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仮想の現実は無法地帯  作者: 雪斎拓馬
仮想の現実は無法地帯 上
30/55

第三話 「過去の遺志は受け継がれず」 11 *PAST 5

    11    ――PAST 5


 俺は目を丸くして呆然と立っていた。何故だ、何故俺は閉じ込められているのだ。

 現実世界に戻ることができない。

 戦争は終わった。軍隊に逃げ、研究者を殲滅した。それで終わりではないのか? 俺は何をすればこの世界から出ることができるのだ?

 自由を求めてやってきたこの世界に自由を奪われた。矛盾している。つくづく俺はそう思った。自由な世界などやはり存在しないのか。結局、何をしても自由は手に入らないというのか?

 地獄の三日目である。トワイライトゲートの片隅に俺は目覚めた。やはり誰かと話したような記憶がある。だが、そいつが誰で、何を話していたのかを完全に忘れている。思い出せば、それさえわかれば俺は何かを得るのだろう。

 何をすればいいのだ、これ以上俺に何を求めるんだ。

「いたぞ!」

 大声に俺は我に返る。一瞬では何が起こったのか理解できなかったが、すぐに気付いた。研究者達だ。まだ俺を狙うのか、まだ終わらないというのか。

 俺は怒っていたのかもしれない。

 こいつらをぶっ殺せば全て終わるはずだ――そう考えていた。

 俺は初めて進んで人を殺した。血で染まろうとあまり気にしなかった。喧嘩は強い方だ。超能力もあって、俺は簡単に敵勢力を全滅させた。

「吐け、研究者はどこにいる」

 頭が狂っていた。俺は無我夢中で人を殺し、研究者の位置を吐かせた。

 人間とはどうやらストレスに弱いらしい。令嬢舞歌が死に、憂鬱の日々によって積み重なったストレスと、仮想世界で死亡してから理解不能なことばかりが展開されるこの世界にストレスを感じていた俺は、それを解消する為に人を殺し続けた。

 と言っても、攻撃をしてくる奴らだけだが。

 まるで鬼だった。ただ自由を求めて人を殺し続けた。あれ程までに殺人を恐れていた俺だが、人格が変わったように人を殺し始めた。これも人間の不思議なところだ、何かがあると今までの信念を捻じ曲げることがある。

 トワイライトゲートの一角大きな敷地の研究所に侵入した。ありとあらゆる物を破壊し尽くした。リーダーの部屋に入り、尋問をした。

「おまえらは何故超能力を研究する」

 一般的な質問をすると、答えは興味があるからの一点張りだった。胸倉を掴んでやると、徐々に笑みが引きつったものになっていく。

「殺されるとか思わなかったのか?」

 俺の情報を多く持っていたリーダーは、俺が人を殺すような人間でないことを知っていたかのように話した。おまえはそんな人間ではないはずだ、など。

「無駄だ、私と同職の奴らはおまえを狙っている」

 リーダーは遺言にそれを言った。腹が立った俺はリーダーを床に叩き付ける。背骨が何本か折れたのか転げる。その上を思いっきり、死ぬまで蹴り続けた。こいつだ、こいつのような奴らが俺の自由を奪うのだ。

 俺の頭の中にはそれしか残っていなかった。俺は自由が欲しかったのだ。令嬢舞歌が死んだ憂鬱な日々の、心の拠り所が欲しかったのだ。思えば俺はストレスが溜まると喧嘩で解消していたような不良だ。この世界に入った当初は殺人も頭の隅には浮かんでいたことだろう。

 どいつもこいつも、研究者は全員ぶっ殺してやる。

 思えば俺は悪人の成敗という言い訳を作って、人を撃ち続けていた。あのまま過ごしても結局俺は実銃を使うようになっていただろう。

 俺に今起こっていることとは、長い展開をただ短くしただけの結果なのだ。

 俺は今物語のように俺の経験を話しているが、こんな脈絡もない展開は物語として失格だ。こんなものが小説あるいは漫画になれば苦情の嵐だろう。

 それでも人間とは本当に不思議で、すぐに人が変わってしまう。だから、小説の中のキャラクターなど想像の人間でしかないのだ。

 二人目の研究者を殺すと、とうとう橘の元へ辿り着いた。俺の中で申し訳ないという気持ちがありながら、信用できないこの研究所を破壊しようと本気で考えていた。

 目の前まで歩くと、リナが壁に寄りかかって俺を待っていた。

「やはり、君の性格なら私達のことも簡単に殺すだろうとは思っていたよ、ヨル」

「そうか、なら何故おまえは逃げなかった」

 俺は素直にそう聞いた。おまえがこの場にいなければ、俺はおまえを殺すことは絶対になかったはずだ。いや、殺しはしないだろうが。脅迫などしなかったはずだ。俺は女の死が嫌いだ。だから、進んでリナを殺すことはなかっただろうが、女に怒鳴ることくらいは何とも思わない。

「君を信じているからだ」

 いつものように彼女は俺にそう言った。

「俺をどのように信じていたっていうのか。まさか俺がおまえを殺さないことを信じていたのか? それとも俺がここにこないことを信じていたのか?」

「違うよ。君の思っていること全てに当てはまらないことを信じていた」

 リナはいつも通り笑っていた。

「退け、俺は橘を殺しに行く。それで全てが終わる」

「そうやって逃げるのか、君は。この世界に閉じ込められて、訳も分からないことが起きて、ストレスが溜まって、自由を奪われて、自分の望んだものと全く違うと言って逃げ道を探すのか」

