第三話 「過去の遺志は受け継がれず」 13 *END
13 ――END
ヨルはトワイライトで最も高い建物の屋上に立つ。穏やかな風が彼のやや長い髪を揺らす。青空は化け物のように青い。
譲を殺害した翌日である。学校で良一から聞いた話によると、今朝上条譲がベッドに横たわったまま死亡していたことが明らかになった。彼の行動を記憶していた無法地帯のユーザーは、英司に続く運営側の処罰だと思い込んだ。
「そろそろ話そうと思っていた」
ヨルはトワイライトとその先に見える街を見据えて、背後にいる霊猫へ言った。
「俺の本名は鈴科夜神だ。この名前が嫌いだった。〝神〟なんて入れた親の気持ちが知れない。俺はそれで何度もからかわれた……まあ、どうでもいいのだが」
彼にとってそれはまだ嫌な思い出ではないらしい。霊猫は口を閉じて聞いた。
「高校一年の夏にな、俺の恋人が死んだ」
後ろしか見えていない為、霊猫は彼がどんな顔をしているのかがわからない。
「令嬢舞歌ってね、面白い名前の、だけど普通過ぎる奴だった。身長も顔も髪型も学力も運動力も成績も、普通過ぎる奴だった。明るい以外に特徴がない。そんな奴だった。性格も、その明るい以外は普通だ。怒る時は怒って、よく笑う」
ヨルは独り言のように喋り続けた。きっと霊猫はこんな俺の話を聞いてくれると信じて。かつて、リナへそうしたように。
「おまえを助けた時、その理由は俺と似ているから、とかだったよな。確かに同じ超能力者でもあり、似ているとは思った。けれど本当は、それ以上におまえが令嬢舞歌に似ていると思ったからだ」
失礼だとは思っている、何も特徴がないなんてただの悪口だよな、と続けた。
「死後の幽霊とか、そんな風には無論思ってないさ、でも面影があった。おまえと令嬢舞歌はどこかが似ていた。あいつもそういえば猫が好きだったな。おまえが何故霊猫という名前にしたかは知らないが」
幽霊と猫好き――霊猫、なんて馬鹿な発想は思い浮かんでもすぐに否定する。
「俺のタブーがそれだ。恋人だった令嬢舞歌が死んで、俺は堕ちた。あいつの死亡原因はいじめだった……いや、違うか。あいつは何をされようと笑っていられるような、本当に女神みたいなポジティブ思考だった」
いじめではない、あれは。彼女はそれをいじめなどとは思わなかったからだ。
「行き過ぎた嫌がらせだ。自分で言うのもあれだが、俺とあいつは中学生の頃からよくいじめられていてな、俺達はそれを無視していたが、私立高校に行った俺達はそこで公立高校に落ちたいじめ役だった奴らと再会することになった。人間とは不思議と、いじめる役に人は動き、まだ半年しか過ぎていないのに問題が多発する」
霊猫は考える、最悪の可能性を。
「令嬢舞歌は、悪く言うと殺されたんだ」
やっとヨルは振り返った。その表情はあまりにも複雑なものだった。
「俺はすぐに学校を辞めた。それからメールが来て、ここで死んで、リナに出会った」
彼は自分の奥底に存在する罪悪感という闇を掘り下げた。その度に心身を殺す邪気が満たされる。
「俺はリナを信用していなかった。だから、戦争が終わった翌日、逆ぎれした俺は構わずあいつと喧嘩をした。そこに俺に復讐を決めた研究員が撃った銃弾が飛んだ。彼女も死んだんだ、俺を庇って」
君を信じる。彼女の口癖のような言葉が頭の中で繰り返す。だが、彼女はその言葉をヨルにしか言わない。
――一緒に、賢くなろう。とも彼女は言った。
「結局、俺はその日も現実世界で目覚めなかったわけだが、リナと合流し、橘へ謝罪し、俺とリナで『便利屋』を開いた。高校卒業の学歴くらいは持っておいた方がいいと言われ、編入という形で近くの馬鹿高校に編入した。そして、今に至る」
彼は恋人を亡くし、仮想世界で殺され、目の前で女性を殺され、便利屋を開いた。
「俺のタブーは令嬢舞歌の死だ」
