第四話 「残酷なる猫は夢見る」 2
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便利屋にスーシェを除く全員が集まった。とはいえそれはごく普通のことであり、日常なのだが、これから便利屋は日常とはかけ離れた戦場へ向かおうとしているのだから、感情が揺れている。
リナは真剣な顔で皆へ説明する。
「今回は依頼というわけではない。知っての通り便利屋が第三位に襲われた。それの意趣返しとして、敵を討ちに行くとする」
意趣返しとは悪い言葉を使ってくるな、とヒビヤは少し笑う。
「私とヨルと霊猫が戦場へ行く。恐らくスーシェも来ると思う。ヒビヤとかのんは情報収集をお願い。ヒビヤは特に働いてくれ、これから向かうのは普通の場所だ。マップ情報は頼んだぞ。かのんは基本的には私達が言った情報をまとめてくれ」
ヨルが立ち上がる。彼の表情といえば力強い、しかし無気力そうな、曖昧なものである。無表情、彼は常にそうだが、譲と一悶着あった後からこの調子である。
彼は一昨日、譲を殺していた。自分の能力すら修復させてしまう、完全無欠の能力者であった譲は彼にも優勢を保っていた。しかし彼の謎の能力によって呆気なく死亡する。彼にその記憶はない。自分の制御を失って、本能的に暴走した感覚はあるが、肝心な記憶がない。あの場で何が起きたのか、憶えていない。
それに、橘や兵士に訊いても憶えていないと言い、霊猫とリナに訊いても無言とあの時の自分に関する情報が全く集まらない。
どころか中継を介して戦闘を見ていた人々さえ、ヨルについて何も語ることができなかった。あらゆる手を使って攻撃していたヨル、しかし彼は譲にその都度弾き飛ばされる。第一位ながら手も足も出なかった彼を語れる人間がいない。
「場所はアフガンゲートだ。そこに敵の拠点がある」
トワイライトゲートの北に位置する街だ。全土が山岳地帯なことから、アフガニスタン=アフガンの名がつけられたという。便利屋はその街とあまり縁がなく、そこら中を歩き回るリナ以外は誰も踏み入ったことがない。
言うが早いか、ヒビヤはデータを開きアフガンゲートの地図を検索した。アフガンゲートを更に北に行くと、この世界の原点であるオリジンゲートがある。
「とは言え奴らはこの世界に幾つもの拠点を置いていた。実は一昨日に一つ拠点を潰してきた」
彼女の唐突な話に全員が様々な反応をする。ヨルは大して驚かず、ヒビヤは興味津々に笑みを浮かべ、かのんは驚き、霊猫は俯く。
「ヨル……」リナがヨルへ何かの許しを得るように呼ぶ。
「いいんだ、言いたいことはわかる。どうせ西軍は奴らに占拠されていて、そこを潰してきたと言いたいのだろう? 俺のことは気にするな、もう昔のことだ」
ヨルはこの世界に亡命して暫くシェイクゲートの軍隊に入っていた。昔の、謂わば思い出の場所が敵の手に落ちていたという悲報を、彼女は彼がどう思うのか考えたのだろう。
「そこで敵から情報を得た。奴らのリーダーは譲じゃない」
ヨルの表情が真剣になる。
「熱海正一、と言うそうだ。橘に探りを頼んだところ、現実世界で実戦経験のある、老いぼれのようだ。橘に似ているな」
フルネーム。蔵里英司の時もそうだったが大人というものはカタカナの名前を作るのが嫌いなのだろうか、あるいは本名か。
ゴーストのリーダーは譲ではなかった。予想は大外れだ、彼は熱海正一の存在を全く知らない。
ゴーストは一体自分たちに何をしたのだろう、ふと彼は考える。英司が奴らと関わっているなら、リナを目標とし、かのんを襲った。譲はリナを攻撃し、霊猫を攫い、俺と戦闘した。何を目的に動いていたのだろうか。これは俺達の意趣返しだ、奴らの計画ではない。奴らはただ単に俺達を襲っただけなのだろうか。そんな素人同然の薄っぺらい組織だと言うのだろうか。
英司は現実世界にてリナ=対馬里奈に銃殺された。その原因は、猟奇殺人鬼である英司がリナをターゲットとし、道中で過去手を出していたかのんを襲いそこで俺に殺され、現実世界にてリナに接触しようとした為、仮想世界の唯一の法律に引っかかったからである。彼女は何も言わないが、彼は彼女が運営と関係を持ったのではと薄々気が付いていた。
これが彼らにとってゴーストが起こした初めての事件である。英司がゴーストと関わっていたと断定はできないが、仮定するならばそうだ。