 リナは説教するように俺を言葉で押した。

「知ったように……」

「私は君を何も知らない。だから知りたいのだ」

「ふざけるな、おまえは俺が考えていることが見えているのだろ? 見透かしたようなその口調、おまえはどう考えても……、何でもない」

 俺は馬鹿馬鹿しくなって話すのを止めた。まさか自分から「俺を知っている」とは言えなかったのだ。

「退け、研究者を殺しに行く」

「嫌だ」リナは両手を広げて断った。「君は私の友人だ。だから、友人である君をこれ以上()()()()()()にはさせない。君がしていることはただの無差別殺人だ」

 彼女は俺を、無駄に人を殺す鬼だと言った。だが俺には今まで欲していた自由を得るという目標があった。

「これ以上人を殺しても意味はない。結局明日になっても君は現実世界で目覚めることはなく、生き返った研究者達が君を襲いに来る。何も変わらない。無意味だ」

「おまえ、知っていたんだな。さっきも言っていたけど、俺が閉じ込められたって。どうしてわかった」

「言っただろう、橘は研究者。情報を元に研究する者だ。超能力者は居場所を決めない限り、仮想世界に閉じ込められるという特徴がある」

「…………」

「無意味だ。君は永遠の殺人鬼になってしまう。現実世界で飢え死にするまで人を殺め続ける存在となってしまう。それは友人である私が許さない」

「意味のある殺人は良いというのかよ」

「人それぞれの価値観はあるけれど、私は良いと思っているわ。それも一つの自由だとね、だけど無意味な殺人はそう思わない。理由は色々とあるけれど、とにかく無差別殺人は良くない」

「俺は自由を手に入れる為に研究者を殺す」

「それでは駄目なんだ!」

 リナは怒鳴った。初めてのそれに俺は動揺し、一歩後退した。

「何も変わらない。永遠と君は殺人鬼だ! 友人としてそれだけは止める。そんな自由なんて無意味だ!」

「…………」

 プライドでもあったのか、俺も譲らなかった。今でも後悔している、何故俺はここで退かなかったのか。でも、この後あっての現在だと繰り返し、罪悪感を消している。

「やはり、こうなるのだな」

 俺はどんな顔をしていただろうか。悲しい顔、怒っている顔、あるいは無表情。

「やはり、敵同士になるのだな」

 何度も呟いた。リナはこうなることも見越していたのだろうか。

「やはり――こうなるのだな」

 それでも俺は、どこかで女と喧嘩をするなんて気が引けていた。その為か超能力を捨てた。銃も捨てた。ただ素手素足で衝突することに決めた。

 リナもその気だったらしい。俺に先手を打ってきたのは彼女だった。俺の腹に鈍い殴りが入る。その痛みを感じて思った、何だこいつ喧嘩慣れしている。大人の男に匹敵するレベルで、喧嘩慣れをしている。

 俺とリナの殴り合いは体感的に長く続いた。多分、二人の中で「逃げるのは卑怯」という考えが生まれていたのかもしれない。ボロボロになっても俺達は殴り合い続けた。

 程度というものがある。例えば、令嬢舞歌が死んだ時俺は立ち直れないままでいる程ショックを受けた。しかし、ニュースで女の子が死んだと聞いたり、行方不明になったと聞いたりしても、俺は令嬢舞歌の時のようにショックを受けることはない。他人ごとなのだから。そんな程度がある。

 恐らく、俺は死ななければ女を殴ってもまだ問題ないと考えているのだろう。前にも言ったが、俺は女が嫌いだ。すぐに自分が女子であることを言い訳にする。自分は女子だから、男子は自分を殴ってはいけない、だったり、そういったことが大嫌いだ。

 だから、俺は日頃むかつく女子を一発殴りたいとも思っているくらい、嫌いなのだ。けれど、そのむかつく女子が死んだなら、俺は少なからずショックを受けるだろう。

 俺達の喧嘩は脈絡もなく終わった。

 銃声が聞こえる前、俺はその存在に気付いていた。向かい側の建物で誰かが俺達に銃口を向けている。俺は一瞬で超能力を発動させる。刹那、本当に一瞬だ、鈍い音が左で聞こえたと思ったら、俺の目の前に影が飛び込み、銃声が鳴る。影は俺の右を通過して後ろへ薙ぎ払われた。

 その影がリナであることに数秒を要した。リナが、俺を銃弾から守る為に自分の身を犠牲にしたのだった。後ろで彼女が血を流して倒れている。痛みに体を震わせていた。彼女は俺との喧嘩の所為で体力を消耗している。そんな満身創痍の体の真ん中、腹に銃が撃ち込まれた。

「――リナ!」

 俺は駆け寄る。絶望に足が竦んで上手く歩けなかったが、駆け寄った。

 銃声が再び鳴る。反射の超能力を発動させていた俺に銃弾は命中し、その軌道を綺麗に返り、発射された銃を粉砕し、敵の肩を貫いた。後で気付いたことだが、この敵はどうやら研究所にいた研究員だという。

「リナ! おまえ……何で! 何で俺を庇ったんだ! 俺は超能力者だぞ!」

 必死だった。リナが血の気のない顔で俺を見る。呼吸が浅い。

「よかった……私は、君が改心することを……信じていた」

 リナは苦しみながら言う。逆に俺はかける言葉を見失っていた。

「もう……失いたく、ないんだ……仲間を」

 やめろ、もう話すなと俺は叫びたかったが、声が出なかった。

「敵の私を、君は……こうして身を案じて、くれる……」

 血が服を赤く染め上げ、やがて地面まで広がった。

「もし、よかったら……仲間になってくれ……」

 彼女は最期に言った。

「……もっと、一緒に賢くなろう」

 血だらけの手で俺の頬に触れる。頬にその温もりが感じられた。

 その直後、俺の返事を妨害するように大きな鐘の音が()()を包んだ。




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