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聖女(仮)を断固拒否!~推し活のために異世界で社畜になります~  作者: 済美 凛


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13/21

根回しという名の残業

王都での会議が終わった直後、私は一つの重大な事実に気づいてしまった。


(……これ、終わってないな)


 むしろ始まった。

 そう、完全に始まっている。


 会議で決まったのは「王の裁断を仰ぐ」という方向性だけで、

 それはつまり――

 裁断が下るまでの間、全員が好き勝手に動き始める、という合図でもある。


「ルーナ殿」


 会議室を出てすぐ、アリオスが声をかけてきた。


「この後の予定だが……」


「はい。

 非公式面談、意見交換、根回し、圧力、懐柔。

 全部来ますね」


「……即答だな」


「炎上案件の終盤って、だいたいこうです」


 ゼノスが、後ろで露骨に嫌そうな顔をしている。


「俺、魔物と戦う方がいいです」


「私もです」


「じゃあ、なんでこっちにいるんですか」


「逃げられなかったからです」


 王都の廊下は、無駄に広く、無駄に装飾が多い。

 そして、無駄に人とすれ違う。


 すれ違うたびに、

 視線が刺さる。

 耳打ちが起きる。

 名前が、ひそひそと囁かれる。


(あー……完全に“噂の人”だ)


 そんな中、最初に声をかけてきたのは、

 貴族というより「貴族然とした人」だった。


「聖女補佐殿」


 柔らかい笑顔。

 声も低く、穏やか。


(うわ、厄介そう)


「先ほどの会議、見事でしたな。

 ですが……」


 来た。

 絶対来ると思ってたやつ。


「若い方の独断が、

 大きな混乱を招くこともある」


「ご忠告、ありがとうございます」


 私は、営業スマイルを貼り付けた。


「ですが今回は、

 “独断”ではなく“現地判断”です」


「ほう?」


「現場に責任を持つ者が、

 現場で判断しなければ、

 誰が判断するのでしょうか」


 一瞬、相手の笑顔が固まる。


(はい、一点)


 貴族は咳払いをして、話題を変えた。


「領主殿は、古い家柄でしてな」


「存じております」


「王都への影響も――」


「だからこそ、

 慎重な裁断が必要ですね」


 私は、にこやかに言う。


「感情ではなく、

 証拠に基づいた裁断が」


 相手は、それ以上何も言えなくなった。


(はい、二点)


 少し歩くと、今度は官僚二人組が近づいてくる。


「先ほどの資料ですが」


「数字の出典を、もう一度確認したい」


「承知しました」


 私は、迷わず書類を取り出す。


「こちらが現地報告。

 こちらが補給記録。

 こちらが帳簿写しです」


「……用意が良すぎませんか」


「根回しは、準備が九割です」


 ゼノスが、横でぽつりと呟いた。


「俺、今すごい世界を見てる気がします」


「見なくていい世界です」


 昼を過ぎる頃には、

 私はすでに三回「ちょっとお時間よろしいですか」を受け、

 四回「非公式にお話を」を受け、

 一回「誤解があっては困るので」を受けていた。


(……これ、定時どころか終業概念が消えてる)


 そんな私の前に、最後に現れたのは――


「やはり、ここにいましたか」


 シリウスだった。


(はい、今日もいた)


「王都の空気、いかがです?」


「胃に悪いですね」


「でしょうね」


 彼は、楽しそうに微笑む。


「あなたが正論を振りかざすほど、

 困る人間が増えます」


「自覚してます」


「それでも?」


 私は、少しだけ考えた。


 農村の焚き火。

 補給袋に縋りついた人たち。

 泣きながら礼を言ってきた女性。


「……それでも、やります」


 シリウスは、静かに頷いた。


「では、忠告を一つ。

 王の裁断が下る前に、

 “話をすり替えたい者”が必ず動きます」


「でしょうね」


「守るべきは、

 事件そのものではなく――」


「“論点”ですね」


 彼は、満足そうに笑った。


「話が早い」


 日が傾き、王都の影が長くなる。


 私は、ようやく一息つける場所に腰を下ろし、

 深くため息をついた。


「……異世界来てから、

 戦闘より会話のほうがHP削られてるんですが」


 ゼノスが、真顔で言う。


「同感です」


 アリオスは、静かに締めくくった。


「だが、そなたの戦い方は、

 確実に国を動かしている」


「それ、褒め言葉ですよね」


「ああ。

 最も厄介な類のな」


 私は、苦笑した。


(根回し完了。

 あとは――裁断待ち)


 だが、社畜の経験が告げている。


(“待ち”の時間こそ、

 一番何かが起きる)


 ここで、

 私は確信していた。


 この異世界、

 魔物よりも――

 人間のほうが、圧倒的に手強い。

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