第3章 第四十話:埼玉旅行の最後の晩餐
百観音温泉から戻ってきた三人。
二人は食事の前に明日の帰る準備をすることにした。
さとしから借りていた客間で荷物を詰める二人。
「お母さん、明日はもう帰る日なんだね。さとしさんとの旅行ってあっという間に終わっちゃうよね」
「そうね。前回の京都の旅行でもそうだったものね」
「もっとさとしさんといたいのに……」
「美波、それならいい方法があるわよ」
「お母さん、その方法って何?」
乗り出すような勢いで美鈴に尋ねる美波であった。
美鈴は美波の耳元に顔を近づけると小声で「それはね……」と何事か伝えた。
「お母さん、それいいの?もし許してくれるなら私もそうしたい」
「その代わりお母さんも一緒よ」
「うん。もちろんそれで構わないよ。それでさとしさんの近くにいることが出来るんなら」
その後二人は楽しそうに話しながら荷造りをしていくのだった。
ーーー
明日の準備が終わり、リビングへ戻ってきた美波と美鈴はテーブルの上に並んだ沢山の料理に目を輝かせた。美鈴とさとしはビールを、美波はコーラをコップに注いでいた。
「埼玉の御朱印集め、お疲れさまでした。カンパーイ!」
さとしの音頭に合わせて、お互いにグラスを合わせる三人であった。
さとしが一息にグラスに入ったビールを「ぷはぁ」と言いながら飲み干した横で、美波は箸を持ちどれを最初に食べようか悩んでいた。
「お母さん、美味しそうな料理がたくさん並んでるよ!どれから食べたらいいか迷っちゃう」
「ホントね、美波。それにこの後にはケーキもあるんだからその配分も考えて食べないとだめよ」
「ははは。二人の元気な食事シーンもあと少ししか見られないと思うとちょっと寂しく感じますね……」
そう言って寂しそうに微笑むさとしであった。
「さとしさん、大丈夫だよ。またすぐに会えると思うし。ね、お母さん?」
「そうね、美波の進路が決まってからになるとは思うけど、さとしさんさえよければ生まれ故郷の愛知県も一緒に回りたいですしね」
「そういえば美波は進路を完全に決めたのかい?」
さとしの問いに美波が箸をおいて答えた。
「うん、さっきお母さんとも話したんだけど、私もさとしさんと同じ柔道整復師の道に進もうかと思って」
「そうなのか。美波ならきっといい柔道整復師になれると思うよ。師匠の俺が保証する!」
さとしはそう言って、親指を立てながら美波に笑いかけたのであった。
「まずはどこの学校を受けるかを決めるところからだね。関東の学校ならある程度噂とかも流れてくるけど、さすがに広島の学校はわからないからね」
さとしはそう言いながら苦笑いを浮かべた。
「それはさっきお母さんとも話して、行きたい学校は決めてあるんです」
「そうなんだね。それなら後は頑張るだけだ。美波ならきっと受かると思うから自信を持って受けるといいよ」
「はい、師匠!」
元気に返事をする美波であった。
楽しい夕飯の時間は進んで行き、料理の大半を食べた三人。
「それじゃそろそろケーキを食べようか。飲み物はコーヒーと紅茶どっちがいいかな?」
「私は紅茶がいいです」
「私はどちらでも、さとしさんと同じものでいいですよ」
「お母さん、それずるい!なら私も同じもので!」
さとしはそのやり取りを楽しそうに見ていた。
「それだとコーヒーになっちゃうけど平気かい、美波?」
「うん。私は大人だからコーヒーだってどんとこいですよ!」
「まあ、無理そうだったら紅茶を入れるから言うんだよ」
「はーい」
さとしはコーヒーメーカーにコーヒーの粉と水をセットしてスイッチを入れた。
コーヒーが沸くまでの時間を使い、今度はケーキの準備をするさとしであった。
ちなみに美波用に砂糖とコーヒーミルクとは別に、カフェオレにできるように牛乳もテーブルに出しておいた。
