夜の村は、だいたい碌なことが起きない
農村に、夜が降りた。
焚き火の明かりが点々と灯り、
昼間の戦闘の熱が、まだ地面にこびりついている。
私は仮設の机に向かい、報告書を書いていた。
(現場対応よし、死傷者ゼロ。
家屋損壊七、作物ほぼ全滅……)
ペンを止める。
(数字だけ見ると成功。
でも、これで“成功”って言っていいのかなぁ……)
昼間、泣きながら頭を下げてきた女性の顔が、どうしても浮かぶ。
(仕事って、いつもこうだよね)
「ルーナ殿」
背後から声がして、私は肩を揺らした。
「……びっくりさせないでください」
「すまない」
アリオスだった。
「補給隊は、予定通り明日の昼に到着する。
王都からの直送だ」
「……よかった」
これは、本気でそう思った。
「だが」
来た。
この人の「だが」は、大体ろくな続きじゃない。
「領主から、正式な抗議文が届いた」
(はいはい、来ましたよー)
私は、ペンを置く。
「“統治権の侵害”とか、その辺ですよね?」
「その通りだ。
騎士団が勝手に軍を動かし、物資を横取りした、と」
「横取り……」
思わず天を仰ぐ。
「いや、あの、
人の命がかかってるんですけど」
「彼らにとっては、“命”より“権限”だ」
「うわぁ……異世界でもそれ言うんだ……」
その瞬間。
「団長!」
警戒に出ていた騎士が、わりと本気で慌てた顔で飛び込んできた。
「村の外れで、不審な人影を確認しました!」
(あー……はい、夜イベント来ました)
「数は?」
「二、もしくは三!
騎士装備ではありません!」
アリオスの判断は早い。
「斥候を二組。
ゼノス、追うな。囲め」
「了解!」
ゼノスが剣を持ったまま、ちらっとこっちを見る。
「……また、あんたの想定どおりですか」
「悪い予感って、
だいたい当たるんですよ」
「それ、全然嬉しくないやつです」
私もそう思う。
焚き火の影に身を寄せて、意識を集中する。
(索敵……開始)
視界の端に、ぼんやりとした反応が浮かぶ。
(南西に二人、北に一人。
……あ、これ完全に“見るだけ”の動きだ)
「団長。三人です。
侵入する気はなさそう。
完全に見張りですね」
「偵察か」
「たぶん、
“魔物が止まったか”と
“補給が本当に来るか”の確認です」
ゼノスが、分かりやすく舌打ちした。
「現地領主か」
「ほぼ確定です」
沈黙。
焚き火の音だけが、妙に大きく聞こえる。
「捕まえるか?」
ゼノスが言う。
私は即座に首を振った。
「ダメです。
今捕まえたら、“騎士団の暴走”って言われます」
「……面倒だな」
「はい。
だから仕事なんです」
「仕事って便利な言葉だな……」
「逃げられない魔法の言葉です」
しばらくして、人影は予想通り村を離れた。
斥候が、そっと追尾に入る。
私たちは、待つ。
――夜明け前。
「報告です!」
斥候が戻ってきた。
「北西の丘の先、廃屋に入りました。
中には……」
一拍。
「領主の私兵が待機していました」
(はい、答え合わせ終了)
「……やっぱり」
私は、軽くため息をつく。
「この村、
魔物だけじゃなくて、人間にも狙われてますね」
ゼノスが腕を組む。
「踏み込めば、戦闘だ」
「それは、向こうの思う壺です」
「じゃあ?」
私は、地図を広げた。
「補給隊が来るタイミングで、
向こうは必ず動きます」
「誘導か、襲撃か」
「はい。
どっちでもいいです」
ゼノスが眉を上げる。
「……性格悪いな」
「よく言われます」
その時。
少し離れた場所から、拍手。
「実にお見事です」
白い神官服。
シリウスだった。
(あ、今日も来た。空気読めない系神官)
「偶然通りかかった顔じゃないですよね」
「観察です」
「便利な言葉ですね」
シリウスは、楽しそうに笑う。
「あなたは今、
領主という“王国の中枢”を敵に回そうとしている」
「ええ。
面倒なほうを選ぶ癖がありまして」
「怖くは?」
私は、少し考える。
「怖いですよ。
でも――」
一瞬、真面目な顔になる。
「この村を、使い捨てにされるほうが嫌です」
シリウスは、目を細めた。
「……やはり、面白い人だ」
焚き火が、ぱちりと音を立てる。
補給隊は、明日の昼に来る。
その瞬間、
絶対に何かが起きる。
(……はいはい、残業確定)
私は、報告書の続きを書きながら、小さく呟いた。
「異世界でも、
夜勤はろくなことが起きないなぁ……」
初案件は、
まだ終わりそうになかった。




