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第4章:狂宴の終焉と失った愛への誓い

この章はボリュームアップです。

<聖域のハッキングと生臭坊主の消毒>


 織田信長の「天下布武」というキャッチコピーの爆発力を借り、明智十兵衛光秀の裏のプログラミングによる快進撃が始まった。


 信長は、十兵衛の差し出す完璧なお膳立てのレールに乗り、幾多のピンチを乗り越えていく。


 世間はそれを「織田の神懸かり的な強さ」と呼んだが、十兵衛にとっては朝飯前の計算の範疇(はんちゅう)にすぎない。


 足利義昭も、そして信長すらも、十兵衛にとっては古い日の本の「嘘の神話(朝廷)」を切り裂くための、最高に都合の良い代行人にすぎなかった。




──元亀2年(1571年)9月。


 十兵衛の復讐劇が、ついに幕を開ける。


 ターゲットは、仏教の最高聖域でありながら、裏では朝廷と結託して巨万の利権を貪る不落の要塞──比叡山延暦寺であった。



「信長様。比叡山を焼き討ちすべきにございます」


 岐阜城の一室で、十兵衛は真面目なノーマル武将の顔を崩さず、信長にそう直訴した。


「ほう、真面目なお主が、仏罰を恐れず山を焼けと申すか?」


 信長が面白そうに目を細める。


 十兵衛には、神仏への未練など1ミクロンもない。彼が事前に隠密調査した比叡山の内部は、反吐が出るほどに腐り果てていた。


 鎮護国家を謳う坊主どもは、毎夜のように裏で宴会を開き、禁じられた肉を喰らい、女を囲い、挙げ句の果てには男色祭りに興じて浴びるように酒を煽っていた。



「民から金を絞り上げ、裏で淫行に溺れる生臭坊主ども。彼らを仏教本来の清らかな姿に戻してやるには、1度、物理的にすべてを消毒するしかございませぬ。


──是非に及ばず、にございます」


「クハハハ! よし、十兵衛、お前に先陣を命ずるぞッ! 」



 だが、十兵衛はただ怒りに任せて焼く男ではない。


 事前調査の段階で、彼はイエズス会のネットワークを使い、数名の「本当に真面目で、学問に秀でた本物の坊主」をピックアップしていた。


 そして、焼き討ちの直前、十兵衛は彼らを「わざと」包囲網から逃がし、京都の晩廷へと亡命させたのだ。


 これによって、晩廷は逃げていく高僧たちを保護でき、「明智光秀という男は、織田の暴挙の中でも、我々晩廷のために本物の高僧を救い出してくれた恩人だ」と大感激した。



 十兵衛は、信長と晩廷の間を取り次ぐ「唯一無二の外交窓口」としての不動の地位を、完全に獲得したのである。




そして、その大混乱のドサクサに紛れて──


 十兵衛は、かつて堺の庵を襲撃し、父ジョーベーと母光子を惨殺した三好三人衆の息の根を止める「私的な敵討ち」を、冷徹に、かつ完全に完遂した。


 炎上する比叡山の煙を見上げながら、十兵衛は黒い目の奥で、両親の魂に静かに十字を切った。


(父さん、母さん。終わったよ。どうか、安らかに。私を見守りください)



