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仮想の現実は無法地帯  作者: 雪斎拓馬
仮想の現実は無法地帯 上
24/55

第三話 「過去の遺志は受け継がれず」 5 *PAST 2


    5    ――PAST 2


 死という存在を俺はとてつもなく怖く思っていた。それは人間の本能からのものと、令嬢舞歌の突然なる死によってのものである。俺は自分が死ぬのが怖い。誰かが死ぬのが怖い。身に染みて、心を深く刻んでそう思っていた。

 銃を初めて握った時、あまり実感はなかった。それを撃って腕に異常な程強い反動を覚え、着弾地点の砂が一瞬で巻き上がったとしても、まるで映画のキャラクターにでもなったかのような気分だった。これが戦争で膨大な人数を殺したとは到底思えなかった。銃に実感がなかった。

 そう考えれば今の世の中は危ない。例え単なるテレビゲームでも、銃を見慣れてしまえば驚きもしない。現実と虚構の区別がつかなくなっていれば、既に引き金を引いている。俺はまだマシな方だったが、ここに亡命した奴らの中には、普通の人間だったはずが歴史に残る殺人鬼になっている奴もいるかもしれない。

 俺は現実と虚構は区別しているつもりだ。あまり本を読まなかった俺は、理想が何なのかもわからなかった。ただ、令嬢舞歌が死んだことによって俺は現実も虚構も、同じくらいどうでもいい存在だと認識した。

 区別ができなくなったのではない。考えなくなったのだ。

 だから、人を撃ったあの時でも俺は何も思わなかった。今ではそう思っている。

 ある日突然トワイライトゲートとリバティーゲート間で戦争が起こった。前触れも脈絡もないそれに俺達はついていけなかった。原因は簡単だ。この前あったFWFの事件のようなものだ。トワイライトゲートの悪人が一斉にリバティーゲートを襲った。あらゆる物をぶっ壊し、人を何人も殺した。それに激怒したアーキア率いる強弓がトワイライトゲート全土に宣戦布告したのだ。

 この無法地帯はログイン後、現実世界の時刻で朝五時になるまでは死ぬまでログアウトすることができない。つまり、戦争が起きたからと言ってその日のうちにログアウトして逃げることが不可能なのだ。

 俺は最初戸惑った。高い壁で囲まれている街の出入り口は当然門だ。特に誰かが監視しているわけでもないその門は、綺麗に強弓が占領していた。俺達は袋の鼠だったわけだ。俺は逃げ回っていた。

 街を無我夢中で走る中、銃声が近くで響いた。右からだった。振り向くとトワイライトゲートの大人達が撃ち殺されていた。刹那俺は死体を近くで見た。強弓の奴が俺に振り返り、俺に銃口を向けた。

 俺は喧嘩が強い方だ。自惚れているが、自信がある。

 しかし、銃という凶器を向けられればたまったものではない。どこでもいい、一目散に逃げ回った。

 腰が抜けて足がすくみ何度も転倒した。無様だった。だが辛うじて逃げることができた。そこで気が狂ったのか俺は狙撃のセンスを生かして敵を殺そうとした。自分を守る為、そしてこの街の善人を守る為。

 まるでヒーローのように、仲間や善人を守り、敵を残虐しようとした。

 正当防衛という言葉がある。自分を守る為に敵を攻撃してもいいというものだ。頭の悪い馬鹿野郎はその言葉で全てを片付けようとする嫌いがある。俺もその一人だった。殺せなくとも、殺さなくとも、敵を排除しようとした。

 自分が殺されるのは御免だ。

 だが、その途端俺は敵と出会わなくなった。トワイライトゲートが押されっぱなしなのに敵と出会わない。遭遇しない。自分の身を隠しながら敵を捜すのは非常に難しいことだった。ゲームではないのだ、この世界は。

 結局、一人も撃てずにその日は終了した。

 その頃俺は学校に行っていない。夏に辞めていたからだ。考える時間は腐るほどあった。俺は必死に考えた。今日も無法地帯にログインするか否か。

 ひょっとすると現実世界の朝昼を挟んで()()()()かもしれない。戦争はいつのまにか終わっているのかもしれない。次のログインで壊れた建物は完全に修復され、自分が負った傷も完全に消えている。喧嘩がしらける理由など幾らでもあった。

 しかし俺は何故だか刺激が欲しかった。過激な戦闘がなかったからか、俺は戦争に参加したがった。何か非日常が得られるかもしれない。そう思っていた。

 臆病な俺はスナイパーライフルを片手に敵を殲滅するのだ。

 とうとう夜が来た。俺は迷わずいつも通りに無法地帯へログインした。

 結果、戦争はまだ続いていた。

 俺は街中を駆け回っては敵を威嚇射撃していた。相手は狙撃中を持っていないため、俺の存在に気付いても、俺の姿がわからない。当然撃てるはずもない。令嬢舞歌の死によって病んでいた俺は、その「人間の反応」を面白がって遊んでいた。

 その戦争は三日目にさしかかった。俺の馬鹿な遊びも続いていた。

 俺は身を潜めるのに十分な建物を見つけた。そこに素早く移動しようとする。スナイパーライフルを片手に走った。俺はそこで初めての戦闘をした。俺の背中を強弓の一人が撃った。その痛みを俺は未だに憶えている。鉛の衝撃と引っ張りで前へ飛ばされる。じわじわと痛みが伝わってくる。

