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仮想の現実は無法地帯  作者: 雪斎拓馬
仮想の現実は無法地帯 上
14/55

第二話 「悪魔は日常に潜む」 5


    5


 ヨルと霊猫はトワイライトゲートの道を歩いている。目的地は橘の拠点。歩かず超能力を使用すれば早いのだが、超能力とは言え疲れるとの理由で拒否した。

「そういえば、とても気になっていたのだけれど、いいかな」

「本当、お喋りなのだな、おまえ」ヨルは突然の霊猫の話へいい加減に返した。

 先日彼は橘に世話になっていた。ヨルは超能力者ランク一位、対して橘は超能力者でもない老いぼれだ。実戦経験があるとかないとか。しかし、年上であり尊敬すべき先輩であることには変わりはないのだから、世話になった礼を払いに行こうというものだ。霊猫がついて来ていることについては諦めている。彼女は行動力が無駄にあるのだろうか、恐怖心が薄れた今だからなのか、追い払ってもついて来る。

 霊猫の能力は『破壊』で、効果は能力や物質の破壊である。彼女が()()()ならば能力を使って追い出しているだろう。彼は霊猫と初めてあった時に彼女へ能力をかけた。跳躍をする為であったが、一回目は失敗した。破壊の能力の情報は橘から渡されていたためあまり驚かなかったが、実際にそんなものがあるとは思わずつい失敗した。彼がその後使用に成功したのは「俺はおまえの敵ではない」という言葉を彼女が信じたからだ。彼女の能力は敵だと判断した者へ効果する。つまり、彼が敵ではないと信じれば、彼の能力は彼女に通用する。だが今では彼女の能力について情報が固まりつつあり、もう一つの特徴が浮かび上がった。能力の発動は無意識に行われており、合理的に判断し、自分に害、もとい損があるとなった物を破壊する。敵が彼女に触れたとすれば、束の間敵の命は世界から消滅する。今では、彼女は彼について行くと決めている為に、彼女を追い払おうとすれば能力に拒絶される。

「リナと、かのんちゃんが入る前の新人ってどのような人なの?」

 想定外の質問にヨルは一瞬驚いた。やはり俺はこいつの考えることがよくわからぬ。俺に似ている、とは我ながらよく言ったものだ。俺は俺の考えることがわからない。かのんが入る前の新人とは、霊猫を除いた新人三人の内、かのんとヒビヤ以外の残り一人のことだろう。

「リナなら見ての通りの奴だ。面白い大学生だよ、あいつは」

「へえ、大学生だったの……いや、そうではなくて、何か隠していないかな、あの人」

「それは、嘘の塊というか裏の人間みたいな奴だからな。俺もあいつに隠していることなど幾つもあるし、あいつも俺に隠していることはあるはずだ。人間というのは幾ら近くにいる者にも、全てを打ち明けることはできないのだ」

 ヨルはいつもの癖でつい喋りすぎた。彼は元々気弱で臆病で静かすぎる男だったのだが、いつの間にか彼女の前にいると口が滑る。

「あなたとリナは恋人同士なの?」

 今度こそ彼は驚いた。しかし内心では全く違うことを思っていた。きっと昔の俺なら激怒していたのだろう、と。

「俺は『恋愛』などもうしない」ヨルがそう言うと霊猫は口を押さえた。「あいつは俺の恩人だ。そしてあいつは俺を恋愛対象としては見ない。今先ほど言ったよな、あいつには俺のタブーを全て話した。だから、あいつは俺を恋人などとは思わない」

 言い終えた彼は溜息をついた。調子が狂う、何故だか霊猫には激怒できない。

「それは、その……ごめん」

「いや、謝るな。俺には誰かを叱りつける資格も、誰かに謝られる資格もないのだから。俺は誰よりも臆病だ。世界一臆病な男だ」

 沈黙を好む彼ではあったが、どうしてか言葉が出てしまう。

「それと、新人四人の内、おまえと金髪とかのんを除いた残り一人についてだが――」

 直後、大きく重い衝撃音が道に鳴り響いた。

 突然の音に二人は振り向いた。左方、公園のような小さな広場のベンチが空に上がった。まるでベンチ自体が跳躍したようだ。ベンチの下は砂埃が巻き上がっている。ベンチが空を舞うというシュールな画に二人はそれぞれの反応を示した。