 物理的な消毒(焼き討ち)により、比叡山延暦寺という古い利権の要塞を跡形もなく爆破した十兵衛。


 織田信長はその圧倒的な実務能力を大絶賛し、家臣団の中で最も早く、比叡山の麓にある琵琶湖のほとり──領地「坂本」を丸ごと十兵衛に譲渡した。


 こうして誕生したのが、豪華絢爛な最新の要塞──『坂本城』である。



 表向きのフェイクニュース(世間の噂)はこうだ。


「明智光秀は、比叡山を焼いた冷徹な男でありながら、逃げてきた高僧たちを優しく保護し、比叡山の復興にも多額の出資をしている。なんと晩廷に忠義の厚い、情深い名将か」


 晩廷は十兵衛を「唯一無二の信頼できる犬」だと完全に勘違いし、大感激していた。



 だが、坂本城の天守閣の裏側で、十兵衛は顔を仮面で隠した最愛の煕子と共に、不敵にあざ笑っていた。


「復興の資金など、晩廷の懐に潜り込むためのただの『デコレーション(飾り)』にすぎない。


 この坂本城は、晩廷の千年の嘘を24時間体制で監視するための、ワシらの最前線ハッキング基地なのだからな」




──1571年、ある日の夜


 坂本城のその地下深くで、十兵衛ヒデは、京都の南蛮寺から密かに呼び寄せた有能な宣教師──ルイス・フロイスと対面していた。


 十兵衛はかつてヨーロッパ留学時にイエズス会の幹部の後ろ盾を得た、組織内でも「顔パス」の超VIP(最重要人物)である。


 フロイスを城に招くことなど、彼にとっては容易い裏工作にすぎなかった。



「ヘイ、ヒデ。一国一城の主(ボス)のお祝いに、最高にファンキーな『盾(シールド)』をプレゼントしよう。


 実は、長崎から私の手元で極秘に待機させていたエージェントさ」


 フロイスが眼鏡を光らせて合図を送ると、地下室の暗闇から、音もなく一人の巨大な黒い影が一歩踏み出した。


 圧倒的な体躯、漆黒の肌──弥助であった。弥助は流暢なポルトガル語で、白い歯を輝かせて言った。



「初めまして、ヒデ。ミーがあなたの影になりマス。あのオラオラ系の信長ボスをハッキングする舞台、ミーも裏から手伝いまショウ」


 十兵衛はヤスケの持つ世界水準のインテリジェンスを察し、出会って5秒で強固な「グータッチ」を交わした。


 これぞ、二人の「相思相愛」のバディが、完全に同期した瞬間であった。



「よし。弥助、お前は本日よりこの坂本城地下の隠れ部屋を拠点とせよ。信長様が日の本のイス取りゲームを完全に掌握するその日まで、大人しく待機されておくのだ」



 それからの10年間、十兵衛はカモフラージュしてある引きこもりベッドから時折地下へと足を運び、弥助と密かに面会を重ねた。


 世界情勢の上書き、最新の銃術の訓練、そして信長を驚かせるための台本の作成──


 仮面の煕子が、その鋭い左目で京都(晩廷)の動向を監視し、十兵衛が地下で弥助と銃術を洗練させる。


 彼らの3人の絆は、地下の暗闇の中で静かに、しかし最高に強固に研ぎ澄まされていった。




<狂乱の馬祭りと、信長公認の再潜入>


──時は流れる。


(天正9年)1581年春。


 十兵衛の策略通り、日の本のシステムをほぼ手中に収めた信長は、自らの圧倒的な権力を晩廷に見せつけるため、京都で前代未聞の超巨大イベント──『京都馬揃え(馬祭り)』を企画した。



 イベントの直前、十兵衛は10年間大切に育ててきた最高兵器・弥助を、フロイスの手を通じてわざとらしく信長の前に「献上」させた。


 洗っても洗っても漆黒の輝きを放つその肌と、想像を超えるインテリジェンスに脳髄を魅了された信長は、大喜びで弥助を側近(無敵のシールド)に召し抱えた。



 馬祭りの当日、京都の街は弥助を一目見ようと押し寄せた何万人もの群衆で大フィーバーとなり、あまりの熱狂に歴史上類を見ない「アンコール(2日目の再開催)」が決定されるという狂乱のお祭り騒ぎとなったのである。



 馬祭りを見事に大成功で終わらせた信長は、その後数ヶ月間に渡り、晩廷との冷徹な外交交渉や、山積する領地再編の事務作業に追われ、連日連夜、安土城の執務室で激務をこなしていた。



 しかし、信長の脳髄は十兵衛のさらに先を読んでいた。


 ある夜、信長は激務の合間に十兵衛と弥助を呼び寄せ、ワイングラスを揺らしながら不敵に笑った。



「十兵衛、そして弥助よ。余は事務作業に追われ手が離せぬ。……十兵衛、余の代わりに、弥助をあの『森の闇』へと案内せよ。


 日の本の古い神話(しきたり)など1ミリも知らんこの弥助なら、余とお前が目撃したあの世界のバグ(オーパーツ)を、最も美しく理解させる事ができるであろう!」


「──御意にございます、信長様」


 信長の正式な指示(公認)を得た十兵衛は、弥助を伴い、堂々と堺の南──あの禁忌の森、仁徳象徴陵へと足を踏み入れた。


 崩れ落ちた古墳の石室の奥、怪しく冷たい光を放つ青銅の甲冑、巨大な剣、そして玉座に横たわる南蛮人のような巨躯のミイラ。


 十兵衛からこの国の千年の嘘の仕組みを説明されたヤスケは、その巨大な目を輝かせて大爆笑した。



「オーマイデウス……! クハハハハ! 十兵衛サマ、 こいつは最高にクレイジーなジョークですネ!