次に譲だ、彼は単純な整理をする。譲はリナを襲撃し霊猫を拉致した。その際奴は織姫茜の名前を出していた。結局、譲は俺に決闘を仕掛けたのだろう、しかしその裏が依然わかっていない。絶対優勢だった譲を俺が殺し、その一方リナはゴースト拠点となった西軍を襲って尋問をしていた。
ゴーストのリーダーは熱海正一。では目的は何なのだろうか。俺達はここ「便利屋」が襲われた意趣返しに奴らを叩く。決して奴らの計画を阻止するなどではなく、これ以上なく単純に復讐だ。
確かにこれがこの世界の当たり前なのだろうが、何か嫌な予感がする。ただごとでは済まなそうな予感。恐らく、個人情報が漏れている事実が煽らせているのだろう。
整理をする度に嫌な予感が彼の頭の中を掻き混ぜ、不安と緊張を煽る。
自分達が知らないどこかで、あるいは自分達が気付いていないだけで、英司の事件よりも前に奴らは動いていたのかもしれない。
「とにかく行こう、皆戦闘の準備はいい?」
若い女性が言うような言葉ではない。この世界における個々の戦争など小規模なものだ。悪人や変人、人間として理性、自我を失った者達だけが集まる世界では毎日多くの命が消える。殺人事件が日常である。ここは麻薬だ、一度入れば自己を忘れる。
「オーケー」とヒビヤは親指を立てて言った。
リナはそれを見て便利屋を出る。続いてヨルと霊猫。リナは外のガレージの前に立つと、データからガレージのロックを外し、四人用の小さめな車を選び、具現化した。
リナは基本的に何の武器でも使える。今回は狙撃銃、どうやら慎重に攻略したいようだ。霊猫はヨルと同じ『超能力者』だ。銃は握り慣れていない為、扱いやすい猟銃。ヨルも基本的には何でも武器は使えるのだが、超能力に頼ってしまう嫌いがあり、なるべく軽い拳銃と、バックアップとしてなるべく軽いアサルトライフルを車に積んだ。
ヨルはその前にリナ達から離れ、彼もデータを開いていた。迷わずコールボタンを押す。相手は橘。
「最近おまえはやけに私へ連絡を寄越すな」
嘲り、腹の底から笑うような老人ならではのそれを電話越しに聞かせる橘はヨルの呼び出しに応じた。
「何のつもりだ、とっつぁん」
ヨルは真剣な声で言った。拷問のような、年上に向けるには失礼極まりない冷徹な声で言った。橘はそれを聞いて笑った。
「私はエスパーでもサイコメトラーでもない。君が何を言いたいのかわからんな」
「何故リナに情報を渡した。せめて翌日にするとか考えなかったのか?」
リナはヨルが暴走していた同時刻に西軍を襲撃していた。その時のリナは満身創痍、眼を失くし、何度となく殴られ痣を作っていた。
「その責任を取る義務はあるとは思うが、情報屋は私に〝今でなくては駄目なのだ〟と強要して来てな。流石の私も女を使って自分の使命を果たしはせんよ」
リナが橘から情報を得たのは明白である。橘はゴーストを追っている素振りを何度も見せた。譲を見張っていたのも、英司を追っていたのもその一環である。それに、彼は謎の組織があることを知っていた。
ヨルは譲と接触する前久しぶりにあれを感じた。丁度目の前に橘がいた為彼は、あんたなら何か知っているだろうとの問いをした。それに対して橘は「とうとう動き出したか」と答えた。橘はゴーストの存在を知っていたのだ。
「とっつぁん、ゴーストは何をしたんだ、俺が関わっていない事件もあるのだろう?」
「自惚れるな、おまえが事件の中心な訳でもあるまい」
橘はゴーストを追っている。都合の良いリナの協力を承諾し、情報を幾つか手に入れた。元々彼はアフガンゲートに本拠地があることまでは知らなかった。そしてそのリーダーが熱海正一であることも。
データの向こうで紙が捲られる音がした。ヨルは橘が何らかの書類を見ていると察した。密かに伏線は見逃さないと決めていたヨルは、橘のその行動から更にゴーストの資料を持っているとも察した。
そこで「早く乗って」とリナの声が聞こえる。
「それについてはメールで送ろう」と橘は話を終わらせた。
「わかった」ヨルは短く返答する。
「便利屋、一つ頼まれてくれないか。ご自慢の超能力でゴーストを徹底的に潰し、事件の真相を掴んできてくれ」
橘はへらへらと笑ったように言った。ヨルはふと口角を上げ「勿論、俺達は便利屋だからな」と通話を切った。
ヨルは車に乗り、運転手のリナと後ろに座っている霊猫を見てから深呼吸。
冷静になってから戦争へ臨んだ。




