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第9話 【推しと理想の家を探してたら椰子の木付きの豪邸を見つけたんだが】


 マンションへ戻ってからしばらくして。


「よかったぁ……生きて帰れたぁぁぁ……」

 湊は服を脱ぎ散らかしながら、そのまま浴室へ倒れ込むみたいに入っていった。


「ちょっ、汗臭いよ!」後ろから入ってきたルナが鼻を摘まむ。

「失礼な!?命懸けだったんですが!?」

「いやほんと今日のあんた、“必死に推しを運ぶオタク”みたいな匂いしてる」「それどんな匂い!?」


 シャワーの音が響く。

 熱いお湯が肩を流れ落ちた瞬間、湊は「っはぁぁぁ〜……」と魂の抜けた声を出した。

「文明って偉大だねぇ……」

「ほんと、数時間前までゾンビに囲まれてたとは思えないセリフ」ルナも隣で髪を濡らしながら笑う。


 狭い浴槽。二人で入るには少し窮屈だった。


「湊、せま〜い」「ルナちゃんが足伸ばすからでしょ」

「だって疲れたんだもん」「俺も疲れたよ!?」

「でもあんたちょっと嬉しそうだった」「それは否定できない…背中のぷにぷに…」「ほぉ〜♡それ!ぷにぷに〜」「ちょっ!息が…」「「あははっ!」」


 笑い声が浴室へ反響する。外では遠くでサイレンが鳴っていた。でも、この空間だけ妙に平和だった。


◇◇◇


「で、引っ越しどうする?」ルナが湊に抱っこされる形で湯船へ顎まで浸かりながら聞いた。


「ん〜……」湊も天井を見上げる。

「やっぱマンションは危ないよね…逃げ道少ないし、人集まるし」


「じゃあ一軒家?」「庭付きとかがいいなぁ」

「え〜、いいねそれ!私庭付きの家がいい☆」ルナの目が少し輝く。


「あとベランダ広いとこがいい」

「分かる。洗濯物干したいよね」

「あと犬飼いたい」「なぬっ!急に夢広がったな!?」「「あははっ!」」まるで新婚夫婦みたいな会話だった。


 世界は終わってるのに、二人だけ普通に“未来の家”の話をしている。


「でもさぁ」ルナがぽつりと言う。

「ほんとにこの世界で安心して住める場所なんてあるのかな……」一瞬だけ空気が静かになる。


 湊は少し考えてから言った。

「安心かどうかは保証出来ないけど……絶対必要なのは、ソーラーパネルと井戸だな〜」「ん?」

「電気と水。これ無いとそのうち詰む」


 ルナがきょとんとする。

「うわぁ〜、急なガチな話きた」

「いやでも大事でしょ。停電始まったし」

「まぁねぇ……電気と水無かったら困るしね…」


 湊は指を折りながら続ける。

「あと贅沢言えば畑作れる場所。近くに大型スーパー。逃げ道多め」

「急に“終末世界サバイバルガチ勢”なんよなぁ」


「だってもう普通じゃないし」

 湊は少し真面目な顔をしていた。

「今あるもの、そのうち無くなると思う」


 ルナはそんな湊をじっと見る。

 ふざけてばかりに見えて、こういう時だけ妙に現実的だ。


「……あんた、そういうとこ堅いよね」

「まぁね〜。めっちゃゾンビ映画好きだからね〜」

 するとルナがにやっと笑った。「こっちも硬いけど♡」「わぁぁおっ!?」「「あはははっ!!」」


 湯船で暴れたせいで、お湯がばしゃばしゃ溢れる。


「ちょっ、暴れるなって!」

「湊が変な反応するから〜♡」

「いや今のは不可避でしょ!?」


 ルナは笑いながら湊の肩へ寄りかかった。

「でもまぁ……」「ん?」

「こうやって一緒に家探すの、ちょっと楽しいかも」