彼の話は終わった。無意識に自分の左脇腹を手でおさえていることにも気付かずに。忌々しきあの傷と記憶に対する憎悪すら無意識な行動へと変えながら。
話が終わったと思った霊猫は口を開く。
「私は織姫茜、高校一年生。こうして仮想世界で本名を口にするのは初めてだけれど、自分で嫌いな本名を話してくれたあなたなら大丈夫。私はこの名前が好きだった」
霊猫は語る。ヨルは少し驚いたような顔をした。
「だけどね、私の名前はあることを契機に連呼されるようになった。自意識過剰だったのか、ショックで気がどっかに行っていたのか、それがトラウマで私は偽名を作った。れいね、っていう響きが良くて、調べた」
彼女は少し間を空けて問う。
「ヨルは幽霊を信じる?」
「いや、信じないが」
「私も同じく信じない。だからかもしれないけれど、幽霊にも足はちゃんとあるって思った。それも馬鹿馬鹿しいくらい本気で」
ヨルは黙る。これはタブーか、と察したからだ。
「猫がその頃は好きだった。だから霊に猫と書いて、れいね。幽霊にも足はちゃんとあるんだ。幽霊の猫はちゃんとした足を持って、私を助けてくれるって、そういう気持ちで霊猫と自分を偽った」
「そうか……、〝霊猫〟は自分の信仰だったのか」
「信仰……ね、まあそうかもしれない」
「何にせよタブーだ、そうだろう? いいよ、俺が話したからと言って自分まで素直になる必要はない。俺は、おまえにだけは言っておきたかった、という罪悪感から来ているし、何より譲との一悶着があって、自分と一回向き直らないとな」
ヨルは霊猫が少し難しそうに自分の話をするもので、また後でゆっくりと聞かせてくれと打ち切らせた。彼女は俯く。また言いそびれた、という気持ちで満たされた。
「ヨル、訊いていいかな」と霊猫。
「ああ何でも訊いてくれ。答えられることは全て答えよう」
「何故、令嬢さんのことをフルネームで言っているの?」
質問の内容は簡単だった。何故、自分へ話す時、令嬢でも舞歌でもなく、令嬢舞歌とフルネームなのか。彼は返答に困った。どうしてだろう、と彼自身が疑問に思ったからだ。無意識の内に死んだ恋人をフルネームで呼んでいた。
「俺にもわからない。が、俺のことだ。俺は、怖いのだろう」
「怖い?」霊猫が食いつく。
「そう、彼女に嫌われそうで、怖いのだ。俺は臆病な奴だから、自分が彼女を殺したのかもしれないという罪悪感で満たされ、彼女から一歩引いているのかもしれない。それでも俺は未だあいつが好きだ。やはり、一度現実から逃げた俺をもうあいつは見てくれないと思い込んで、怖がっているのだろう」
俺は現実逃避をしてこの無法地帯に亡命した。その上、自分のタブーからも逃げ続けた。自業自得だ、俺は自分が臆病だとわかっているのに、彼女から一度逃げた。その所為でもう二度と関わることができなくなった。
「もう一つだけ、いいかな」霊猫が訊く。
「ああ」ヨルはいつも通りのやる気がない声で答えた。
「お墓参りはしたの?」
「…………」
こいつは痛いところを突いてくる。これも自業自得だが。
「まだ……なんだ。葬式は出たが、まだ行けていない……」
「私は何も言えないけれど、お墓参りはした方がいいと思うよ」
彼女は説教するわけでもなければ、強要することもなく、アドバイスのような軽い指摘程度に、言った。
「そうだな、悪かった、おまえに言いたくないことを言わせてしまって」
怒られるのでは、という少し引きながらの発言だった為、彼はそう謝罪した。
「でも、もう少しなんだ。あと少しで心が整理できそうなんだ……」
彼は泣いていそうなくらい顔を俯けて、どこか力強い声で言った。顔は暗く、哀しみに満たされ、しかし悪英雄のようであった。
「応援するよ、ヨル。ご冥福をお祈りします」
明るい奴だ。彼は素直に思った。
「ああ、ありがとう」
