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仮想の現実は無法地帯  作者: 雪斎拓馬
仮想の現実は無法地帯 上
16/55

第二話 「悪魔は日常に潜む」 7


    7


「落ち着かないっすね」良一が夜神へいつも通りの口調で言う。

「ああ、色々とあってな。おまえ、かのんと二人きりだったろう?」夜神は問う。日常会話にも聞こえそうだが、彼は真剣に訊いている。「そうだったろう?」

 良一は貧乏ゆすりをいつも以上に強くし、頬杖をつき、如何にも機嫌を悪くしている夜神から何を聞かれたものか少し首を傾げ、「ああ、そうだけど?」と言った。

「やはり、か。くそ! やられたな、()()()ぶち殺してやる」

 口調の乱れからしても彼が今通常通りではないことが伺える。しかし良一には彼が何故ここまで取り乱しているのかがわからなかった。焦っているわけでも、哀しんでいるわけでもなく、怒っている。激怒している。彼が激怒するなどあまり見ない。

「いや、まだ朝のホームルームも始まってないんすけど」良一は溜息をつく。「あまり物騒なこと言っちゃって。周りの皆、引いてるよ?」

 おまえのわけもわからない日本語に引いている可能性もあるだろう、と心の中で突っ込む夜神だったが、自分が今どのような表情で、どれほど重大なことを言ったのか瞬時に理解できていなかった。

「それともなんすか? まさか僕に嫉妬しちゃった?」

「殺されたいか?」夜神は良一の踏み込んだ皮肉へ即答する。

 良一は引きつった顔を横に振る。夜神が喧嘩強いことは彼も知っているからだ。夜神自身は元々気弱すぎる気弱少年だったと自分を紹介していたが、彼の喧嘩を見るとどうもそうは思えない。どうやら超能力によって体に喧嘩の動きが染みついたらしい。

「そうだ、ヨル聞いた? かのんちゃんの禁句」

「聞いている訳がないだろう」

「それがね、『教師』なのだと。内容は聞いてないけど……ねえ」

 予想できる。世の中にはあまりにも残酷な「闇」が存在する。彼女が何故教師を恐れるのか、考えてみれば当たりがついてしまう。通常の人間なら考えもつかないことさえも、闇に一度関わったことのある人間なら、これはこうだと推測できる。

 だが、良一は驚いた。夜神が「ああ、それなら知っている」と言えば驚くのだろうが、これもまた異なることに驚いた。

「ああ、()()()()――な」

 夜神の表情が徐々に怒気に満ちていく。眉間に皺を寄せ、歯を軋むほど強く噛みしめている。そうか、そうなのか。と続ける夜神は次第に周りへ目をくれずに言った。

「ぶっ殺してやる」

「一体どうしたのさ。今日のヨルは落ち着いていないよ?」少し不安になり良一が苦笑いして、まあまあと肩を叩いた。

「おまえには言えぬ。人がいると足手まといになる」と夜神は貧乏ゆすりをぴたっと止めて言った。その行動が周囲の空気を怪しくさせる。

 彼は横目で時計を見、そろそろ予鈴がなると話を切り上げた。

「いいか、これだけは言っておこう。()()()()っていう大人が来たら追い返せ。絶対に便利屋へ近づけてはならない」


 昼休み。無論、夜神が屋上へ呼び出されることはない。彼は日常通り、良一と共に食堂へ向かっている。

「今日もまたカレーっすかね」あまり急ごうとしない良一が言う。

「カレーは毎日食っていると飽きるな。カレーが出て喜ぶのは小学生までだ。できればいつもと違うパン類でも食べれば気が落ち着くかもな」

 呑気に歩く二人は、そろそろ食堂に到着するというところで、廊下の掲示板を見かけた。普段使われないどうでもいい掲示板。

「この女の子、ずっと昔から行方不明っすよね」掲示板の行方不明の手配が書かれている紙の写真、少女を指さして言った。

「ああ、名前が結構珍しいから覚えている。俺が四年生の頃に行方不明になったかな。如月(きさらぎ)愛知(あいち)……見つかることを心から祈っておこう」

 行方不明は絶えない。現実世界でも起こるのだ、こういった類の事件は。そして仮想世界ではそれすら許される。怖い世界、いや違う、と彼は思う。あの無法地帯は何より、呆れる世界だ。

「流石はヨルだね」

「黙れ、金髪。おまえも行方不明者を気にしろ。ニュースは見る癖におまえはそういうところが抜けているよな」

 良一、及びヒビヤはよくニュースを見る。しかし、行方不明者や犯罪者を見ても彼は感情移入しない。彼曰く、犯人の同機、事件の展開が気になるらしい。家に帰るとよく昔の事件を詳しく説明する番組をテレビや動画サイトで見る。

