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仮想の現実は無法地帯  作者: 雪斎拓馬
仮想の現実は無法地帯 上
39/55

第四話 「残酷なる猫は夢見る」 7


    7


 山道を進んでいく。と言っても、見たところ警備兵はいないようで、警戒して歩むだけで戦闘は全くない。それに対してリナは「そうか」と少し微笑んだ。

 ヨルは、今日は超能力を使わないつもりである。それを見透かしたかのように、リナは彼に拳銃を渡したのだ。超能力を使う時でも彼は拳銃を持ち歩いているが、彼女は先刻、彼の意図を読み取って拳銃をわざわざ渡したのだ。今日は超能力を使わないのだろう、なら気を付けるように、と。

「――!」

 ぐん、とヨルを得体のしれない感覚が襲った。弦楽器を思いっきり出鱈目に扱ったような音を感じた。彼は一瞬目を丸くし、我に返ると後ろへ素早く向いた。何もない、草の一つも動かない。この世界にも風というものはあるが、今日はあまり吹かない。

 ()()()()()。誰かに見られている。何だ、誰に見られているのだ。わからない、鬱陶しくて仕方がない。

「どうしたの?」霊猫が心配し、声をかけた。

「いや……何でもない。勘違いかもしれない」

 霊猫は、その後は何も言わなかった。

 山岳は想像以上に大きく、高く、遠く、広かった。ヒビヤ達から送られたマップデータによると、盆地のような場所にゴーストの拠点がある。彼らは身を伏せながら、確実に道を辿って行った。

 木々はほとんどなく、岩肌が露出した山岳地帯は、しかし完全に森林がないわけではなく、どうやらここがそうであるだけで、他の場所では木が茂っているらしい。

 不意にトラックの音が耳に入った。三人は身を隠し、音の方へ振り向いた。軍用のトラックだ。やはりこの先に拠点がある。そして、あれを見る限りゴーストが活動しているとも捉えることができた。あれに熱海正一が乗っていたらどうしよう、とも思ったが気に留めないことにした。

 音にも注意を払い、再び歩き出した。この先の戦闘を考えると、山登りの辛さは吹き飛んだ。自然と退屈もなくなっていた。これはゲームではない。レベルを上げれば勝てるような、簡単なゲームではない。体を動かし、痛みを感じる現実だ。

 ヨルは軽いアサルトライフルを下げ、拳銃を腰のホルスターに納め、ナイフをレッグホルスターに収納し、軽装で戦闘をする。霊猫は慣れないショットガンを持ち、超能力も駆使して戦闘する。リナは後方からサプレッサー付き狙撃銃で支援する。

 これは喧嘩ではない。戦争だ。規模が違う。日本の喧嘩ではあまり人は死なない。しかしこれから彼らは人を殺しに行こうとしている。例え仮想世界でも、人の命は変わらず命なのである。残虐なことをしているに違いはないのだ。

 山岳地帯とはいえ、現実のアフガニスタン程広いはずもないこの街、日本よりも低い山々が連なっているだけである。登ることに苦労はしなかった。標高は五百メートルないし六百メートルほどだ。言う程高いわけではない。

 やがて頂上に近づいてきたが、決してこの山の頂上に行く必要はない。山の奥に行けばいいのだから、山間に辿り着けばいいのだ。

 十分に警戒しつつ、山を大きく横に周っていく。奥の景色が視界に映り込んできた。綺麗な緑。木々が茂った非常に自然豊かな絶景であった。トワイライトゲートで生活をしていた彼らはその光景に感動を覚えた。

 その盆地のような地に一つ、まるでノイシュヴァンシュタイン城のような建物が見える。これこそがゴーストの拠点である。

 リナは拠点を見るなり、伏せてから狙撃銃を構えた。

「私は私なりに後方支援をするけれど、必要があったら私を呼んでくれ」

 と言って彼女はここに留まる。後方支援とはいえ実際には幾らか前線に出る必要がある。最初はまず警備を突破することが最優先である故に、彼女は遠距離から攻撃をしかけようというのだ。

 ヨルは、リナから双眼鏡を渡されると、拠点周辺を詳しく見、敵を探した。

「警備は薄そうだな。これならいけそうだ」

 言って中腰に直る。この距離はアサルトライフルが専門だ。彼はいつでも構えられる態勢にしておいた。近接攻撃などできるはずがない。

 拠点はよく見れば工場のようだ。軍事基地にも見えないわけでもないが、それとは少し違う、というのもきっとこの拠点はゴーストが建てたものなのだろう。大型トラックが何台も停まっている。

 入口と思われる扉付近、拠点そのものの入口である門付近に敵兵が数名見える。それ以外の場所に二、三人が散らばって警備をしているが、多くはない。

 彼は腰を低くして歩み寄った。潜入の仕事は稀にしか受けないが、相手は得体のしれない組織だ、緊張が心身を押し潰す感覚に陥る。彼でも死は怖いのだ。元々、自分を殺し、この世界へ三日も監禁したこの世界である、彼はそれなりに教訓を学んでいた。死は怖い、恐ろしい。自分が幾ら〝最強〟でも、それはただの実績であって、それに研究者達の予測あるいは持論であり、実質は変わらないのだ。

