王都では、会議が魔物より手強い
王都の門をくぐった瞬間、私は無意識のうちに背筋を伸ばしていた。
農村とは空気がまるで違う。人の数も、音の種類も、漂っている緊張の質も、すべてが「日常的に権力がぶつかり合っている場所」のそれだった。
石畳の道を進むたび、周囲から視線が集まる。
騎士団の護送隊、拘束された私兵、そして書類を抱えた私。
目立たないわけがない。
「……見られてますね」
小さく呟くと、隣を歩くゼノスが肩をすくめた。
「思ったより静かだと思いますよ。
石を投げられてないだけ、まだ優しいです」
「基準が怖いんだけど」
アリオスは前を向いたまま、低く言った。
「王都では、
声の大きさと立場が、事実より重く扱われることがある」
「ですよね。
現場でどれだけ正しいことをしても、
会議で負けたら“なかったこと”になるやつ」
「……経験談か?」
「山ほど」
王城の一室に通されると、そこには既に何人もの官僚と貴族、そして神殿関係者が集まっていた。
豪華な調度品と、無駄に広い空間。
そのすべてが「ここで決まったことが世界を動かす」と主張しているようだった。
(ああ、これは長い)
直感が、はっきりそう告げていた。
形式的な挨拶が終わり、官僚の一人が咳払いをする。
「では、北方農村に関する一連の件について――」
その瞬間、私は小さく息を吸った。
「すみません」
場の空気を切るように、手を挙げる。
何人かが露骨に眉をひそめ、何人かは面倒そうにこちらを見た。
「……聖女補佐殿、でしたかな」
「はい。
本件の実務整理と現地対応を担当しました」
私は、にこやかに、しかし一歩も引かない声で続ける。
「その前に、議題を整理させてください。
今のままだと、話があちこちに飛んで、
今日一日が消えます」
ざわ、と空気が揺れた。
「……ずいぶん、言い切るな」
「この手の会議、
私のいた世界でもよくありましたので」
(地獄の記憶が、今も鮮明です)
机の上に、あらかじめ用意していた紙を置く。
「本日の論点は三つで十分です。
魔物被害の実態。
補給遅延の原因。
私兵の行動責任」
指で、順に示す。
「それ以外の“立場”や“感情”の話は、
結論が出てからで問題ありません」
数秒の沈黙。
ゼノスが、横で小声で囁いた。
「……今、王都に喧嘩売ってません?」
「時間に対して売ってます」
「それも危険だ」
だが。
「合理的ですね」
静かに割って入ったのは、シリウスだった。
「神殿としても、
本日は事実確認に集中するべきだと考えます」
(この人、本当にどっち側なんだろ)
官僚は少し渋い顔をしつつも、頷いた。
「……分かった。
本日は、その三点に絞ろう」
(よし、無駄な前振り削減成功)
会議は、ようやく本題に入った。
魔物の侵入経路。
補給の停滞。
帳簿の不一致。
途中で何度も「前例が」「慣例が」「規定が」という言葉が飛び交ったが、そのたびに私は一つずつ、丁寧に潰していった。
「前例がないなら、今回が前例になります」
「慣例は守るためではなく、
更新しなければ意味がありません」
「規定は――」
少しだけ言葉を区切ってから、続ける。
「人が死なないためにあります」
空気が、ぴたりと止まった。
言ってしまった、という自覚はあった。
でも、ここで曖昧にすれば、農村で見た光景が無駄になる。
やがて、官僚が深く息を吐いた。
「……本件は、王の裁断を仰ぐ。
領主は王都へ召喚。
拘束した私兵は、証言者として扱う」
決まった。
会議室を出た瞬間、私は思わず壁に手をついた。
「……疲れました」
「まだ午前中ですよ」
ゼノスが、容赦なく言う。
「嘘でしょ」
「本当です」
「異世界、時間の流れおかしくない?」
アリオスが、珍しく柔らかい表情で言った。
「よくやった。
あの場で、あそこまで通せたのは見事だ」
「ありがとうございます。
でも……」
私は、王城の奥を見上げる。
「ここから、
もっと面倒になりますよね」
背後で、シリウスが静かに笑った。
「王都は、
“勝った後”が一番危険ですから」
「知ってます。
嫌になるほど」
私は深く息を吐いた。
(推しのライブまで、
まだ日数はある)
でも。
この世界は、どうやら
定時という概念を、
最初から持っていないらしい。
異世界社畜の戦いは、
まだ、続く。




