表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
仮想の現実は無法地帯  作者: 雪斎拓馬
仮想の現実は無法地帯 上
23/55

第三話 「過去の遺志は受け継がれず」 4



    4


 便利屋のドアを開けたヨルは、明かりのない部屋を進み、やがて言葉を失った。

 リナが血だらけで壁に崩れている。彼女は彼にとって恩人である。自分の命と人生を救ってくれた英雄である。その心から敬う人間が、全身を赤に染めて、まるで手と壁を杭で留めたかのようにナイフで刺され、力なく崩れている。

「リナ!」気が付くと彼は無意識に叫んで彼女へ駆け寄った。

 よく見ると右眼から血が流れだして、体中に暴力を振るわれた痕跡が残っていた。痛々しく、生々しい。

「何があった……」震える声でヨルは訊く。

 辛うじて息をしているリナにとって質問をされるのはどれ程過酷なのだろうか。彼は彼女の左手を貫通し、壁と繋げているナイフを抜き取った。その瞬間、痛みが襲ったのか、彼女の口から声が漏れて、息を荒くした。

 リナは大学生だ。高校二年生のヨルよりも人生の経験がある。痛みにも慣れているはずだが、こうなってしまえば変わらない。幾ら死んでもいい世界だからと言って、好きで自殺する人間などいるはずもない。とんだ自殺志願者くらいである。

「ゆ……譲だ」幸い喉に切り傷がない彼女はむせるだけで痛む素振りは見せなかった。

 譲、という人間をヨルは知っていた。そもそも譲はこの無法地帯で有名な人間である。この世界で最も豪華な街ミライルゲートによく現れる超能力者。

 そして――超能力ランク()()()

「どうしてそいつが来た」

 譲は最強とも謳われている。少数派だが、事実譲は人気なのだ。現在はヨルが第一位だが、そのランキングは飽く迄も超能力研究者がその推論にて勝手に決めたものであり、実質譲の方がヨルより強いとされている。

 ゴースト。橘の言ったその組織名が気になって仕方がなかった。譲が何故超能力者でありながら自分の名を広げているのか、理由は全く理解できなかったが、自分の為なら組織を立ち上げることもあり得る。譲は組織を作り、何か目的の為だけにリナを襲った。その目的を知りたい。

「霊猫……が、拉致された」

 リナは顔色を悪くして、倒れこみながらそう答えた。

「霊猫が? 何故、何のために。あいつは関係ないだろう!」

「あいつの街へ……理由は、聞き出せなかった」

 何の為だ。あいつは何故霊猫をさらう。そのメリットは。

 必死に考えるヨルだったが、何も見当たらない。第四位のアーキアは彼女が自分の国の裏切り者であると考え、殺害を便利屋へ要求した。しかし譲はミライルゲートを支配しているわけでもない。

 超能力者が目的か。と考えるが、それ以外に浮かばない。むしろデメリットの方が多いはずだ。有名な第三位が少女を攫ったと知り渡れば、少なからず不快に思う人間も出てくるだろう。今まで譲が人を拉致したなど聞いたことがない。

「私は、教えなかった……だがあいつは、元々霊猫の居場所を知っていた」

「知っていた?」

 益々理解し難くなった。では何故リナを襲った。

「あの街だ……あいつは、ミライルに行くと言っていた」

 わからない。まさか挑発だろうか。超能力者同士の喧嘩はあまり聞かないが、下の方ではよくあることだという。まさか譲は俺に挑発をしているのだろうか。俺の座を狙っているのだろうか。その為にリナを襲って俺に()()()()()、リナに予め霊猫を拉致しミライルゲートに行くと伝え、霊猫を人質に俺を殺そうというのだろうか。

 ヨルが急いで便利屋を去ろうとする。それに「待て」とリナが呼び止める。

「気になる点が、一つ。あいつ……霊猫の本名を知っていた」

 またそのパターンか。蔵里英司の時も同様、本名を知っている。普通なら知る由もない。英司もゴーストの一員だったのだろうか。ならば、リナが猟奇殺人のターゲットにされたのも今回の事件と何らかの関わりがあるのだろうか。

「わかった。すまないリナ」

「ああ……私は君を信じる。だから、君は霊猫を無事に救ってくれ」

「俺もリナを信じている。どうか持ちこたえてくれ」

 奥歯を噛み締め、拳を強く握ったヨルは便利屋を飛び出る。まだ今日は始まったばかりだ。鐘の音が鳴るまでにはもう霊猫の命はないだろう。

 譲は第三位だ。世間からは第三位から第一位までの三人がずば抜けて強いとされている。十数名の超能力者の中で、三人は未だに交戦したことがない。だがヨルは知っていた。リナの情報網から聞いたことがある。譲の能力は『完全治癒』だ。何をされようとどんな傷ができようと、痛みが伝わる前に完治し、細胞が活動を停止させる前に再生する。体内に銃弾が入り込んでも、一瞬で無害に溶かす。流血はするものの、譲にとって痛みなどない。例え心臓を突きさされようと動じない。

 能力すら無効化してしまう能力『消滅』を持つ悪魔という第二位ならともかく、ヨルにとって『完全治癒』の譲は少しやりにくい。単純に考えて、エネルギーを操作できるヨルは、銃弾を弾き返すことができるヨルは、譲の攻撃を全て弾けばいい。だが、何をどう攻撃しようと譲は動じない。

