買って出たのは彼女だ。人を殺しても何とも思わない。一般的に考えて、人間として道を踏み外している、宛らサイコパスのような彼女は、例え自分の命に代えてまで、守りたい人間を作ったのだ。
これは恋愛感情ではないが、リナ――もとい、対馬里奈はヨルを自分の命以上に大切に想い、心の底から真実かわからなくなるほど信じている。
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街には死角がある。
それは陰と陽に分かれることがある。影の中に影はできない。影ができるには光が必要であるからだ。暗闇に染まれば上下など関係ない。皆平等に漆黒なのだ。どんな不幸でも、どんな罪でも。




