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第二四話 コンビニエンスストア

 ホットスナックのケースを物欲しげに覗き込むサラリーマンと、周囲の目を盗んで週刊誌を立ち読みする男子学生。そんな、どこにでもある夕暮れのコンビニで、私達はスイーツコーナーの棚を前に愕然としていた。


「ここにも、ない…」


 絶望に肩を落とす犀川先輩を横目に、私はスマホを起動した。蜂ヶ海学園を出発してから、既に一時間が経過している。


「先輩、もう諦めたらどうですか。これで三軒目ですよ」


「嫌だっ!私は絶対に、あの限定スイーツを食べるんだ。どんな手段を使ってでもね!」


 そう宣言するなり、先輩はせっせと次の目的地を検索し始めた。蜂ヶ海市ほどの規模になれば、同系列のコンビニなど両手両足の指を使っても数え切れないほどあるのに。


「私を巻き込まないでくださいって言ってるんです。林間学校の準備もしなきゃいけないのに」


 高等部一年生の一大行事、林間学校への出発はもう目前だ。そろそろ荷造りを始めなければ最悪、何も持たずに山へ放り出されることになってしまう。


「大丈夫!もし見つけたら、最初の一口はゆいなにあげるから!」


「…それを喜ぶのは、世界で先輩だけだと思いますよ」


 スイーツへの執念だけは人一倍な先輩の瞳から、闘志は消えない。一つ大きな溜息をついた瞬間、先輩はいきなり私の手首を掴んだ。


「よし、もう一軒行くよ、ゆいな!」


「わ、ちょっと!待ってくださいってば!」

 

 結局、私は先輩に引きずられるようにして、蜂ヶ海市内を奔走することになった。次から次へとコンビニを襲撃しては、レジの店員にスマホの画面を突きつける先輩。


「このスイーツ、ありますか!?」


「すみません、完売しました」


 首を振られれば、即座に次の店舗へ。


「このスイーツ、ありますか!?」


「うちは入荷予定ないねぇ」


 足が限界を迎えるまで疾走し続ける先輩のせいで、私は乱れた髪を直す隙さえ与えられない。


「このスイーツ、ありますか!?」


「あるわけないでしょ。帰りなさい」


「…先輩、メイドカフェにあるわけないじゃないですか」

 

 バイト中の姫山先輩に冷たく門前払いされ、私達は逃げるように夕焼けの中を駆け抜けた。

 

「はぁ…はぁ…。ここで、最後だよ」


「蜂ヶ海市内を…こんなに走り回るなんて、聞いてませんよ…」


 市内のコンビニはあらかた巡ったが、お目当ての商品は一向に見当たらない。というか、半ば強制的に連れ回されているせいで、私は彼女が何を血眼になって探しているのか肝心なところを知らなかった。


「…というか、先輩。一体どんなスイーツを探してるんですか? 私、名前すら聞いてないんですけど」


「これだよ。たこ焼きモンブラン!」


 最後のコンビニの直前で先輩が提示したのは、とある商品の写真だった。斬新を通り越して狂気を感じる名前とは裏腹に、見た目はどこにでもある普通のモンブランに見える。


「…なんですかそれ。見た目は普通ですけど。たこ焼き?」


「これはね、モンブランの土台にたこ焼きソースを練り込んで、タコせんべいをトッピングしたスイーツだよ!」


「めちゃくちゃ不味そうじゃないですかッ!?」


 絶対に混ざり合ってはいけない食材の組み合わせを知り、私は戦慄した。こんな正気とは思えない代物のために、私は市内の隅から隅まで走らされたというのか。


「今これが話題なんだよ。意外とクセになるらしくて」


「…本当ですかね」


 疑念を抱きつつ自動ドアをくぐると、どこか頼りない入店音が鳴り響いた。ここは他の店舗とは一線を画すほど人気がなく、しんみりとしている。


 ホットスナックの棚は空っぽで、週刊誌のコーナーには先週の雑誌が平然と並んでいた。利用客の少なさが一目でわかる惨状に期待を寄せつつ、私達はスイーツコーナーへ足を進める。


