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第5章:偽りの山崎へ(ウツケとサルの台本)

<天守閣の倍返しと魔王のジェラシー> 


──再度、時計の針を、あの安土城の饗応の席が突然の打ち切りとなった半月前の、あの夜へと巻き戻る。


 十兵衛が、信長から「腐っている!」と理好不尽に踏みつけられ、徳川家康が何ともシラケた顔をして尾張を去った、あの忌まわしき事件の夜。


 静まり返った安土城の天守閣の一室では、日の本の歴史の教科書がひっくり返るような、優雅で奇妙な宴が催されていた。



 広間に通常の料理を運ばせて家臣たちをなだめる裏で、信長は、十兵衛が作ったあの最高級の南蛮魚料理を、宣教師ルイス・フロイスと二人でウキウキと突っついていたのだ。



「最高に旨いな、フロイスよ。さすがよのう、あのインテリめ、何でも達者な奴よ。こいつは、マジに美味ぇわ……して、アレで良かったのか? 十兵衛の奴、床を転がっておったが」


 信長が極上の魚を口に運びながら、満足そうに鼻を鳴らす。


 対面に座るフロイスは、フォークを弄びながらニヤリと不敵に笑ってみせた。



「ハイ、カンペキです。ヒデには、かつて二条城の現場で一度、強烈なエルボーを喰らっていますからね。まさに『倍返し』です。


 それに、彼は優秀過ぎました。かつてヨーロッパの私の教室では、彼のインテリジェンスのせいで私の講師としての面目が丸潰れになり、大恥をかかされましたからね。


 ささいな仕返しですよ、ハハハッ」


「ククク、お主も大概に執念深い男よ」


 信長は笑い、しかしすぐにグラスのワインを揺らして真剣な目を向けた。



「しかしフロイスよ。これほどの泥を被せられて、十兵衛の奴、本当に本能寺に現れるか?」


「ノープロブレム。必ず来ます! 彼も晩廷の千年の嘘(堺の闇)をぶっ潰したくてウズウズしていますからね。後で私から、彼に『カモン(来られたし)』とレターを送りますゆえ」



 信長はワインを飲み干すと、ふと遠い目をしてみせた。


「しかし、十兵衛の奴め。生真面目な武将の仮面(ペルソナ)を被って、今まで余を何年も謀りおってからに。


 余がヤツの異変に気づいたのは、三好の残党どもを討つ際の、あの狂気に満ちた異常な執着よ。あれはただの武士の戦ではない、私怨のソレだ」



 そこへ、部屋の隅で静かに控えていた巨大な黒い影──弥助が、白い歯を見せて静かに微笑んだ。


 信長はその巨体を見上げ、わざとらしくため息をつく。



「ふむぅぅ、それに十兵衛のヤツは、いち早く南蛮から来たこの弥助と、出会った瞬間から妙に相思相愛であったな。


 余もまことジェラシー(嫉妬)であったわ。……フロイスよ、ココはジェラシーで合っておるか?」


 フロイスは抱腹絶倒した。


「ハハハ! さすが信長ボス、アナタも最新の外来語を使いこなすインテリですな!」



 この夜、二人の天才の悪巧みによって、あの本能寺の変という「自作自演の爆破ショー」の全貌が、完璧に書き上げられたのである。



──フロイスが去った後。


 夜風が吹き抜ける天守閣で、ナガはワイングラスを傾けながらキチョウに呟く。



「キチョウよ。十兵衛のヤツ、床を転がりながら酷いガチパニックの目をしおってな。クク、あのインテリめ、余の動きが読めなんだかのぉ」


 キチョウは長い黒髪を揺らし、ナガの隣で静かに夜景を見つめながら、慈しむように微笑む。



「あなた、十兵衛殿をあまりからかっては可哀想よ。あの男(ひと)の黒い瞳の奥の『青い海』は、誰よりも生真面目に、あなたの背中だけを追いかけていたのですからね。


 日の本の格式や生真面目さを完璧に演じているのに、時折、その黒い瞳の奥に広大な海の匂いを漂わせる……あんな不器用で美しい矛盾、私が見逃すはずないじゃない? フフッ」


「ふん、キチョウよ。さすがは余のワイフよ……敵わんな。しかしヤツがハーフの帰国子女だと気づいた時、余は驚きよりも、ジェラシーを覚えたわ。あやつ、余より先に世界を、海の向こうを見てきおったのだ。


 だからこそ、この本能寺の自作自演、十兵衛でなければ共犯者は務まらぬ!」



 キチョウはナガの肩にそっと手を置き、その破壊衝動の軌道を世界へと修正するように囁く。


「ええ、あの方はあなたの無敵の『矛』。ヤスケという無敵の『盾』と共に、あなたを新世界へと導く最高のプログラム。……さあ、舞台(本能寺)の台本を仕上げましょう、我が魔王様。ウフフ」




<ウツケ」の弥助と、大航海への扉>


──そして歴史は、天正10年(1582年)6月2日、未明の燃え盛る本能寺へと還る。



「信長の亡骸を探せ! 見つかるまでずっと探し続けるんだッ!!」


 十兵衛が、1万3000の兵にわざと無駄な大捜索を命じ、信長の脱出時間を完璧に稼いだ、あの数十分前──




 自らが本能寺に火を放ち、爆音を響かせ紅蓮に染め上がる本堂を背中に、信長は皮肉交じりに呟く。



「ククク。今後、世は荒れるであろうな……余の亡骸が無いとなッ! 終わりなき迷宮を何百年も先まで……永遠に論ずるがよいわ。うぬ等に『是非に及ばず』を突きつけてやろうぞ。


