第二話 「悪魔は日常に潜む」 4
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「皆、どこかへ行ったっすね」ヒビヤが寂しそうに呟いた。
「そうですね……」
かのんが相槌を打つ。この部屋には今二人しかいない。ヒビヤは少し溜息をつくとかのんの方へ向き、話しかけた。かのんの対人恐怖症は非常に悪く、それだけで体を震わせた。
「かのんちゃん、さっき外でのヨルと霊猫ちゃんの話聞いてた?」
「少し、聞いていました……申し訳ない」
「いや、大丈夫だって、ヨル達も会話を聞かれただけで怒りはしないからさ」
ヒビヤは特に話すこともなかったのか、かのんの方を見続けた。まるで、話題を振ってくれ、僕は常に話していないと死んでしまうのだ、と言いたげだった。
幸い、かのんには一つ疑問に思ったことがあった。
「ヨルさんのタブー……ヒビヤさんは聞いていないのですか?」
その質問にヒビヤは少し言葉を失い、次にどっと笑い出した。かのんは、自分の質問は間違っていないはず、と自分への言い訳を考えたが、その必要はなかった。嫌な質問ではなかっただろうか。タブーというものは、ここではあまり話さない方がいいものだと初心者のかのんでも十分理解できているからだ。
ヒビヤはその満面の笑顔のまま、ヨルのような皮肉顔も見せずに言った。
「僕とヨルが出会ったのは、高校二年生が始まった時だったからね」
彼は自分の事をまるで自慢するかのように語った。かのんは聞き上手な面もあり、飽きずに全てを聞いていた。
彼とヨルが出会ったきっかけはリナだった。それ以前に出会っていたと言ってもよかったが、話す機会などあるはずもなかった。彼は至って通常に高校生まで上がった。ただし、彼が無法地帯の切符を手に入れる為の「悲劇」という対価は払っていたが、彼は勉学に関してはあまり障害なく進学していた。と言っても近くにある馬鹿高校に通うことになったのだが。彼が高校二年生になった頃の話だ。彼のクラスに鈴科夜神という名の男が編入という形で転校してきた。学習面は平均より高め、運動面も同じく平均より高めの凡人に見えた。しかし彼は特別興味も示さず、高校生活にはよくあることだろう、と気に留めなかった。
転校生の夜神は自己紹介の時「俺のことは鈴科と呼んでくれ」と言った。彼はこれもよくあることだろう、と素直に鈴科と覚えた。ただ、気になる点が幾つかあった。まるで感情欠落障害者かのようにどんな表情もしない。豊かではない、いや違う、皆無だ、と彼は思った。喜怒哀楽のどれも示さない。まるで人形だ、美しいそれではなく、空虚なそれだ。他にも、一言も喋らない夜神は徐々に不気味がられもしていた。そんな転校生へ手を出した連中がいた。彼と同学年、隣クラスの評判の悪い三人組。一般的に言う虐めというものだ。昼休みに彼を屋上へ呼び出し、取り囲んで袋叩きにしていた、という目撃情報が学年中に広まったのだが、その話にはオチがあった。偶然目撃していた別校舎の暇人がふと目を離した時だった、その場から四人の人影は消えていた。そもそも四人の人影は夜神と不良達ではなかったのではないか、という声も上がったが、どうやら目撃者は四人の顔を憶えているという。消えた、それがオチではない。その目撃情報があった翌日、不良三人組は学校へ顔を出さなかった。三人組の欠席理由は全員「事故」だった。
それでも日比谷良一は夜神に話しかけようなど思わなかった。彼は鈴科夜神という存在が如何に狂っているか気付いたからだ。夜神は無口無表情のキャラで目立っていた為に、やはりクラスからはからかわれていた。確かに「そんな鈴科君も一つの個性だよ」という声もあったのだが。下らないものでも、非常に汚いものでも、彼は抵抗せずただ無視していた。更にそれを快く思わない連中が罵声を浴びせた。しかし、彼は眉一つ動かさず席に着いて無視していた。断ることも、謝ることも、文句を言い返すこともなく、ただ虚空を見つめて沈黙していた。不気味だ、と素直に良一は思ったのだ。
良一もクラスでは少し浮いている存在だった。高校に入る直前、両親を交通事故で亡くしていた。初めは何を言っているのか理解できなかった。漫画のような状況だ、両親が交通事故で死亡し、子供は家にいた為に生存、訪れる独りの生活。前向きな考えを持つ彼は、今後の人生を楽しんでやろう、と決意した。そして彼は堕ちた。
彼に一通のメールが届いたのは夜神が転校してきて一ヶ月が過ぎる頃だった。〝自由な世界を望むならばその手を出せ。ただし、現実へ銃口を向けるな――それが唯一の『法律』だ〟と書かれた差出人不明のメール。非常に不気味がったが、彼は何か隠されていそうな気がして暗号を解読する気分で文を砕いた。自分が思う自由な世界とは、縛りがなくて何でもできる場所だった。どれ、やってやろうといつもの無駄に前向きな気分で返信を出した。その三日後、驚くべきことに差出人不明の贈り物が届いた。好奇心に駆られ、勢いよく段ボールを開けた彼は初めにデスクトップパソコンのような機会を発見した。次にヘッドホン、最後に簡潔な説明書。夜九時から朝五時までの時間、夢を介して仮想空間へ移動できるという。理屈も理論も全く理解できなかったが、好奇心は止まらず彼の足を無法地帯へ運ばせた。