 空白の目立つ棚を端から吟味していた、その時。先輩がパッと表情を輝かせた。



「あ、あった!」



「本当にありました?」


 彼女の指差す先には、先ほど写真で見たあのモンブランが鎮座していた。やはり人気は本物らしく、これが最後の一つだ。


 胸を弾ませた先輩が手を伸ばした、その瞬間だった。


「あっ…」


「え…っ」


 先輩の斜め前方から、するりと一本の腕が伸びてきた。指先同士が触れ合いそうな距離で、二人の動きがぴたりと止まる。


 先輩が顔を上げると同時に、私も視線を向ける。そこには、見慣れない制服を着た他校の女学生が、ぎこちなく腕を引っ込めようとしている姿があった。


「ごめんなさい! 私は大丈夫なので、どうぞ、買ってください」


 女学生は一歩後退し、先輩に獲物を譲った。だが、その名残惜しそうな表情から察するに、彼女もこの街を駆けずり回った同類なのだろう。


「いえいえ、そんな悪いですよ。…でも、そんなに言うなら頂いちゃおうかな?」


「そんなに言ってなかったでしょう…」


 気まずい空気を冗談で流そうとしたのか、先輩がモンブランを手に取ると、少女はギュッと拳を握りしめてうつむいた。


 気の毒だが、ここは先輩の厚意に甘えるしかない。それに、もう一歩も歩きたくない私にとって、先輩が満足してこの旅が終わるなら止める理由もなかった。


 肩を落とす女学生に軽く会釈して、レジへ向かう先輩の背中を追う。と、その時、私の視界にあるものが飛び込んできた。


「あ、先輩これって同じ商品じゃないですか? 別の棚にありました」


「そう!それだよ、たこ焼きモンブラン!」


 私の手の中には、まぎれもない二個目のモンブラン。パンの棚に無造作に放置されていたためおそらく、迷った客が適当に置いて帰ったのだろう。


「…あの、それ、私が買ってもいいですか?」


 背後から、女学生がおずおずと尋ねてきた。まさか私の姿が見えているとは思わず、私はぎこちなく振り返って、彼女にそれを手渡した。


「えっ、あ…はい、どうぞ」


「わぁっ、ありがとうございます…っ!」


 歓喜に震えながら少女が顔を上げたその時、彼女の動きが、ピキリと凍りついた。


 それは私も同じである。西日に照らされ、露わになった彼女の顔を見た瞬間、私は指先一つ動かすことができなくなった。


「…ゆいな?」


 数秒の沈黙の後、彼女が震える声で私の名を呼んだ。


「…エリ?」


 つられるように、私は胸の奥底に封じ込めていたはずの名前を口にしていた。

 

 パンドラの箱が開いたかのように、おぼろげだった中学時代の記憶が鮮明に蘇る。

 

 茶色い髪を揺らす、かつての私の親友・・・戸坂エリが目の前に立っていた。


「ゆいなぁぁぁっ!!」


 唐突に、エリが私の身体に飛びついてきた。中学時代に何度も受けた攻撃に、私は咄嗟に足を踏ん張り彼女の体重を受け止めた。


「うわっ!?エリ、急に抱きつかないでよ!」


「よかったぁ、生きてたんだね!連絡つかないから、もう死んだんじゃないかって…」


「死んでないから!失礼なやつだなぁ!」


 ポロポロと涙をこぼす旧友に困惑していると、私の背筋に冷たいものが走った。

 

 私の肩を、しなやかな指先が叩く。


「ゆいな…どちら様?」


 それは仏のような満面の笑みを浮かべながらも、声だけが鬼のように低く響く、犀川先輩の声だった。


 静まり返ったコンビニで、手には不味そうなたこ焼きモンブラン。私はこれまでの人生で経験したことのない、最悪で最高にややこしい修羅場のど真ん中に立たされていた。

作者の『月雲とすず』です!

ここまで読んでいただき、誠にありがとうございました!

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次回も、お楽しみください!

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