第三話 「過去の遺志は受け継がれず」 1
「私達で『便利屋』を開かないかい?
自分達の為に、人の役に立つことをしよう」
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便利屋の平穏は脈絡もなく崩壊した。
右眼から延々と止まらぬ血を流すリナは崩れ、皮肉にも眼前の男を片目で睨む。しかし彼女の表情と言えば恐怖に固まった情けない顔でも、怒りに満ちた歪んだ顔でもなく、何かがおかしく面白いのか笑っている狂気的なものだ。口角を上げて高笑いするかのように、笑う。
「悪役の顔だな、情報屋の女」
眼前の敵の男は発砲から時間を置いても尚煙を上らせる拳銃を、再び彼女へ向ける。男は銃を握ると必ず引き金に指をかける。常識では誤砲の危険性がある為、引き金から指を離すのだが、彼は誤砲など全く恐れていない。その為彼は常に反応できるよう、予め指をかけておく。
彼はリナの返事も待たずに発砲する。狭い便利屋の部屋へ耳を劈く程の銃声が響く。命中した彼女の頭部は壁へ衝突する。壁に崩れている女性を撃つことに彼は何の躊躇いもなかった。
だが、彼女は血を流さない。依然右眼からは大量の血を出すが、着弾した額からは掠り傷しか見えない。
「そうか、おまえは……」
リナは笑う。その度に力が抜けていくが、気にせずに笑う。痛みと違和感で口が回らず、何かを喋るのは困難だったが口から男へ言い放った。
「私は彼を信じる」
「ああそう、俺を信じてくれないのは少々残念だな」
もう一度男は彼女の額へ発砲した。銃声が部屋へ轟くと、別の音が僅かに聞こえた。銃弾が肉体を割く音。だが撃たれたリナのものではなく、撃った男のものだ。男が右眼に違和感を覚え、手を当てると血が手の平中に付着していた。リナが銃弾を跳ね返したのだ。
「これで、お相子だね――譲」
リナは軽蔑するように男へ笑う。しかし彼女は気付いていた。男にお相子も何もないということを。
「恩人の眼を貫かれたというのに、それに気付かない男を信じてどうする」
「ふざけるな」リナは痛みを無視して手を前へ突き出した。
直後、男の体が宙に浮かび、見えない手があるのか、彼の首を縛っていた。彼女は男に触れていない。まるで念力だ。
「得意、だな、その、攻撃は」
首を縛られている彼の言葉はかすれ、途切れ途切れに彼女へ届く。だが彼は平然、もとい余裕の表情を浮かべている。彼は元々よく笑うタイプの人間だが、何故だかリナのような『異形』を見ると綺麗に笑顔が抜けるらしい。
「そのさ、早く教えてくれないかな、情報屋の女」
信じられないことに彼女の念力じみた拘束攻撃は簡単に解かれ、男が華麗に着地する。銃をホルスターへ納めると、今度は足に巻いたホルスターからナイフを取り出す。
リナはもう一度縛り上げようと左手を前へ突き出す。それを見極めた男は彼女の手へナイフを投げる。ガラスが割れるような音が部屋を細かく振動させる。ナイフは彼女の手を貫通し、奥の壁へ強く突き刺さった。まるで杭を打たれたかのようだった。
痛みにリナが歯を食い縛る。
「俺は知っている。おまえがその『異形』をある程度の時間しか使えないこと、そしてそれが俺達のような完全ではないこと」
気が付けばとうに男の右眼は再生していた。流れた血の痕だけが残り、傷は何一つ見当たらない。
「さあ、教えて貰おうか、情報屋」
「なんのことか、な」
リナは鋭い眼つきで男を睨む。万事休す、と言わんばかりだが、どこか痛みを必死に堪えていた。
「わかっているのだろう? 霊猫の居場所はどこだ」
彼女の沈黙を受け、男はリナの胸倉を左手で掴むと、自分の方へ彼女の体を寄せ、全力で顔面を殴った。ガラスが割れたような音が再び部屋を振動させる。壁に衝突し、その反動で跳ね返る彼女の手には貫通したナイフ。反動で前へ移動する彼女の手を、ナイフは無慈悲に切り裂く。
「それよりこう言った方がいいかな。織姫茜を出せ」