 湊は一瞬だけ目を丸くして、それから照れ隠しみたいに笑う。

「……うん」「なによ、その顔」

「いや、終末ゾンビ世界になると、推しと新居の話してる人生あるんだなって」

「気持ち重っ♡あと、ぷにぷにずっと触りすぎ」


◇◇◇


 風呂から出た頃には、外はすっかり暗くなっていた。テーブルの上には、今日貰ってきたレトルト食品とコンビニ飯。


「いただきま〜す」「いただきます」

 二人並んでご飯を食べる。


「なんか避難所みたい」「いや実際ほぼ避難生活だからね?」ルナがもぐもぐしながら笑う。


「でも今日の炊き出しのおにぎりより美味しい」

「梅じゃなかったから?」

「それもある…鮭は無いだろ?」「あははっ!まだ言ってる」


 その時だった。、、プツン。


「あっ」部屋の電気が、一瞬で消えた。

「……おぉ」真っ暗。

 エアコンの音も止まる。冷蔵庫の低い駆動音も消えた。急に、世界が静かになった。

「……これが計画停電か」湊がぽつりと呟く。


 ルナは暗闇の中で、ふぅ〜っと息を吐いた。


「お風呂先に入っといてよかったぁ……」「そうだね」「このタイミングだったら、汗臭いまま寝るとこだった」「俺は嫌いじゃないけど?」「でた変態♡」


 暗闇の向こうでルナが笑う。


「どうせあんた興奮するんでしょ♡」

「ふふふ……ルナちゃんも嫌いじゃない癖に〜♡」

「……ん?」暗闇の中、ルナがじっとこちらを見る。


「な、なに?」「暗くてよく見えないけど……」

「うん?」「あんた、鼻の穴広がってない?」

「えっ!?なんで分かるの!?」「あはははっ!!」

 停電した部屋に、二人の笑い声だけが響いていた。


◇◇◇


 しばらくして、二人はベッドへ潜り込んでいた。

 窓の外は静かだった。時々、遠くで何かが壊れる音だけが聞こえる。


「……明日さ」ルナが小さく呟く。

「引っ越し先、探しに行こっか」


 湊は少しだけ考えてから頷いた。

「うん。ちゃんと生き残れる場所、探そう」


 ルナが布団の中でもぞもぞ近づいてくる。


「……あとさ」「ん?」

「ベッド広い家がいい」「おっ♡」

「今狭い」「それはルナちゃんがくっついて触ってくるからでは?」「嫌だった?」「もっと来てください」「あははっ!」暗闇の中、ルナがぎゅっと抱きついてくる。


「……ねぇ」「なに?」

「明日もちゃんと二人で帰って来ようね…」

 一瞬だけ、湊の表情から笑みが消えた。

 でもすぐに、小さく笑う。「当たり前じゃん」

 そして二人は、寄り添うみたいに目を閉じた。


◇◇◇


 翌朝。「……ん……」薄い光の中で、湊はゆっくり目を開けた。すぐ目の前に、ルナの顔がある。近い。めちゃくちゃ近い。


「……」じーっ。するとルナのまつ毛がぴくっと揺れた。


「……見てるな…」「うわっ」

「朝からニヤニヤしてる……」

「いや違う!起きてるかなって!」「ふぅ〜ん……」

 ルナは眠そうに笑いながら、布団の中でもぞもぞ近づいてくる。


「……ねぇ」「ん?」

「朝からすんの……?」


 湊が一瞬固まる。「……だめ?」

「家探し行くんでしょ?」「うん……でも……」

 言葉の途中で、ルナが不意にキスした。

「……したら行くよ♡」「わぁぁお……」「あははっ」

 窓の外では、遠くでゾンビの呻き声が聞こえていた。でも、この部屋の中だけは妙に甘ったるかった。


◇◇◇


「……っはぁ〜……」

 しばらくして、ソファへ沈み込みながら、湊が魂の抜けた声を出す。

「終末世界なのに朝から体力使いすぎでは……」