「そろそろ弁当にしようかな」良一は両手を後ろに回し言う。「歩くのが面倒なんだよね、現実世界って」

「無法地帯も変わらないだろ」

「変わるさ!」やけに大きな声で反論した為、夜神は一歩退く。身を引く。「こっちは広すぎるんだよ、あっちは狭いのに」

 感覚的な問題か、と夜神は溜息をつく。超能力がどうこう言い出すと、超能力者である自分は何と言っていいのかわからなくなる。

「でも、凄いっすよね無法地帯。超能力という非物理的な――って待ってよヨル!」

「いや、俺実は弁当持ってきてるのだよね」心にもない嘘をついて、安心した自分が間違っていたと大きなため息をつき、良一から遠ざかる。

 とその瞬間、夜神に違和感が襲った。彼は振り返る。何もないことを確認して、疲れると俺はいつもこうだ、と再び大きなため息をついた。

 やがて良一が普通に追いつき、「いやいや勘弁してくれよ、ヨル」と言った。

「後十分か、随分喋り込んだようだ」

 夜神は食堂へ踵を返す。良一も続き目的地へ歩き出す。

「時間という概念がもし無法地帯にあったら、どう変わるのだろうな」

 夜神はふと浮かんだ疑問を誰かへ投げかけた。


    *


 木原奏は毎日を暗闇で過ごす。

 街には死角がない。彼女達人間はどこへ行っても監視下に置かれる。職業権利と年齢差による地位権利という「監視」の下、()()の如く善人を演じている。罪を犯せば国家に裁かれる。自首をせずとも、人間は犯罪者を必ず見つける。死角などあるはずもない。罪を犯した罰に怯え、()()のように善良な市民に成り下がる。()()のように自由を奪われる。法律は脅しだ。人権など考えていない。

 ――何もわかっちゃいない。私も、国も。

 だが、心には、あるいは人格には死角が存在する。()()になれば節ができる。その傷には死角が存在する。外に漏れぬ自由の自分。学校は面倒な場所だ。しかし彼女達は学校へ嫌々通う。何故なら自分の先が無くなるからだ、そう脅されているからだ。義務教育に逆らえば当然、その分未来が断たれる。

 ――何もわかっちゃいない。他人のつけた成績表の数字だけで変わってしまう未来って、人生って、本当に未来や人生だと言うの?

 他人によって左右する人生は、本当に人生と言えるのか。学校に嫌々通う者は皆抱いている「マイナス」がある。面倒だと思えば、きっと君は心の死角に隠れている。人形になれば傀儡子へ逆らえなくなる。使えぬと壊されるからだ。だから彼女達は表面へ心に抱く感情を心の死角へ隠す。外に死角はないのだ。

 ――何もわかっちゃいない。何故虐めがなくならず、起こり続けるのか。

 心の死角に自分の感情を押し殺す者は時に爆弾となる。何かを契機に感情を外に表せば凶器となる。虐めを知らぬ大人は口を揃えてこう言う。「死ぬ覚悟があるなら、生きる覚悟を示せ」と。だが虐められたことのある優しい人間なら知っている。自分達が抵抗できないのは教師や校則、成績の所為だ。虐め相手なんて抵抗しようと思えば幾らでもできる。何故、敵を殴れぬ。だが、抵抗すればどうなるかがわかる。生徒指導を受けるのは虐めた相手と、虐められた自分だ。虐められた側にも責任はあると、綺麗ごとを大人は並べる。成績が落ちることなど目に見えている上、教室の雰囲気が悪くなることもわかっている。だから、虐められている側は抵抗できない。虐められる奴は大抵優しい人格の持ち主だ。優しくない者ならば、喧嘩が生じよう。

 ――何もわかっちゃいない。自由を縛ってはいけない。私達は決して、誰かに操られる人形じゃないんだ。

 彼女は大人と世界の権利や地位や法律を嫌う。その感情を死角に押し殺して。

 彼女は、鈴科夜神や日比谷良一、自由を奪われた織姫茜よりもずっと世界を憎み、自由を望んでいる。


 学校にも死角はない。何故なら人がいるからだ。全員が自分の親友で、自分を他人へ話さない信頼のできる者ならば少しは変わるのかもしれないが、人間というのは絶対にそうはならぬよう設定されている。有名人ならば悪いことはないと思うならば、一度考えてみる。有名人は何故有名か? 簡単だ、名を多くの人が流しているからだ。有名人は皆に話される為、有名なのだ。故に、死角などない。人が人を話せばそれだけで死角は埋まるのだ。

 彼女に友人がいないわけではなく、皆と変わらない普通の女子中学生である。気弱なキャラの彼女は、そういう設定として皆から受け入れられている。()()のように。自分は気弱な奴だとわかっていた。それに文句を言うこともない。彼女は彼女の気弱さを自分と捉えている。生まれた時から顔見知りだった彼女は、それを自分の特徴だと思っている。彼女は全く怒らない。それも自分だと思っている。

 小説や漫画では気弱な女子というのにはよく裏がある。例えば暴力を振るう不良だったり、異常に性格が悪かったり、あるいは敵だったり。しかし彼女はそれには当てはまらない。彼女の心の闇はタブーと深く関わり、ただ一つだけなのだから。


 ――何もわかっちゃいない。私は人間だ。自由を手にする権利がある。()()なんかではない。決して、決して。


 と。彼女は不条理と理不尽と絶対権力差を憎み、自由を求める。彼女の心の闇はどうしようもない、自由への愛だ。暴力などのマイナスではない。彼女は優し過ぎる、自由への愛を持っている。心から望んでいるだけなのだ。

「かのん」というもう一人の自分はきっと、愛の象徴なのだろう。


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