やる気のない声に変わりはないが、霊猫のプラスに引かれ彼も徐々に前向きになっていった。
*
俺の話がまだ終わっていなかった。リナが死んだ翌日だ。
また現実世界に戻れなかった。しかし、それもこの日が最後だ。
リナを探すと橘の拠点の前で俺を待っていた。俺はそのまま橘へ謝罪をする。彼女も何故か一緒に来てくれた。橘はあっさり許した、どうやらそちらへの被害がゼロだったからだそうだ。建物は壊されても翌日復活する為、修理費がいらないのだ。
俺は彼女と話し合った。互いのタブーだ。俺は自分のタブーを話す為に本名を言ったが、彼女の本名は個人的にまだ聞きたくなかったので聞かなかった。
「そう、辛かったのね。不謹慎だとは思うけれど、君は悪くない」
リナは俺にそう言った。慰めだった。
「君は未だ彼女を愛しているのでしょう? ならば、まだ彼女を裏切っていない。彼女も自分から一歩引こうとも、いつか帰ってきてくれると信じているんじゃないかしら。君には似合わないプラス思考だけれど、きっとそうよ」
まだ俺が自分のことを「僕」と言っていた頃だ、俺は自分の臆病がきいて彼女を助けることができなかった。理不尽だなんて思ったことはない。全て俺が悪いのだ。きっと俺と関わらなければ、彼女は良い道を歩んでいたのだから。
少なくとも、死ぬことなんてなかったのだから。
「俺がいた所為で――なんて思う必要はないわ。規模が違えど、君の罪悪感は私よりも少ない。下には下がいると思ってくれ」
彼女は自分のタブーを話した。
「私はね、仲間がよくできるタイプだった。何故か、欲していないのに、無駄に多くの仲間がつく。その上仲間は全員私を慕ってくれる。私はルックスもそうだけれど、悪人ってキャラでね、不良と呼ばれていたよ」
酷い話だった。彼女のそれは、俺のようなぶっ飛んだ話ではなく、現実的で何よりも痛いものだった。
「大学生、私は不良グループのリーダーのような存在と見られていた。私自身その自覚はなく、無論仲間に何も命令もせず、仲良くしていた。私は仲間全員に敬語を使っていた。法律も破らない、善良なる不良をしていた――少なくとも私は自分のことをそう思っているわ」
彼女は行いこそ善良な、しかし集団的あるいは彼女個人の印象として不良と呼ばれていたのだ。彼女の下につく者は至って社会的問題となっていた不良であった。
「どうやらそんな曖昧で危険な不良グループを恐れたのか、あるいは弱そうに見えたのか、本物のやーさんが来てね、私の仲間数人を全治一年ないし一生傷までできるくらいボコボコにした。私はそれに激怒して、同時に悲しんで狂ったわ」
彼女の曖昧な生き方に、本物が来て仲間を潰された。自分の所為だ、と彼女は俺に何度も言ってきた。俺はそれを聞く度に彼女の心の闇に浸かった。
「私は暴れた。結局やくざなんて一人で倒せることもなく、私も同じくらい殴られた。自業自得と言ったらもうそれ以上相応しい言葉はないわね」
彼女のタブーは罪悪感でしか満たされない。
「私は仲間を失ったんだ。だから、もう仲間を失いたくない。そして、私が裏切れない仲間が欲しいってね」
彼女の話は終わった。どうやら彼女は表情をころころ変える人のようだ。喜怒哀楽様々な彼女の顔を見てきた。これが仲間のできる人間か、とつくづく思った。
俺は訊いた、何故俺を仲間にしようと思ったのか。
「言ったじゃない、君を助けたかったからだ。そして仲間になりたかった。それだけよ、理由なんて」
彼女は笑っていた。その笑顔は不気味ではなく、明るかった。
「私達で『便利屋』を開かないかい? 自分達の為に、人の役に立つことをしよう」
そう提案をした。俺は力強く頷いた。
「私は君を信じる」
「ああ、俺もおまえを信じる」
まるで口癖か合言葉だ。俺はふと笑った。
「一緒に賢くなろう」
俺の人生という列車はその言葉で再び路線を変えた。