「元気だったのそっちでしょ♡」

 ルナはケラケラ笑いながら髪を整えていた。


「ねぇ、ほんとに私も行っていいの?」

「ん?」「家探し。危なくない?」


 湊はリュックへ荷物を詰めながら頷く。

「もちろん!」「でもさ、昨日みたいなのあったら……」

「大丈夫」湊は笑う。


「ゾンビに見つからない方法も分かったし」

「あぁ、ブルーシート作戦?」

「うん。あれかなり強い」


 ルナは少し安心したみたいに息を吐いた。


「それに」「ん?」

「ルナちゃん連れてかないと、あとで絶対怒られるし」「えっ?何が?」

「“この家やだ〜”とか、“探し直し〜”とか言われそう」「あはははっ!!」ルナが吹き出す。


「それはあるかも☆」「でしょ?」

「だって毎日住むんだよ?」「急に現実的〜」


「お風呂狭いのは嫌」「重要そこ!?」

「超重要♡」「「あははっ!」」

 二人は笑いながら準備を終え、外へ出た。


◇◇◇


 昼前の住宅街は静かだった。

 時々ゾンビがふらふら歩いている以外は、

 まるで普通の休日みたいな景色。


「……なんか不思議だなぁ…」ルナが小さく呟く。

「ん?」「こんな普通の街なのに、人だけ消えたみたい」風が吹く。誰かの干しっぱなしの洗濯物だけが揺れていた。


「……行こっか」「うん」

 二人は空き家になっていそうな家を、一軒ずつ見て回り始めた。


◇◇◇


「はい、一軒目〜」

 湊が勝手に“内見番組”みたいなテンションで玄関を開ける。

「こちら築二十年!日当たり良好となっております!」「おぉ、急に不動産屋始まった」


 誰も居ないのを確認して中へ入る。


「おぉ、意外と綺麗」「ほんとだ」

 ルナはキッチンを覗き込む。


「……でもここ狭いなぁ」「え?」

「料理しづらそう」


 湊は風呂場を見る。


「いや、お風呂の方が狭いね」「これぐらいなら…」「あれ?重要でしょ?」

「そうなんだけど…何?あんた……」ルナがにやっと笑う。

「くっつきたくないの?」「あっ!?狭くていいです♡」「「あははっ!」」


 その時だった。


「、、ちょっと!!」「「っ!?」」二人同時に固まる。二階から、怒鳴り声。


「何勝手に入って来てんのよ!!」

「うわぁぁっ!?」普通に住人いた。

 二階から中年女性がドカドカと降りてくる。


「泥棒!?」「違います違います!!」

「内見です!!」「売りもんじゃないわよっ!!」

「「ごめんなさぁぁい!!」」二人は全力で逃げた。


◇◇◇


「っははははっ!!」「いやもう最悪っ!!」

 住宅街を走りながら二人で笑う。

「普通に怒られたんだけど!?」「そりゃ怒られるでしょ!!」「いや返事ないし空き家かと!!」


 その時。


「ぅぅぅ……」「あっ」曲がり角からゾンビ。

「うわっ、来た!!」「湊ぉぉっ!!」


 ルナが即座に湊の背中へ飛び乗る。

「よいしょっ!!」「自然に乗るなぁ!?」

「彼氏でしょ!!」「そうだけどっ!!えっ!?そうなの?」「いいから走れっ!」「はいぃぃぃ」


 湊はルナを背負ったまま走り出す。


「っはぁ……重っ……!」「また言った!!」

「違う違う!今日はルナちゃんお菓子食べたから!!」「はぁぁ?それ私が太ったみたいじゃん!!」


 ゾンビたちが後ろから呻きながら追いかけてくる。


「うわっ、めっちゃ来る!」「湊もっと頑張れぇぇ!!」「推しが応援してくれるタイプの地獄だぁぁ!!」


 二人は笑いながら角を曲がり、ゾンビを撒いて逃げ切った。


◇◇◇