 地面をひたすら転げた。足掻き、もがいた。断末魔を上げていただろう。

 俺はすぐに後ろを見る。強弓の兵士が俺へ拳銃を撃っていた。幸い、拳銃だ。アサルトライフルやショットガンなどの強い銃だったら俺はすぐに死んでいた。

 痛みに耐える中、腰にあった拳銃を俺は乱射した。一発も着弾しなかったが、なるほど威嚇にはなったのか、兵士は近くの障害物へ隠れた。その内にどうにか態勢を整えつつ次の攻防に備えた。

 結局、立つことは困難でいざっていたわけだが、すぐに敵兵士は目の前に現れた。俺はすぐさま引き金を引いた。

 期待以上に、敵兵士の頭をかすめた。相手のヘルメットが弾け飛んだ。敵兵士は軽い脳震盪が起きたのか、ふらついていた。しかし撃ってくる。俺を意地でも殺したかったのだろう。俺は痛みに朦朧とする中、引き金を再び引いた。

 強い反動によって、力のない手の中から銃が飛ぶ。それは地面を滑っていく。銃弾は見事敵の腹部に命中していた。相手の撃った銃弾は俺の右腕を抉った。敵兵士は後ろへくずおれる。腹部を手で押さえつけながら、何がそこまでの信念を誘っているのか、支えているのか、銃口を俺に向けて発砲した。俺は火事場の馬鹿力で立ち上がり、躊躇なく応戦した。

 これが、俺が初めて人を()()()瞬間だった。

 同時に、俺が自分の体に何かが起こっていると感じたのはこの頃だ。

 俺は引き金を力の許す限り強く引いた。銃声が辺りへ轟き、耳の中で木霊する。血が顔へ噴きかかった。紛れもない、相手のものだった。

 そして俺は敵を見て驚愕し――崩れた。

 敵兵士は女性だった。大学生から大卒すぐくらいの年齢の大人。

「……うそ、だろ」

 初めての人殺しの相手が()()だった。俺は人を殺した。俺は女を殺した。信じることができない。何かの冗談だ。明日になれば生き返るとはわかっていても、消えることのない罪悪感は俺のタブーに触れ、俺を壊した。

 遠くで鋭い落雷の音のような狙撃中の銃声が聞こえた。俺は暫く動けなかったが、狂っていた為か宛ら幽霊のように立ち上がり、建物の中に入った。

 下は危険だ。敵が殺しに来るかもしれない。とにかく上だ、上に行くのだ。本能のようなものを感じた。導かれているとも感じた。上に何かが待っていると俺は直感的に思ったのだ。ひたすら痛みを無視しながら階段を登る。右腕から血が腕を伝って手の甲へ流れ、指先から滴り落ちた。俺の足音と銃声と戦闘機の音が建物に響いていた。

 それ以前に気になることがあった。先刻はなんだ。俺はあの女に撃たれた。俺の顔面に銃口は向いていた。それに俺の方が発砲のタイミングが遅かった。だが俺は無傷だ。何が起こった。

 自分の体に何らかの異変がある。そう感じていた。

 荒い呼吸は落ち着くことを知らない。階段は長く、長く感じられた。時の進みもとても長く感じられた。

 幻想だったのかもしれないが、俺の目の中に一閃の光が差し込んだ。

 階段の終わりに光がある。俺はそれを希望に階段を登り切った。その光は単なるドアだった。スライド式のドア。鍵穴はなく、電子ロック性だった。腹が立った俺は右手に握っていた拳銃を左手に持ち替え、電子ロックパネルをぶっ叩いた。しかし力のない腕はパネルに()()()だけだった。すると映画でよく見るように、扉からロックの外れる音が鳴った。俺はドアノブに手をかけるも、上手く手が引っかからない。苛立った俺はドアを蹴破った。

 何を見ていたのだろう、頭の中には楽園のような世界が広がっていたが、見る限り現実――仮想空間の中の現実では残酷な光景が俺を圧倒した。

 今まで見たことのない戦場。戦闘機が飛び交い、戦闘ヘリが上空から歩兵を掃射し、戦車が建物を崩していた。もはや元の街の面影はなく、砂漠と化した街のようだった。地面には屍が山を作り、瓦礫がそこら中に散乱している。絶え間なく轟く銃声。断末魔と「ダウン!」という掛け声が耳へ入る。

 その後呆然と立ち尽くしていた俺を違和感が襲った。右腕だ。あの女兵士に撃たれたのは上腕。違和感は前腕からだ。恐る恐る見やる。

 俺の前腕が燃えていた。勢いよく炎が上がる。

 その直後左手の甲にも同じ違和感を覚えた。久しく痛みを思い出す。左手も燃えていた。それは沈むことなく俺を包んで焼き尽くした。その感覚が俺を奈落の底、暗すぎて見えない闇に突き落したのだ。

 当時の俺は超能力者の条件を知らなった。超能力者は一度死ぬ必要があるという。十数人あるいは十人しかいない超能力者の質問が可能だった全員が死んだ後に能力が使えるようになったと答えている。そして全員が、死ぬ時に体を燃やし尽くされたと言っている。

 俺は『動力操作』という能力を使う超能力者になったのだ。




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