 アーキアの腐敗ならともかく、譲の能力エネルギーを操作してどうこうできるかわからない。譲の体に触れて能力を妨害し、それを続けながら銃で頭を貫けばいい話だが、譲も馬鹿ではない。その長い攻撃にすかさず何か手を打ってくるはずだ。

 能力を使って全速力でミライルゲートへ向かう。場所としてはシェイクゲートの奥。ヨルは建物の屋上を跳ねていく。その中で彼は橘へ電話をかけた。

「そろそろ君からかかってくる頃だと思っていたよ」

 嘲笑する声が聞こえてきて一瞬腹が立ったが、それを抑えて彼は質問した。

「あんたは何か知っているだろう? ゴーストのリーダーは譲でいいのだな?」

「まあ、そうだろう」橘は笑う。「一般的に考えるとそうなる」

 ヨルは思い出したように英司の名前を出した。

「英司もゴーストの一員なのか?」

「蔵里英司は何らかの関わりがあったと考えられる。だが、その可能性は低い。私は英司をつけていたわけだが、譲やその下っ端と接触したことがない」

 そういえば、とヨルはもう一つ思い出し、質問する。

「とっつぁん、あんたは何故蔵里英司の本名を知っていたのだ?」

「ああ、そんなことか。あいつは元々プレイヤーネームを名乗らない。日常会話での名前が蔵里英司だったから、君に教えただけだ」

 橘は一体どれ程の時間英司をストーキングしていたのだろうか。ストーカーをつける奴など滅多に見ないが、橘は英司の行動を全て言える。

「ゴーストに本名を知ることが可能な人間はいるか?」

 瞬時に理解できない質問を投げかけられた橘は一秒戸惑うと、笑って答えた。

「いや、いるはずがない。それに情報屋のリナは自分の名を語らぬ人間だ。君も彼女に自分の本名はあまり口に出すな、と言われているだろう? 霊猫も彼女と会ってからは特に本名について注意を払っているはずだ」

 霊猫のそれを知られていた、とはヨルは言っていないが、橘は推測で彼女の名を出したらしい。偶然かのんの通う中学校の近所だったリナはともかく、リナと同じく大学生の譲と僕より一つ下の高校一年生である霊猫に何らかの接触があるとは考えにくい。本名が割れることなどあり得ない。橘はそう考えた。

「やはり誰かいる……誰かが本名を知っている。知れる人間がいる。例えば運営側の人間だったり、そういった類の超能力だったり」

「そうだな」と橘は言葉を区切り、数秒沈黙した。そして答えが返ってきた。「一人、可能な人間がいるかもしれん。『幻想』を使う第五位だ」

 第五位。そして『幻想』。初めて聞く名前だった。

「それはどうやって?」

「あいつは裏の人間だから、君のようなまだ浅いところにいる人間は知らぬと思うが、幻想を使って人を精神的に痛めつけるようだ。尋問をする際、そいつが出るという。恐らく、対象の抱える悲劇(タブー)を幻想にて思い出させているのだろう。だから、そいつの能力が発展しているなら、記憶を辿って本名を知ることも可能かもしれん」

 まあ、そこまで力はないとは思うが、と続ける橘。

「それで私の推測だと、リナが攻撃され、霊猫が拉致されたということなのだが、あっているかね?」やはり嘲笑う。

「ああ、大当たりだ。いつ気が付いた?」ヨルは返答しつつ、疑問を訊いた。あんたのような、何でも見透かしている人間とは一体どういう仕組みで動いている。

「君が挙動不審になった時には、今しがた言った推測まで辿り着いていた。私が君より遅く集合場所に到着したのは、譲がトワイライトゲートの、それも便利屋に入っていった光景を見ていたからだ。霊猫が拉致されるのは当然だろうと思ってな」

「当然?」

「気付いていないのか。やはりこういうことは第三者からしかわからんのかね。傍観主義の私だからかもしれぬが。君はゴーストの標的だ。何の為かは知らないが、君は奴らの標的だ」

「何故ゴーストが俺に敵意を抱いているとわかる」

「それは譲が毎度のように〝俺は余裕で第一位をぶっ潰せるくらい強いからな〟と馬鹿みたいに自慢するからな。心理的に判断して、敵意を沸かせていると推測した」

 それにね、と橘は言葉を繋いだ。

「どこから漏れたのか知らないが、第四位のアーキアは公式戦にて第一位に敗れたという噂が出回っていてな。最近、譲がアーキアを容赦なく殺したらしい。その時に恐らく霊猫の情報が奴に流れたのだろう。無論、本名は流れぬが。霊猫を助けた第一位。逆に考えると霊猫は第一位にとって大切な人間」

 ヨルは沈黙した。彼の知らない場所で世界は回っていた。例え現実世界でいう九時から五時までの八時間、断片的な時間でも仮想世界は回っていた。

「でも、流石は君達――いや、流石は『イレギュラー』かな」

 橘はそう言うと一方的に通話を切った。どうやらヨルがもう何も質問をする気がないと察したのか、リナの話題に少し触れて会話を終わらせた。その頃ヨルはシェイクゲートの軍隊、「西軍」の上空を跳んでいた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