『是非に及ぶことは無い!』とな! 未来永劫だッ!! クハハハハハッ!!」




──数時間後、本能寺の爆炎から遠く離れた闇の中。


 十兵衛は、顔の半分をレースで隠した最愛の煕子、そして信長の影であったはずの弥助を伴い、山崎へ向かうフリをして長崎の隠密ルートへと馬を走らせていた。



「煕子、ヤスケ、準備は良いか」


 十兵衛が手綱を握りながら、黒い目を本来の鮮やかな「海の青(ブルー)」へと戻して尋ねる。



「イエッサー、ヒデサマ。長崎の港で信長ボスと落ち合う旨、フロイスと完璧に口裏を合わせております」



 煕子が残された左目を美しく細めて微笑む。


「ヒデ様。ジョーベー様の遺言の意思、ここからが本当の始まりでございます。私はどこまでも、最後までご一緒に」


「ボディガードはこの弥助に。ミーは最強の盾デス」


 弥助が頼もしく胸を豪快に叩く。



 十兵衛は走り続ける馬の上で、ふと気になっていた疑問を弥助にぶつけてみた。


「そういえば弥助よ。其方の、海の向こうでの本当の名(本名)は何と言うのだ?」


「弥助でノープロブレムです」


「いや、何と言うんだ? これから世界へ打って出るのだ、本当の名を教えてくれ」



 弥助は一瞬、困ったように頭を掻いたが、観念したように白い歯を見せた。


「……ウツケ、です。ハハハ!」


「なんと! ウッ……クク、ははは!」


 十兵衛は思わず吹き出した。



「ウツケだと!? それは……さすがに信長さんの前では絶対に呼べないな!」


「イエス。もし本人の前で名乗れば、一瞬で首を撥ねられますネ。


『貴様、どこで聞いた! ナメとんのかッ!! 余の呪われた影(過去)であると申すかッ!』とね」


「ククク、ははは! 言い得て妙だな。となるとそうだな、やはりこれからも弥助と名乗ろうぞ。ただし、『ヤスケ』にしよう! どうだ?」


「ハハハ! 弥助もヤスケも、イントネーションは全く同じですからね!」


 煕子も、たまらず微笑む。


「うふふふ! 楽しいですこと」



 夜の街道に、これから世界をハッキング(翻弄)しに行く3人の、最高に愉快でシニカル(冷笑的)な笑い声が響き渡った。




<サルの台本、タヌキの影>


──数日後、山崎の地。


 晩廷の裏の手引き(完全なやらせ)によって「中国大返し」をキメてきた羽柴秀吉──サルの軍勢で埋め尽くされていた。



「光秀を探せッ! 光秀の首を獲るのだ! 晩廷からの最重要任務であるぞッ!!」


 サルは狂ったように吠え、その顔を激怒と出世欲で真っ赤に染め上げていた。


 これさえ成功すれば、百姓の身分から一転して「関白」という泥の椅子のトップに座れる。


 晩廷とのウィンウィンの出来レースだ。サルにとっては人生最大のポールポジション(絶好の位置)であった。



「ぐケケケ。もうすぐやで、光秀の首やッ! それがあればワイは天下人や……ケケケッ!」


 サルの脳裏に、数日前、備中高松の陣中で受け取った、あの晩廷からの禁断の密書の中身が鮮烈に蘇る。



『羽柴秀吉殿、信長という野蛮な田舎者が、余の権威を脅かそうと企んでおじゃるぞ。イヌの十兵衛光秀に始末を命じておじゃるゆえ、其方がそのイヌを山崎の地で都合よく始末するでおじゃるッ!


 毛利との和睦も、帰りの道中の安全も、すべて我々が裏から手引きしてやるでおじゃるぞえ。オホホホッ!!』


 密書を読んだ瞬間、サルの醜悪な顔は強欲に歪んだ。



『ホンマかっ! ぐケケケケッ、光秀の野郎、外様のクセにインテリぶったツラして昔から気に食わんヤツやでッ!


 晩廷のお墨付きなら、ワイがまとめて始末して、泥の椅子のトップに座ったるわ!!』



──そして現在。山崎の戦場。


 そこへ、息を切らせた隠密の兵が、一通の書状を手にサルの前に現れた。



「ほ、報告します! 光秀の陣跡から、羽柴様へ宛てた、一通の書状が残されておりました!」


「何だと!? 早く寄こせッ!!」


 サルがひったくるようにしてその南蛮の紙を開く。


 そこには、漆黒の墨痕で、十兵衛ヒデからの最高に上品で、最高にバカにしたメッセージが躍っていた。



『サルよ。お前にはそんな天下人の器はないが、せいぜい晩廷の犬として、偽りの天下を高らかに吠えて(ワンワン)楽しめッ!


 だがな……欲にしがみつくではないぞ。お前のすぐ後ろには、あの老獪なタヌキ(徳川家康)が静かに控えておるぞな。──クハハハハハッ!!』



「な、な、何だとォォオオーーーッ!!! 光秀め、どこへ消えたァァアア!!!」



 山崎の空に、サルの無様な絶掛け声が虚しく響き渡る。だが、その叫びが世界の真実に届くことは二度となかった。



──こうして、偽りの勝者たちの歴史書の通り、信長の亡骸は未来永劫、謎のまま封印され、光秀の死は「落ち武者狩りの農民に竹藪で刺し殺された」という、最高に哀れで最高に滑稽な「嘘の神話(フェイクニュース)」として語り継がれてゆくことになる。



 すべては、新世界へと飛び立った二人の天才が仕掛けた、世界最大のハッキングの成功を意味していた。


(第5章・完)

すぐに続きます。

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