異世界漂流物語でベタな試練などはなく、彼は気が付けば路上で倒れていた。日本とあまり変わらないか、アメリカのような「影の国」を連想させる街だった。高層の建物が連なり、裏に影ができる。表は比較的に明るく広い。街に名前はなかったが、彼をカモだと考えた悪党が言うにはライスゲートと呼ばれていた。トワイライトゲートの南に位置する街だ。
彼が笑いを求めてか自慢気に語っていた通り、悪党に三日ほど追われていた。彼はこの世界が無法地帯だとは予想していなかった為、初日はわけもわからず逃げ回り、しかし生き残る感覚が彼の好奇心をくすぐり、彼は後の二日を逃げ回った。とうとう追い詰められた彼の元に一人、英雄が現れた。自分で勝手にログインしておきながら彼は絶叫していたが、英雄を見て気を緩めた。
「やあ、新人かな? 行くあてがないなら私の元へ来ないかい?」
躊躇なく悪党を撃ち殺したリナは、絶句していたヒビヤへそう言った。彼と彼女は劇的でもない出会いをした。
「あれ、何の話をしていたんだっけ、覚えてるっすか?」
ヒビヤは話を中断してかのんへ質問した。口調はふざけているものの、惚けた表情である故に真剣である。
そういえばいつからか僕の話に変わって、結局リナと出会った時のことを語っていたけれど関係ないよね、と。
「ヨルさんのタブーの話……だったような」
「そうそう、それだ。全く、僕は自分が思っていることをメモに落としておかなければ、会話が進まないや」溜息交じりにヒビヤは言う。「こう言いたかったんだよ。彼のタブーは知らないけれど彼の〝禁句〟なら知っている」
「……禁句?」タブーと何か違うのか、とかのん。
「違うさ、程度がね。僕の場合はタブーも禁句もないけれど、彼の禁句は『女の死』と『敬礼』と『恋愛』と『夜神』だと思う」
その理由は知らないけれどね、と付け加えた。
「彼があまり好まない物がそれなんだ。僕はその後リナちゃんに連れて行かれ、便利屋で出会った人が、何と同じ学校で同じクラスの鈴科夜神だった、という。だから実は彼と出会ってから間もないんだ、僕は。だけれど、禁句はその四つだと推測できる」
彼が個人的に夜神へ訊いたところ、あの三人に屋上に呼び出されたという噂は本当だ。夜神は三人の生徒を殴り倒していた。ふとした瞬間の出来事だった、つまり尋常じゃない速さで喧嘩を終わらせたという噂も本当だ。その理由を訊いてみれば「屋上での喧嘩は思うところがあってな、手短に済ませたかったんだ」と答えていた。『屋上』も禁句なのかもしれない、と彼は考えたが、思い込みだろうかとかのんには伝えなかった。
そうそう、とかのんの返事を待たずにヒビヤは話を再開する。
「結論を出し忘れていたね。それからの仲だから、僕はヨルの……いや、鈴科のタブーを知らない」ところで、と更に付け加える。「かのんちゃんの禁句は何だい?」
彼はおそらくその話をしないよう配慮したい、という意図を持って質問したのだろう、とかのんは受け取った。彼女は数秒沈黙したが、別に言えない訳でも無く、自分がセーラー服を毎日着用していることから、あまり気にしていないのだと思った為、あまつさえタブーまで語ったヒビヤへ禁句を教えた。
「私の禁句は、『教師』です……」
幾らか話してはっとヒビヤは気付く。
「あれ、僕普通にヨルの本名言っていたよね?」しくった、と言いたげに彼は頭を抱える。
かのんは申し訳なさそうに無言で頷く。
「ああまいったな、かのんちゃん、このことは黙っておいてくれないかな。バレたら僕千万回殺されそうだから……」
かのんはくすっと笑うと「わかりました」と答えた。
ヒビヤの雑談は終わりをしらない。彼は特にニュースの話になると熱くなって時間という感覚を失う。
「そうだ、かのんちゃんは最近無法地帯で起こっている事件を知っているかい?」
「猟奇殺人以外で、ですか?」
「うん」無駄に笑顔でヒビヤはかのんの答えを待つが、生憎かのんはその話題に乗っていけない。
ごめんなさい、とかのん。ヒビヤはいやいやと首を振る。
「大抵、街には一つ軍があるんだ。ミリタリーオタク達が集うサークルのようなものだから、実際強いのかどうかわからないんすけどね。でも、超能力者を除けば一応勢力を持っている。いわば、この世界の武力なんだ」
「それが、どうかしたのですか?」
「最近、軍隊が侵入者によって破壊されているらしいんだ。もし全ての街の軍を下したら、世界征服のようなもんすよ!」
無駄にテンションが高い。しかしかのんは気にならないのか、あるいは聞き上手なだけなのか、ヒビヤの話を聞いていた。
彼らの仲が深まった日となった。