 霊猫は戸惑うような、驚いた表情。ヨルは溜息混じりの、退屈そうな表情。

「噂をすれば影というやつか。あのベンチをぶん投げた野郎がそいつだ。名前はスーシェという。無論、本名は違うが。全くあいつは加減を知らぬな、暴力野郎め」

 彼は気にせずに足を進めた。橘の拠点は後少しであった。仲間を気にしない彼を見た霊猫は更に戸惑うが、諦めてヨルについて行くことにした。拠点とはいえ建物を借りてオフィスを装っているだけで、それ以外は何もない。彼らは軍人のような兵ばかりであるが、訓練と呼ばれる全ては屋外の裏路地で行っている。その為に、一週間前のような事件が起こってしまう。あの事件は、小規模グループが爆発系の武器で特攻してきたと聞いた。その後、橘の兵に迎撃され逃亡し、ヨルに殺された。

 彼がとっつぁんと呼んでいる長――本名を立花康夫について深くは認識していない。彼は戦場の経験があり、その頃は軍の装備管理も務めたそうだ。今では仮想空間にて『超能力』の研究を進めている。超常現象は仮想にて発現する、現実世界では能力は使用不可能である。彼の研究の基がこの一文である。仮想と理想は紙一重で、絶対不可能な現象が起こる。例えば第一位のヨル。動力操作は彼自身が理解し把握しているエネルギーを自由自在に操作できる。例えば第二位の悪魔。消滅は物質の原子一つ残さず、簡潔に言えば世界から完全に削除する能力である。例えば第三位の譲。完全治癒は心臓を貫かれようと完全に治癒する、ナイフで刺されようが痛みを感じる前になかったことにできる完全な能力である。そういった、現実世界では根本的にありえない現象を、橘は研究しているということを理解しているくらいだ。

 橘の拠点は至って普通の建物に見える。ビルでもマンションでもなく、と言って家でもない。ごく普通の建物だ。例えば病院のような大きい建物。例えば美術館のような広い建物。外見は高くもなく広くもなく、しかし威圧感がある。

「待っていたよ、ヨル。それに霊猫と言ったかな」

 老人が建物の前で待っていた。どうやらここは建物と訓練場を繋ぐ道らしい。

「橘のとっつぁん。先日はすまなかった」ヨルは橘へ謝罪の一礼をした。

「何、そういうこともあるさ。この世界がただのゲームだと思ってな。若い小僧は元気が良すぎて空回りしておる」

 先日、正確には昨日。トワイライトゲートに隣国のシェイクゲートから大規模な素人軍組織が侵入した。「自由なる世界前線団」という狂った名前のギルドだった。挙句、自分達で決めた名前だというのに、FWFと略していた。そのFWFは街にいる人間を見つけては躊躇せず発砲していた。この世界は彼らの言う通り自由な場所で、無論乱射されている側も銃で対抗する。まるでテロだった。そこで便利屋が動き、テログループを見つけては無効化した。しかしそれでも銃声は止まず、街の一角は戦場と化した。銃弾が飛び交う道は一角から次第に街を侵食する。便利屋四人では手に負えなくなった。その為、シェイクゲートとは反対のリバティーゲート付近に位置する橘の軍へと至急要請した。結局、その便利屋の要請を受け、ヘリを出さざるをえなくなり、テロは無事に収まったが、ヨルは橘の労働を気にした。便利屋でなるべく抑えていれば、彼らはヘリまで出す必要はなかった。というのも、ヘリが一機撃墜されたからだ。今回の騒動は大規模なもので、人数も多かった所為なのか、戦死者七十名も出た。現実世界の戦争では少ない方だろうが、そもそも人口が七億もいない世界の、街一角の、一夜の出来事である。普段人殺しを平然と遂行する汚れ仕事人のヨルも、笑えなかった。無法地帯をゲームだと思い、銃を握り人を殺す。街は一夜にして赤に染まった。FWFの隊員は全員中学生から高校生の未成年で、恐らくストレスに耐え切れなかったのか、何の躊躇いもなく引き金を引いた。人は『無法』という麻薬を手に入れれば、鬼にも悪魔にも、残虐なる殺人鬼にも堕ちる。