美波にも手伝ってもらい、飲み物とケーキ(フロッケンザーネトルテ)をそれぞれの前に置いていった。
『フロッケンザーネトルテ』は薄く焼き上げたほんのり塩気のあるシュー生地と、コクのある生クリームを何層にも交互に重ねて作られている。クリームにはサクランボのブランデーが微かに効いており、乳脂肪分の高い濃厚なコクがありつつも、上品で洗練された大人な味わいに仕上がっている。
「それじゃあ食べましょうか」
さとしの言葉でフォークを手に取る二人であった。
「ちなみにこの『フロッケンザーネトルテ』の名前の由来って何だと思いますか?」
「なんだろう?なんとなく『トルテ』ってケーキとかでよく使われてるようなイメージがあるけど、他は全然わからないです」
「美波は鋭いね。トルテは『デコレーションケーキ』という意味のドイツ語なんだよ」
「ユーハイムはドイツのお菓子ですもんね。『フロッケン』もドイツ語なんですね。……駄目だわ。フロッケンって言うと子供の頃にお兄ちゃんが見ていたプロレスのアニメに出てくる人の顔しか浮かばないわ」
そう言って両手を上げる美鈴であった。
「ああ、あのアニメは私も兄と見てましたよ。なんか懐かしいな。ちなみに『フロッケン』は『雪のかけら』という意味らしいですよ。で最後に『ザーネ』は『生クリーム』の意味らしいです」
「ってことは、『フロッケンザーネトルテ』は『雪のかけらと生クリームのデコレーションケーキ』って意味なんですね」
「美波の言う通りであっていると思うよ。さあ、二人とも僕の好きなケーキを食べてみてよ」
促されケーキを口へ運ぶ二人であった。
「わぁ、口の中に濃厚なクリームの味が広がって幸せです。多分サクランボのソースか何かが含まれているんじゃないかな」
「美波の言う通りクリームには『キルシュワッサー』って言うサクランボのブランデーが使われてるんだよ。美波は将来『のん兵衛』になるかもね」
さとしは楽しそうに笑っていた。
「一番上のクッキーの部分もザクザクとしてて美味しいですよ。いくらでも食べられちゃうわ」
美鈴は幸せそうにケーキを食べていた。
「その『雪のかけら』に見立てられている部分には、そぼろ状のクッキーと粉砂糖がまぶされ、周囲に香ばしいローストアーモンドスライスを加えて歯ごたえが良くなっているんですよ。はぁー、やっぱこのケーキは最高だな……」
さとしも幸せそうにケーキを食べるのであった。
ーーー
ケーキを食べ終わりソファーで一息ついていると、不意に美鈴がさとしに声をかけた。
「よかったらもう少しお酒飲むの付き合ってもらっていいですか?」
「俺でよければ喜んで」
さとしはそう言うと冷蔵庫からビール二本と美波用にサイダーを一本手に持って二人の元へ戻っていった。
そして今度は台所の横にある戸棚から二つ袋を持ってきたのであった。
「やっぱりビールにはこれでしょ!」
そう言って取り出したのはお徳用と書かれた『柿の種』と『チーたら』であった。
その後も埼玉で過ごす最後の夜を惜しむかのように夜遅くまでお酒とおつまみを食べながら語り合う三人であった。
ーーー
翌朝目を覚ましたさとしは天井を見ていつもと違う天井に違和感を覚える。
(あれこの天井って……)
《次回へ続く》
第3章第40話をお読みいただきありがとうございます。
今回『フロッケンザーネトルテ』のことを書かせてもらいましたが、書いているだけで食べたくなってしまいました(-_-;)。
次回、大宮へ行く機会があったら絶対に買ってきます!
あと、今回はまだ明らかになっていない美鈴の言う『いい方法』は何か、皆さんもうお分かりですよね?
良かったらその予想を感想欄に書いてみてください。
それと翌朝さとしが目を覚ました場所は一体どこなのか……。
二つの予想を書いて、次回の投稿をお待ちください。
次回の投稿は9月12日(土)を予定しています。




