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聖女(仮)を断固拒否!~推し活のために異世界で社畜になります~  作者: 済美 凛


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14/21

裁断前夜は、だいたい眠れない

王都の夜は、妙に静かだった。


 昼間あれだけ人が行き交っていた廊下も、今は足音一つしない。

 窓の外では街灯代わりの魔導灯が淡く揺れていて、その光が石壁に反射するたび、影がゆっくり形を変えていく。


 私は、用意された客室の机に向かい、書類を並べていた。


(……確認、三回目)


 現地報告。

 補給記録。

 私兵の証言内容。

 帳簿の不一致箇所。


 一つ一つ、指でなぞるように目を通す。


(大丈夫。

 論点はずれてない)


 それでも、胸の奥が落ち着かない。


 裁断は、明日。

 王が直接、結論を下す。


 つまり今日は、

 誰にとっても「最後に何かできる夜」だった。


 ――控えめなノック音。


 私は反射的に背筋を伸ばした。


「どうぞ」


 扉の向こうに立っていたのは、アリオスだった。


「……まだ起きていたか」


「起きてます。

 というか、寝る理由がありません」


「だろうな」


 彼は室内を一瞥し、書類の山を見て小さく息を吐いた。


「整理は終わったのか」


「一応。

 これ以上やると、

 逆に不安になる段階です」


「それは、分かる」


 アリオスは、壁際に立ったまま静かに言う。


「王都では、

 正しさより“静かさ”が好まれることがある」


「知ってます。

 だから、今日は静かにしてます」


「……本当に、分かっているな」


 その時、廊下の向こうから足音が近づいてきた。


 今度は、遠慮のないノック。


「ルーナ、起きてるか」


 ゼノスの声。


「起きてます。

 たぶん、今夜は全員起きてます」


 扉が開き、ゼノスが顔を出した。


「……やっぱりだ」


「どうしました?」


「さっき、

 “心配して様子を見に来た”って貴族が二人」


「心配便利ですね」


「断りました」


「ありがとうございます。

 それ正解です」


 ゼノスは、腕を組む。


「王の裁断、

 本当に通ると思いますか」


 一瞬、答えに迷った。


「……通ると思います」


 私は、慎重に言葉を選ぶ。


「通らないと、

 この国は同じことを繰り返す」


「でも」


「はい。

 それと“通る”は、別の話ですね」


 沈黙。


 ゼノスが、ぽつりと言う。


「俺、剣を振るほうが得意なんですけど」


「私もです。

 こういう夜は特に」


 そこへ。


「失礼」


 静かな声が、廊下に落ちた。


 振り向くと、シリウスが立っていた。


(……この人、

 本当にどこにでもいるな)


「今夜は、

 眠れない顔が揃っていますね」


「原因は分かってます?」


「ええ。

 裁断前夜ですから」


 彼は、穏やかに続ける。


「すでに動いている者もいます。

 最後のお願い、

 最後の圧力、

 最後の“善意”」


「全部、同じ意味ですね」


「ええ。

 結論を曇らせるためのものです」


 私は、書類の山を軽く叩いた。


「曇らせる材料、

 もう残ってません」


「それでも、

 人は感情で揺れます」


「だから、

 揺れないように積み上げたんです」


 シリウスは、少しだけ目を細めた。


「……あなたは、

 王都向きではありません」


「褒め言葉として受け取ります」


 夜が、さらに深くなる。


 アリオスが、低く言った。


「明日、

 王は必ず問いを投げる」


「はい」


「“誰が悪いのか”ではなく、

 “どうするのか”を」


 私は、頷いた。


「答えは、用意してあります」


 ゼノスが、苦笑する。


「本当に、

 抜け目ないな」


「抜けると、

 誰かが困るので」


 しばらくして、三人は部屋を出ていった。


 静かになる室内。


 私は、最後にもう一度だけ書類を揃え、

 深く息を吐いた。


(……あとは、

 やることはやった)


 窓の外を見上げると、

 王城の灯りが、まだ消えていない。


 この国の中心も、

 今夜は眠っていない。


 私は椅子にもたれ、目を閉じた。


 眠れるかどうかは分からない。

 でも――


 明日は、

 逃げ場のない一日になる。


 その覚悟だけは、

 もう、とっくにできていた。

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