「殺人鬼で、超能力者ランク一位のおまえが言うか」橘は嘲笑する。「所詮この世界をゲームと思い込んだだけの阿呆だ。何をしてもいい世界がここだ。私達が何を言おうと、ここは法律のない世界だ。テロを起こそうが、すれ違う人の喉を掻き切ろうが、咎める者などいない」

 霊猫は沈黙に徹していた。彼女もテロと戦っていた。殺さなくていい、無効化しろ、というリナの命令により、霊猫は自分へ飛来する銃弾を全て()()し、テロ隊員を拘束した。幸い、敵は銃を使うしか能がなかったようだ。簡単に取り押さえられた。

「だが、謝罪などいらぬ。私が急がせなかったのもまた原因の一つだ。ヘリの墜落は私達の訓練不足。お互いさまだ」

 老人は低く重い声でそう言った。

「あんたはテロについてどう思う? さっき言っていた〝空回り〟が見解なのだろうけれど、俺達はともかく世界的に馬鹿を見ただけでは済まない話だと思ってな」そう言うヨルに意外な笑い声を上げる橘。「いや、それがここのモットーなのは知っているよ。それも、さっき言っていた通り誰がテロを起こそうが関係はないけれど。少なくともそれはこっちの世界の話で、ああいう馬鹿野郎は()()()()でも同じことをやりかねない」

「どうしてそうと踏むのだね? 幾らでも考えようはあるが、何故君は他人の心配をする。おまえらしくもない」

 俺のことをどう捉えているのだ、と彼は思ったが口にしなかった。俺が自分しか興味のない人間だったら、超能力を悪用して誰彼構わず皆殺しにしているだろうし、リナと出会っても何の感情も抱かず拒絶して殺しただろうし、日比谷良一が自分と同じクラスメイトだとしても無視し続けただろうし、霊猫など助けずに任務を全うして殺害していただろう。俺は鬼だが、他人へ何の興味もなく、自己中心的に動いているつもりはない。俺が自己中心に生きていらなら、あの悲劇や不幸は俺に訪れなかっただろうし、()()()でい続けただろう。

「俺がそうなりかけただからだよ。俺は見ての通り超能力者で、知っての通り第一位だ。自信過剰になって現実世界で喧嘩を成敗することがある――笑うなよ、俺はまだ子供なのだぞ。だが、喧嘩だけに収まらずつい大怪我をさせそうになる。一度だけ酷い時があった。女を捕まえて痴漢している野郎を見つけてな、女から手をひっぺがしては腕ごと折っちまった。その後力任せに顔を何度も殴りつけて、そこでやっと我に返り、理性を取り戻し、警察に突き出して丸く収まったのだが」

 丸く収まったのか、と橘は嘲笑。警察まで絡んで丸くはないだろう、とでも言いたげな低い笑いをする。

「麻薬の良い点を教えてやろう」橘は不気味に言った。「全てを無かったことにできる点だ。天国にいるような快楽を覚える。それが麻薬の良い点だ」

「悪いだろ」ヨルは言い返す。

 自分とは何の関係もない話になった為、霊猫は後ろを見やる。未だに何かが上空へ放り出されていた。どうやらスーシェという仲間は強暴らしい。

「飽く迄も良いところだ。悪い点は言うまでもない、自我を保てなくなるところだ。おまえのように、麻薬を一度手にすれば理性を捨てる。正義の為に何でもする奴、そもそも自分など眼中にない奴。色々いるが、全て共通して麻薬を手にすると、更なる快楽を得る為に手段を択ばなくなる」

「俺は人殺しに快楽など感じていない」

「人殺しが快楽とは言っておらんだろう。この世界での快楽は『自由』だよ。何の縛りもない。精神の縛りは愚か、物理的にも限界がない。全てが自由な世界こそがここなのだよ。私達はその麻薬を服用し続けている。更に自由を求めて、唯一の法律である、現実には手を出さないという掟も破ってしまう」

 俺達は確かに自由に依存している。ここに漂流する奴は皆悲劇を経験した人間だ。不条理に、理不尽に、法律に、世界に不満を抱いた自由を求める奴らだ。俺も例外ではなく自由な世界を望んだ。だが現実世界で失ったものは、この世界でも取り返しがつかない。だから更に自由を求めるのかもしれない。ヨルは橘の話を聞いて思った。

「答えを出していなかったな。テロについてどう考えているか、だが。私は特別何かを考えているわけではない。この世界の一つの流れとして見ている。この世界でも戦争は起こる。先日のテロなど比にならない程の事件も起こる。だから、私は何も考えておらん」