 拠点は高い壁に囲まれているが、門以外は誰も警備をしていなかった為、横から侵入することにした。

 壁の高さは目測五メートル。ヨルは超能力を使用して軽く乗り越えられるのは訳もないが、生憎彼は今回超能力を極力使わないと決めている為、少し考え、霊猫に協力を要請した。一度決めたことを貫くという精神は持っていないが、今回ばかりは何故か超能力を意地でも使いたくないのだ。

 自分に負けている気がしてならない――それがもっともな理由だ。

「霊猫、自分は使わないと決めた癖に、人には使用を願う愚かさは知っているが、この壁を『破壊』でどうにか壊せないか?」

 霊猫の能力は『破壊』である。超能力すら破壊してしまう、切り札のような能力。

 彼女は首を横に振った。

「ごめん、扱いに慣れていなくて、一部分だけ壊すとか、できないんだ」

 破壊、能力の実態は見たことがないのでわからないが、彼女の言い分では文字通り者を壊すのだという。氷に効果すればその氷は砕ける。そんなものだ。ヨルはこの壁の一部を人が通れるくらいの大きさに壊してくれと言うのだ。

 超能力者のランク、第四位と第三位の差は非常に大きい。そして、第三位から第一位は大して変わらない。その差は能力に慣れているか、である。自由に扱えれば当然強いと判断されるだろう。ヨルは思う通りに操ることが可能だが、霊猫や底辺能力者は想像通りに得体のしれない力を扱うのは難しいのだ。

 第一位はヨル、エネルギーを自在に操る能力者だ。例え超能力が効果対象であろうと関係ない、彼は俗にエネルギーと呼ばれるものなら操作できる。ただし、譲が作り出した無限のエネルギー――ただし核爆弾の構造である原子核分裂とは別だ――にはかなわなかったわけなのだが。自分が操る「エネルギー」の構造を理解、把握していることが大前提なのだ。

 第二位は悪魔。本当に悪魔という名前かは不明だが、噂によるとそう呼ぶらしい。ヨルは彼に会ったことがないので、彼がどんな人間かは見当もつかない。ひょっとすると非常に優しい人間なのかもしれない、あるいは譲以上に終わっている奴なのかもしれない。彼の能力は『消滅』だ。噂によると、その能力は、何であろうと完璧にものを消し去ってしまう効果を持つという。

 第三位は譲、完全なる治癒能力を持つ。自分は無論、自分以外の人間の傷も治癒でき、更に空気すら元に戻すことが可能。完全治癒、というよりは修復の方があっている。銃弾を無効化してしまう点を見れば修復とは少し違うのかもしれないが。彼は第一位の座の欲しさに便利屋を襲撃しヨルと戦闘したが、ヨルに敗北し、何故か現実世界にて心停止で死亡した。

 第四位はアーキア、ものを腐らせる能力者である。能力自体は強くもないが、その応用力と扱いを加点とし、第四位と判断された。彼は何度も殺され、今はもうこの世界にログインしていないかもしれない。

 今回の問題は第五位である。橘からの情報によると、第五位は幻想をみせる能力者だという。ゴーストの一員かは定かではないが、非常に厄介だ。第五位の本名は当然ながら、プレイヤーネームすら知らない。相手の心の弱みを幻想として攻撃することくらいは聞いていたが、どう対処するかまだ考えていない。

「え……ヨル?」

「すまない、がこうしないと乗り越えられない」

 ヨルは霊猫を片腕で強く抱き、跳んだ。音のない跳躍である。恥じらいはなかったと言えば嘘になるが、彼はあまり気にしなかった。空いている片手で壁の上を掴み、パルクールのレイジーヴォルトのように難なく五メートルの壁を越えた。

 音なく着地し、霊猫から手を放した。

「霊猫」とヨルが短く区切って彼女の名を呼んだ。

「え、えと、なに?」

「ありがとう」と言われても霊猫は何のことだかわからずに首を傾げた。「いや、俺のことを信用してくれているんだなって。俺のことを仲間と思っていなかったら、超能力を使えていなかっただろう?」

 彼女は超能力すら破壊してしまう。彼と彼女が初めてあった時、彼の能力が発動しなかったのは、彼女が突然自分の手を握ってきた彼を不審に思ったからだ。

「ああ、それは当然だよ、ヨルは私を救ってくれた仲間。そう思っている」

 それはよかった、と彼は心の中で呟き、笑顔を見せた。

 俺は確かに現実にも仮想にも失望したが、自分のことを仲間と思ってくれる人がいるなら、ここで生きていこう。この世界に距離なんてない。現実世界でどんなに遠く離れていても、ここで話し、笑い、共に時を過ごすことができる。

 幸せはそこら中に転がっているのだ。不幸な人間は、幸せを幸せと思わないからだ。

 昔の俺のように。あの青春を感じる前の俺のように。



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