 そして色々探して、、夕方。


「……あ」住宅街の少し外れ。

 そこに、その家はあった。

「……え、なにここ」ルナが目を丸くする。


 広めの庭。大きなウッドデッキ。屋根にはソーラーパネル。そして庭の端には、小さな井戸まで見える。


「……ルナちゃん」「うん…」

「「ここ最高じゃない??」」二人は笑顔で言う。


「椰子の木あるし」

「椰子の木あるなしが基準だったっけ?」


「あははっ!」


 玄関へ近づく。鍵は開いていた。


「……行ってみる?」「うん……」

 二人はゆっくり中へ入る。


◇◇◇


「……うわ」中はかなり綺麗だった。


 広いリビング。大きなキッチン。窓の多い明るい部屋。


「ここヤバくない?」「お風呂広い!」

「しかも二階ある!」「ベランダも広っ!」

 二人のテンションが一気に上がる。

「ここ当たりでは!?」「もうここ住みたい!!」


 その時だった。ガタン。「……え?」

 奥の部屋から音。次の瞬間。


「ぅぅぅぅ……」「ーーっっ!」


 ゾンビ。老人だったものが、暗い部屋の奥からゆっくり現れた。


「ひぃぃぃっ!!」ルナが悲鳴を上げる。

「湊っ!!助けてぇ!!」

「っ!!」湊は咄嗟に近くの棚を蹴る。


 ガァンッ!!だが。


「っ……ルナちゃんに近すぎる!!」

 ゾンビの視線は、ルナへ向いたままだった。


「くそっ!!」湊は走る。

 そのまま勢いよく飛び上がり、「うぉぉぉっ!!」ドゴッ!!ゾンビへ飛び蹴り。


「ぅがっ!?」ゾンビが吹き飛ぶ。


「ルナちゃん!!大丈夫!?」

「う、うんっ……!!」ルナが涙目で頷く。

「湊ぉぉぉ!こえぇぇよぉ!!」

「ごめんごめん!!」「怖すぎてちびるかと思った!!」


 すると湊が真顔になる。「……後で確認で嗅がせて♡」「馬鹿っ!!」バシッ!!チョップ!!蹴り!!

「いてっ!!いてっ!!」

「真面目に死ぬかと思ったんだぞ!!」

「あははっ、ごめんって!!」湊は笑いながら起き上がる。


 そしてふと首を傾げた。

「……でも今のゾンビ…ルナちゃんなら…」「ん?」

「普通に勝てたんじゃない?」

「なにっ!?」ルナが再び拳を振り上げる。


「このぉぉぉ!!」「あはははっ!!」


 その瞬間。


「ぅぅぅ……」「「あっ」」ゾンビ、復活。

「忘れてた…まだ動くんかぁぁい!!」


◇◇◇


 その後。湊は音を使ってゾンビを外へ誘導し、家の扉をしっかり閉めた。


「……よし」「もういない?」「多分大丈夫」

 二人で家の中を一周確認する。二階。収納。浴室。裏口。


 どこにも、もうゾンビはいなかった。

「……安全、かな?」「っはぁ〜……」ルナが力を抜く。


 やがて二人は縁側へ座った。


 夕焼け。静かな風。冷蔵庫から頂いた缶ジュースを軽くぶつける。


「……乾杯」「乾杯〜」少し甘い炭酸が喉を通る。


「……ねぇ」「ん?」

「この家……貰っていいのかな」湊がぽつりと呟く。


 するとルナが笑った。

「あははっ!いいでしょ☆」

「えっ」「だって主人、ゾンビだったじゃん☆」

「あははっ!!そうだね!」湊が吹き出す。

「じゃあ今日からここ私たちの家ね♡」


 風が吹く。椰子の葉が、さわさわ揺れた。


「……明日」湊が小さく言う。

「引っ越し準備、しよっか」

 ルナは隣で静かに「うん」と頷いた。



            続

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