 日の本の王様たち、神様のフリをして、ただの泥棒の歴史を隠していたとはッ!」


 ヤスケには、晩廷の権威に対する信仰も、日の本の伝統への恐れも、初めから一ミクロンも存在しないからこそ、この世界のバグを最も愉快にあざ笑うことができたのだ。


 弥助は十兵衛の前にどっしりと跪くと、その分厚い胸を強く叩いた。



「ミーは完全に理解シマした。こんな嘘っぱちの檻(日の本)、信長ボスと十兵衛サマと一緒にぶっ壊して、世界へ逃亡するプログラム。


 ミーが命を賭けて、無敵の盾になってみせまショウ!」


「……クク、弥助よ、頼もしいな。よし、すべての役者と動機が完全に同期されたぞッ!」


 十兵衛は弥助の肩を叩き、不敵に笑った。




<形無き思い出の地>


 禁忌の森、冷徹に底冷えした石室を後にした十兵衛ヒデ、無敵の盾・ヤスケの2人は、真夏の夜のうだるような熱帯夜に歪む、森の外へと舞い戻った。



 十兵衛の描くシナリオを完全に嘲笑うかのような「信長から公認の案内指示」の恩恵により、今回の彼らの行動領域には、晩廷の防壁(監視の目)を容易に欺くための、十分な『自由(権限)』が与えられていた。



