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第九話 昼休みランチタイム

「おーい!食堂いこーぜ!」


「ねぇねぇ、購買にパン買いに行こうよ〜」


 教室の構成員がまばらに散ってゆく、お昼休み。喧騒を背に、私はカバンから弁当箱を取り出して教室を滑り出た。


「お腹空いた…早くあそこ行こ」


 到着したのは、とある階段だった。屋上に続くその階段は、普段は解放されていないため、訪れる者は滅多にいない。埃っぽさはあるものの、窓から差し込む日光が暖かく、意外と居心地がいいのだ。


 一段、また一段と階段を上がっていく。だが、踊り場に差し掛かったところで、私はその微かな違和感に足を止めた。


 いつもは日光を浴びた埃の匂いしかしないはずの場所に、やけに食欲をそそる香りが漂っている。


 先客…?私以外にこんな場所で食べるもの好きなんて、いないはずだけど。


 念のため正体を確認して、別の場所へ移動しよう。そう決めて、階段の影からこっそりと踊り場を覗き込んだ私は、そのまま呆然と固まった。


「…んぐっ!?ゆ、ゆいな!?」


 そこには、口いっぱいにご飯を詰め込み、リスのように頬袋を膨らませた犀川先輩の姿があった。


 屋上の扉から差し込む日光が彼女の背中を照らし、まるで背後から光がさしているかのように眩しい。


「…犀川先輩、何してるんですか?」


「い、いや〜何っていうか…お昼ご飯だよぉ」


「…なぜ、このような目立たない場所で、しかもお一人で?」


 喉に詰まりかけてたおにぎりをお茶で流し込み、先輩は泳ぐような視線で箸をカチカチと鳴らした。彼女は、明らかに何かを隠している。


「あ、あはは…まいったな。あまり広めたくないんだけど」


「安心してください、先輩。私に噂を流したとしても、私から噂が流れることはありませんから。普段から、誰にも話しかけられないですし」


「ま、それもそうかな」


 あっさりと納得されるのも少し複雑だが、先輩は数秒の沈黙の後、いたずらっぽく声を潜めた。


「ゆいなはさ、"魔の十三階段"の噂、知ってる?」


「へ?魔の…十三階段?」


 私が話題に食いつくと、先輩は釣竿をあげるよう滑らかに噂を語り始めた。


 蜂ヶ海学園には、"学園の七不思議"という都市伝説、または街談巷説(がいだんこうせつ)が存在するらしい。動く石膏像や図書館の読んではいけない本、誰もいない放送室などが語られるらしいのだが、その一つがこの階段なのだという。


 「昼間は十二段しかないのに、夜になると一段増えて十三段になる。そこを上りきると、幽世に連れていかれる…っていう、よくある階段なんだけどさ」


「…つまり、先輩は真相を確かめに来た、と?」


「そう。生徒会の副会長として、放っておけないでしょ?」


 正直いってバカバカしい話だが、真面目な生徒会にまで信じ込む生徒がいるなら解決しておくに越したことはない。本当に幽世(かくりよ)に繋がっているのなら、一目見て帰ってきたいところだが…