 戦争か――ヨルは素直に話を全て聞き入れた。

「しかし面白い。現実世界では〝戦争は消えてなくなるべき〟と言う馬鹿がいるものだが、こっちにくればそう言う連中は綺麗に消える。法律という、()()()()()()()()()()()()()()()()()()が作った『偽善なる概念』がある故、戦争は不条理な悪だと見られるが、無法地帯では違う。戦争に理由がつく」

「理由?」ヨルがつい口を挟む。

 横目で見ていた霊猫は二人に振り返り、話を頭に刻み込んでいた。

「ここで起こる戦争やテロなんかは皆、『人間の本能』によるものだと理由がつく。仲間を想い、敵を殺す。自分という正義の為に敵を叩き潰す。自由を求めて、喜びを求めて。そこで起こる死も、そこで感じる哀しみや絶望も、まるで完全に筋の通る楽しいゲームのように流れる。そう、ここはルールのないゲームだ。だが勘違いはするな、私達はプレイヤーではない。ゲームを楽しく遊んでいるわけでもない。ただ自分の突発的な衝動に身を任せているだけだ。これが『人間の本能』だ」

 衝動に身を任せ、人を殺しても、娯楽で癒されても、それは「自分」なのだから。自分がしたいと思う全てを自由にする。『人間の本能』とは自分への制御を全て解放した自分なのだろう。例えばストレスを感じて何かを殴る衝動に駆られる。現実世界ではその衝動に負けて何かをすれば縄をかけられる。だが、この無法地帯にはそれを裁く概念が存在しない。物に、あるいは人に殴りかかってストレスを解消しようとそれは許される。例えば悲しくなって、それを吹き飛ばそうと笑いを求める。仲間と自由に話して、笑っても許される。例えば恋愛がしたくなって、恋人を探す。そこで出会った相手を愛しても許される。同性愛も許される。例えば物を作りたくなる。核爆弾を作ろうと毒ガスを作ろうと、許される。例えば人を助けたくなって、便利屋を開く。そこで依頼を受けて人を助けようとも許される。

 無法地帯は悪の溜まり場ではない。法律のない世界では何をしても許される。喜んでも、怒っても、哀しんでも、楽しんでも、許される。決して悪ではない。そして善でもない。自由な世界は『人間の本能』を縛らない。法律は人を縛る。自由を裁く。衝動を、本能を抑制する必要がある。恋愛がしたくても伝統や政治の所為でできない。人を救おうとしても地位が低くて手も出せない。知識を活かして物を創造しようとしても成績が悪くて部品一つにも触れない。自分を虐める相手に抵抗しようとしても成績が邪魔して手が出せない。――こうして現実世界では自分を抑制して生きなければいけない。憲法や法律や、礼儀や伝統、家柄や誰かの正義に従って善人を偽らなければならない。偽善者にならなくてはいけない。

 それでも、その偽善者の自分を「自分」と呼べるのだろうか。イデオロギーもインスピレーションも通用しない世界に生きる偽善者をまさか「自分」と胸を張って言えるのだろうか。

 無法地帯は人間の本能が発揮される、「本来あるべき世界」である。弱肉強食を生き、全ての生物が共存し、己の中に存在するイデオロギーという『正義』に身を任せる本来の世界である。かつての地球には物理的法則しか縛りが存在しなかった。弱肉強食という言葉を提示するならば、窮鼠猫を噛むと言い返す。

 本来あるべき自由な世界に「法律」という概念を刻んではいけない。

 己の本能を縛り、喜怒哀楽の感情など無い。

「自由と犯罪で思い出した。すまないな、これはおまえに取って深く関係する話だと思ってタイミングを計っていたのだが」

「あんたはタイミングなど計らぬ男だろう」

「それもそうだな。で、これは依頼でもない情報だが、おまえが気にすべきことだろう。その情報だが――――」

 橘の言葉を聞いてヨルは一瞬呼吸を忘れ、数秒後には後方を、奥歯を異常に強く噛みしめて怒気に満ちた表情で睨んだ。

 霊猫は彼の表情を見て言葉を失った。彼がこれほどまでに感情を露わにしたところを見たのは初めてだったからだ。そして、彼もやはり仲間を想い敵を討つ、『人間』なのだと思った。


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