裁きは剣ではなく
補給隊が村に入り、
積み荷が一つずつ降ろされていく。
袋いっぱいの穀物。
乾燥肉。
薬草。
毛布。
それを見た村人たちの表情が、少しずつ変わっていく。
泣く人はいなかった。
代わりに、肩の力が抜けたような、深い安堵の息があちこちから漏れる。
(……これで、当面は持つ)
私はその光景を少し離れた場所から見ながら、
頭の中で“次の段階”を整理していた。
魔物は退けた。
補給は届いた。
私兵も捕らえた。
でも――
(ここからが、本当の仕事)
「ルーナ殿」
アリオスが、拘束された私兵たちの前に立つ。
「王都へ送る準備は整った。
証拠も、すべて揃っている」
「はい。でも――」
私は、私兵の一人を見た。
若い。
表情は強張っているが、覚悟を決めた顔ではない。
「彼ら、命令されただけです」
ゼノスが、少しだけ眉を動かす。
「だからといって、無罪にはならない」
「ええ。でも、全員を同じ扱いにすると、
“話す人間”がいなくなります」
アリオスが、静かに私を見る。
「……続きを言え」
「主犯は領主。
彼の意向を“どう伝えられたか”が重要です。
命令書があったのか、口頭なのか、報酬の約束は?」
私は、淡々と続ける。
「ここを曖昧にすると、
王都では“現場の暴走”にすり替えられます」
しばらくの沈黙。
やがて、アリオスが頷いた。
「……取り調べは、王都で行う。
だが、その前に――」
彼は、私兵たちに向き直る。
「そなたたちに問う。
誰の命で、ここに来た」
私兵の一人が、震える声で答えた。
「……領主様です。
“魔物が暴れた隙に、補給を押さえろ”と」
ゼノスが、低く息を吐く。
「はっきり言ったな」
「逃げ場がないと悟ったんでしょう」
私は、そう言った。
剣を突きつけなくても、
状況が語る時というのはある。
――数時間後。
私兵たちは護送の準備に入った。
騎士たちが、黙々と縄を締め直す。
その間、私はアリオスと並んで、村の外れに立っていた。
「……そなた、よくやった」
不意に、アリオスが言った。
「初案件としては、あまりにも重かったが」
「いつも、最初はそうなんです」
「そうなのか?」
「ええ。
“一番燃えてる場所”に、最初に放り込まれる」
アリオスは、苦笑する。
「それで、潰れなかったのか」
「……潰れた人は、たくさん見ました」
言葉が、少しだけ重くなる。
「だから、潰さない仕組みを作る側に回ったんです」
アリオスは、しばらく黙っていたが、やがて言った。
「剣で守れるものには限りがある。
だが、そなたは……」
「仕組みで殴ります」
「……物騒だな」
「褒め言葉です」
その時、背後から静かな足音。
「なるほど。
これが、あなたのやり方ですか」
振り返ると、シリウスが立っていた。
いつも通り穏やかな表情。
だが、今日は視線がやけに鋭い。
「領主を直接討たず、
逃げ道を塞ぎ、証拠を積み上げる」
「王国の人間なので」
「え?」
「この国のルールで裁かせるほうが、確実です」
シリウスは、ふっと笑った。
「……あなたは、革命家ではない。
けれど、最も厄介な改革者ですね」
「改革は嫌いです。
炎上が増えるので」
シリウスは、私をじっと見つめる。
「王都では、抵抗があるでしょう。
領主は、古い家系です」
「承知しています」
「それでも?」
「それでも、やります」
私は、はっきり言った。
「ここで曖昧にすると、
次は別の村が同じ目に遭う」
シリウスは、目を伏せてから、静かに言った。
「……あなたは、この世界に
“面倒な正しさ”を持ち込んだ」
「日本基準だと、最低限です」
夕方。
護送隊が出発する。
私兵たちを乗せた馬車が、王都へ向かって走り出した。
村人たちが、深く頭を下げる。
「ありがとう……」
「助かりました……」
私は、軽く手を振るだけにした。
「お礼は、畑を立て直してからでいいです。
生きて、また収穫してください」
馬車が見えなくなるまで、
私はその場に立っていた。
(……剣で終わる戦いじゃなかった)
この案件は、
数字と証拠と、覚悟で片を付ける仕事だ。
初案件は終わった。
けれど――
(これで、王都の視線がこっちに向く)
私は、小さく息を吐いた。
推しのライブまで、まだ時間はある。
でも、この世界は、待ってはくれない。
次の仕事は、
もっと厄介になる。
そんな予感だけが、
静かに胸の奥に残っていた。