「それで、結果はどうだったんですか?」


「ふふん。じゃあ、ゆいな。一段ずつ数えながら、こっちまで上がってきてごらん」


 先輩が手招きすると、私は言われるがまま足元を確かめながらゆっくりと階段を上った。


「いち、にー、さん…」


 一歩ずつ、彼女との距離が縮まっていく。


「…じゅうに、じゅうさん。…あれ?」


 段数は、紛れもなく十三であった。まさか、ここは既に幽世なのか。私が不安げに周囲を見渡すと、先輩は耐えきれないといった風に吹き出した。


「あはは!この階段、元から十三段あるみたいなんだよ。生徒会室で見つけた間取り図にも書いてあったし…ここは滅多に人が来ないから、尾ひれがついちゃったんだね」


「なんだ…」


 拍子抜けした途端、緊張が解けて胃袋がキュッとうごめいた。先輩の膝の上の弁当を見て、自分の空腹を思い出す。


「ていうか、そういうゆいなは何してるのさ。こんな人気のない場所で」


 その時、私の心臓が跳ねた。正直にぼっち飯のためですと言えば、さすがの先輩でも引かれてしまうのではないか。


「あ、あの…お昼を…いつもここで、お昼を食べてるんです」


 うつむきながら告白すると、先輩は少しだけ険しい顔をして、自分の隣をポンポンと叩いた。


「…隣、座って」


「…え?」


「いいから座る!昼休み、終わっちゃうでしょ?」


 促されるまま、私は彼女の隣…踊り場の端に腰を下ろした。触れそうなほど近い距離、私は逃げるように弁当の風呂敷を解いた。


「美味しそうじゃ〜ん。これ、ゆいなが作ったの?」


「…そうです。いただきます」


 普段通りの味のおかずを口に運ぶ。けれど、隣から突き刺さる熱い視線のせいで、味がよくわからない。横目で見ると、先輩がキラキラした目で私の弁当を凝視していた。


「…何か、いります?」


「ぇえっ!?いいよいいよ、私もう食べちゃったし!」


 そう言いながらも、彼女の口元からは一筋の涎が垂れている。


「…そんなにひもじい視線を送っておいて、よく言いますね」


「…卵焼き、ちょうだい」


 観念したように、先輩が頬を赤らめて呟いた。私は溜息をつきつつ、だし巻き卵を箸で摘んで彼女の唇へと運んだ。


 不意に侵入してきた卵のかたまりにびっくりしていた先輩であったが、咀嚼するうちに彼女の顔はにこやかに変化した。


「んん〜!んまぁ〜い!!」


 頬を押さえて悶える先輩を見て、私の口元も自然とゆるむ。


「そんなに喜んでくれるなら、作った甲斐がありました。」


「いいなぁ、手作り弁当。うち、朝が早いから購買ばっかりなんだよね」


 つばめ姉の車で毎朝、登校している先輩には、きっと弁当を準備する余裕がないのだろう。


「…じゃあ、明日から私の分と一緒に作ってきましょうか?」


「うぇっ!?いいの!?」


「その代わりに――」


 私は人差し指を立てて、期待に満ちた彼女の瞳を見つめた


「明日から毎日、お昼休みはここに来てください。私と一緒に食べるなら、お弁当を差し上げます」


 我ながら少し強気な提案をすると、先輩は何故か瞳に涙を浮かべて呟いた。


「…寂しかったんだね、ゆいな」


「ばっ…!?寂しくなんてありません!効率の問題です!」


「はいはい、仕方ないから明日は一緒に食べてあげますよ〜」


「…やっぱりお弁当、作ってきませんからね?」


「ごめん!嘘!冗談だってばぁ!」


 そんな騒がしいやり取りをしていた、その時だ。階段の下から、ひそひそと楽しげな話し声が近づいてくるのが聞こえた。


「先輩、隠れて!」


「えっ、ゆいなぁっ?!」


 とっさに先輩の肩を押し込み、手すりの影に二人で身を隠す。現れたのは、一組のカップルだった。


「ほら、ここだよ。噂の階段」


「うわ〜、なんか不気味だね…」


 密着した状態で、私達は息を殺す。狭い踊り場で、先輩の体温と甘いお菓子の匂いが伝わる。そして、刻まれる彼女の鼓動が、自分の背中にまで響いてくるようだ。


「…なんか、ドキドキするね。ゆいな」


 耳元でささやかれ、顔がカッと熱くなる。


「静かにしてください…こんなとこ、見つかったら変な噂になりますから」


 私が一人でここに居ても大抵の人間からは認識されないため安全だが、先輩がこんな薄暗い所で昼食をしていると知られたら、よからぬ噂が流れそうで危険だ。


 しかし、カップルは一段ずつ階段を上ってくる。


「やっぱり、気持ち悪いし、戻ろ?」


「…そうだな。昼休みも終わるし」


 幸いなことに、彼らは途中で引き返していった。遠ざかる足音に、心底ほっと息を吐き出す。


「…よし。戻っていきましたね」


「ん…はぐっ…」


 不意に、頬に暖かく湿った感触が触れた。


「っ!?」


 驚いて横を見ると、先輩が私の頬に付いていた米粒を、何食わぬ顔で咀嚼しているところだった。


「ゆいなったら、ほっぺにご飯粒ついてたよ?」


「…ぴゃあっ!?」


 変な悲鳴が、静かな階段に響き渡る。その直後、下の方から凄まじい叫び声が聞こえてきた。


「お…おばけだぁぁぁ!!」


 先ほどの女子生徒が、この世の終わりみたいな顔をして逃げ去っていくのが見える。それは、新しい七不思議が誕生した瞬間でもあった。


「…先輩」


「な、なにかな…?」


「お弁当の話は、なしです。金輪際、作りません」


「そ、そんな殺生な〜!!」


 涙目ですがり付いてくる先輩の声を、幽霊の嘆きと勘違いされないことを祈りながら。私は、今回だけはこの騒がしいランチタイムを許してあげることにした。


作者の『月雲とすず』です!

ここまで読んでいただき、誠にありがとうございました!

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次回も、お楽しみください!


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