 数十名で固めた護衛隊を付き従わせ、共に待機させていた熙子と合流した十兵衛は、漆黒の仮面の瞳を、遥か西の「形無き思い出」の空間へと向けた。



「熙子、弥助。このまま坂本城へ直帰する前に、もう1箇所立ち寄りしなければならない場所がある。ワシのな、すべての起点となった故郷だッ!」




──かつて1551年の幼少期。


 三好三人衆の凶刃によってすべてが血に染まった、あの焼け跡の集落。


 今やただの雑草が生い茂る荒れ地となったその場所へ、3人は音もなく足を踏み入れた。



 すると、夜霧の立ち込める暗闇の奥から、数人の影が松明の光を揺らしながら、警戒するように近付いてきた。


 粗末な小袖を着た、この地の隠れキリシタンの村人たちであった。


 彼らは十兵衛の纏う格式高い武士のオーラと、弥助の圧倒的な巨体に息を呑んだ。


 だが、十兵衛がそっと漆黒の仮面の瞳を細め、懐から見覚えのある父の遺品の定規(真鍮の縮尺)を差し出した瞬間、1人の老いた村人が目を見開いた。



「……あ、ああ! まさか、ヒデや……! ヒデなのかい!?」


「お久しぶりです。皆、お変わりありませんか?」


 十兵衛の口から漏れた、かつての少年の面影を残す静かな声に、村人たちの顔に一気に歓喜の涙が溢れ出した。



「おぉ、デウス様……! 本当に無事で、こんなに立派で、逞しいお侍様になって……!」


「ジョーベーも光子も、遠いお空からどれほど喜んでいることか。生きていてくれて、本当にありがとう……っ」


 村人たちは口々に十兵衛の無事を神に感謝し、その分厚い手や肩を、愛おしそうに代わる代わる擦った。



 15年の流浪と留学を経て、世界の最先端OSをインストールした冷徹な怪物へと変貌した十兵衛。


 しかし、彼らの泥にまみれた温かい手の感触に、凍りついていた脳髄の奥がじんわりと熱くなるのを感じていた。



「皆、ワシのいない間……父さんと母さんのデータを、守り続けてくれていたのですね。感謝いたします!」


 村人たちに導かれ、集落の片隅、秘密裏に守り続けられてきた緑の茂みの奥へと進む。


 そこには潮風にさらされて白く乾いた、十字架の形に組まれた木切れが2つ、静かに並び立っていた。


 ポルトガル人測量士ジョーベー、そしてその妻、光子の墓であった。


 周囲の雑草は綺麗に刈り取られ、今でも毎日のように手入れがされていることが一目で分かった。


 十兵衛は、その場にどっしりと跪いた。それまでの「明智光秀」という生真面目な武士のペルソナが、砂のように滑らかに剥がれ落ちていく。



「父さん、母さん。……ヒデです。ただいま戻りました」 


 黒く染め上げられた瞳の奥で、15年間、一滴も流れなかったあの海の青さ(ブルー)が、激しい感情の昂りとともに濡れるように明滅した。


 十兵衛は乾いた土の上に両手を突き、額をこすりつけた。



「あなたたちの遺したパスワード(日の本の歴史はすべて嘘だ)は、完全に我が脳髄に記憶されています。


 先ほど、この弥助と共に、あの森の最深部の闇を完全に検知してきました。


 私は今、完璧な仮面を被り、この国の中心をハッキング(内部侵入)し続けている。


……もう少しです。あの晩廷の千年の嘘を完全に爆破し、私たちはこの檻を『とんずら(ボイコット)』してみせます!」



 十兵衛の隣に、煕子が静かに、しかし迷いのない所作で膝を突いた。


 彼女は、村人たちや土の中の両親に向けて、自らの右顔を覆う絹の布を、そっと自らの手で引き剥がした。 


 月光の下に晒される、強酸性の劇薬によって血と脂が混ざり、引きつれて溶けた「半分の顔」。


 村人たちが小さく息を呑む。だが、その顔を見つめる十兵衛の瞳に宿ったのは、この世界で最も深い親愛と、至高の敬意であった。



「父さん、母さん。……私の、生涯の正室、煕子です」


 十兵衛はあえて日の本の武士の言葉を捨て、幼少期に父から教わったポルトガル語の、最も美しい発音で呟いた。


 十兵衛は両親の墓前で、自らの過去と未来への決意をポルトガル語で語り、煕子もまた、自らの溶けた顔と左目の誓いを義理の両親に捧げた。


 その壮絶な心中契約の姿に村人や弥助も深く心を打たれ、それぞれの誓いを新たにした。




<朝廷からの密命、そして十兵衛のパニック>


 三好ヒットマンを根絶やしにし、復讐を果たした十兵衛にとって、もはやこの泥の島国の未来など「どうなろうと知ったことではない」であった。


 あとは、信長という大型重機にこの国を適当に丸投げし、自分は煕子を連れて、南蛮船で世界の海へ高飛びするだけ。完璧なハッピーエンドの予定だった……



──天正10年(1582年)春。


 十兵衛の元に、異常な誤算が舞い込む。

朝廷の最高中枢から、十兵衛だけに向けた極秘のメッセージが届いたのだ。



【織田信長は、三職の位を拒み、我が晩廷の権威を脅かす怪物となった。明智十兵衛よ、其方が信長を始末せよ。成功の暁には、日の本の最高位を約束する】



 十兵衛は、自室の引きこもりベッドの上で、その密書を読みながら盛大に吹き出した。


「クク……、クハハハハ! どこまでも腐っておるな、晩廷どもよ! 皮肉であり、最高に滑稽だ。


 お前たちの『千年の嘘』を知っているこのワシに、まさか信長さんをの暗殺を依頼してくるとはなッ!」


 晩廷は、十兵衛が救い出した比叡山の坊主たちの件で、彼のことを「忠実な晩廷の犬」だと完全に勘違いしていたのだ。


 だが、十兵衛の天才の脳髄は、冷徹な計算を開始した。



(待てよ……信長さんのオラオラ(破壊衝動)は、最近ちょっとエスカレートしすぎている。


 このままだと、あの怪物、いつワシの正体(ハーフの帰国子女)に気づいて噛みついてくるか分からんぞ。


……信長さん、悪いがここらが潮時だ。ククク、用済みですよ……)


 十兵衛は、晩廷の依頼を逆利用することに決めた。信長を歴史の表舞台から合法的に消し去り、その混乱に乗じて自分も死を偽装して海外へ高飛びする。完璧な計画終了を構築した。




──天正10年(1582年)5月15日、安土城。


 徳川家康を迎えた盛大な饗応(きょうおう)の席。


 時計の針は、十兵衛の知られざる歴史を紡いできた。彼のこの先の未来は、歴史の教科書は教えてくれない。


 終わったのだと……


 だが、十兵衛の歴史には未来が存在したのかもしれない。ここからは「十兵衛の心理(ターン)」で再生されていくのである。



 十兵衛は、信長への最大の敬意を込めた「最後の晩餐」として、長崎から取り寄せた最新の解剖医学に基づく徹底的な衛生管理のもと、最高級の南蛮食材を使った極上の魚料理を振る舞った。



 毒の混入など一ミリもない。新世界の輝きを放つ、完璧なもてなしのはずだった。


 だが、御簾の向こうから現れた信長は、その料理を一瞥するなり、醜悪に顔を歪めて怒号を放った。


「十兵衛ッ!!! 何だこの異臭を放つ魚は! 腐っておるではないか!」


 平伏した十兵衛の胸元に、信長の屈強な足が容赦なく蹴り込まれる。


 ドカッ!!!


 畳の上を転がりながら、十兵衛のインテリ脳は、人生最大のガチパニックを起こしていた。



(……え? なんでや!? 信長さん、なんで急にキレてんの!? ワシの料理、完璧やで!?


 毒なんか1ミリも入ってへんし、解剖学的に完全無菌の最高級の魚やぞ!? え、ちょっと待って、その瞳の奥の目は何の意味?


──コレは、何か裏がある……のか……?)


「料理の役目など今日限りで解任だ! サルの助太刀にでも行って、泥水でもすすってこいッ!」



 踏みつけられながら、十兵衛は信長の目の奥にある、狂気的なまでの『親愛の光』と冷徹なハッキングの光を見た。


 信長の脳髄は、すでに十兵衛の遥か先を読み、彼独自の「世界脱出プログラム」を自作自演で起動させていたのだ。




<ヘイ、ヒデ。本能寺にカモン>


 美濃から急ぎ丹波の居城へ戻り、表向きには秀吉の毛利攻めの応援(という名の挙兵準備)を進めていた十兵衛。


 信長の意図が掴めぬまま、歴史の歯車がギチギチと音を立てて回る中、5月下旬の夜。



 十兵衛の元に、京都の南蛮寺のルートを通じて、一通の密書が届けられた。


 南蛮の格式高い紙を開くと、そこには見慣れた流暢なポルトガル語の筆跡が躍っていた。



【ヘイ、ヒデよ。君のボスである信長さんが、どうしても君と直接話したいことがあるってよ。6月1日の深夜、京都の本能寺にカモン(来られたし)


──ルイス・フロイスより、ウインクを込めて】



「フッ……そういうことなのか、信長さん?」


 密書を蝋燭の火で焼き捨てながら、十兵衛の喉から乾いた笑いが漏れた。


 あの安土城での苛烈な折檻。自分に「主殺しの大悪人」という完璧な動機を強制的に押し付けた魔王の真意。


 信長は知っていたのだ。自分が朝廷の千年の嘘をぶっ潰せば、この国は崩壊する。だからこそ、歴史の表舞台から「完璧に死んで消え去る」ためのシナリオを、十兵衛を共犯者にして自作自演しようとしている。



「真意はまだ謎だ……しかし、ワシは行かねばならんな」


 十兵衛は立ち上がり、黒髪を整え、部屋の隅で静かに佇む煕子と目を合わせた。


 熙子は瞬きもせず、まるで満月のような覚悟に満ち溢れた瞳で十兵衛を見つめ、二度頷いた。


(ヒデ様、いよいよですね。貴方と私は二人で一人、一心同体にございます。どこまでも永遠にご一緒しますわ。)


 熙子は、三日月の瞳に戻し、美しく微笑んだ。




──天正10年6月2日、未明。


 1万3000の明智の軍勢が、京都・本能寺を急襲する。


 天を焦がす爆炎の中、十兵衛が抜刀して本堂の最奥へと飛び込んだその瞬間──


 あるべきはずの信長の遺体はなく、残されていたのは硝子の器と、焦げた草の苦い煙、そして弥助の手から渡される信長直筆の最後のメッセージ。


「クク……、ハはは……!」


 本能寺の炎を背に、十兵衛の大爆笑が響き渡る。



「皆の者! 信長の亡骸を探せ! 見つかるまでずっと探し続けろッ!」


 歴史の檻を自らの意志でハッキングし、泥の王座を笑い飛ばして新世界へと打って出た天才たちの狂宴であった。



「クハハハ! 『敵は本能寺に無き』とは、我ながらよく言ったものだ。」


 十兵衛は、ニヤリとしながら弥助と静かに歩き出す。


(第4章・完)

すぐに続きます。

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