第二二話 トランプゲーム
「あなた達、トランプをしましょう」
西日が差し込み、埃の粒が黄金色に踊る放課後の図書館。姫山先輩が口元で優雅に指を組みながら、真面目な顔でつぶやいた。
突拍子もない提案に、私と犀川先輩は手を止めて顔を見合わせる。
「どうしたんですか、姫山先輩。頭でも打ったんですか?」
「出た! ゆいなの辛辣発言!」
私の言葉に、犀川先輩が手を叩いてはしゃぐ。そんな彼女を尻目に、姫山先輩は上着のポケットから一束のカードを取り出した。それは市販のものとは一線を画す、妙に高級感のあるオーラを放っていた。
「違うわよ。メイドカフェの新作グッズとして販売予定なのだけど、従業員に試遊させる時間がなくて・・・。暇人のあなた達に、協力をお願いしに来たの」
暇人と言いつつ、先輩の目は圧に満ちていた。今はれっきとした文芸部の活動時間なのだが、彼女にとって私達は格好のテスターに見えるらしい。
「いいですけど…何か特徴はあるんですか?メイドカフェのグッズなんですよね」
単なるトランプなら、メイド目的のご主人様たちも満足しないはずだ。私がカードに触れるのを躊躇っていると、姫山先輩は得意げに複数を扇形に広げて見せた。
「絵札がすべてメイドなの。ほら、ジャックがプリンセス、クイーンは文字通りクイーンメイド…そしてキングは、すべての頂点に立つティアラメイドよ」
「結局、最高位になってもメイドなんですね…」
豪華に描き込まれた愛らしいメイドたちのイラストを眺め、私は少しだけ彼女達の労働環境を不憫に思った。
「面白そう!やろ、やろうよ!」
執筆を放り出し、身を乗り出した犀川先輩はもう止められない。ちょうど煮詰まっていたのも事実なので、私は諦めてパソコンを閉じた。
「…仕方ないですね。何のゲームにします? 三人なら大抵のものはできますが」
「ここはババ抜きで勝負よ。うちの店のオプションにもあるから、慣れているの」
そういえば以前、彼女が働くメイドカフェを覗いた際に冷徹なまでの心理戦で客を完封するメイドさんの姿を見た気がする。学園の秀才と名高い姫山先輩が、徹底的に勝ちに来ている証拠だ。
「あー!ずるいよ、自分に有利な種目選ぶなんて!」
「あら?学園のマドンナとあがめられる犀川あやみともあろう人が、たかがババ抜きで負けるのが怖いの?」
「…よっしゃ、受けて立ってやんよ!」
「本当に先輩なんですか、この人たち」
年上であることを疑いたくなるような幼稚なやり取りを背景に、私は指をポキポキと鳴らした。シャッフルされたカードが配られ、静かな図書館で仁義なきババ抜きの幕が上がった。
数分後・・・早々に上がりを決めた私は、戦場を俯瞰する観客席にいた。場に残ったのは、視線で火花を散らす二人の先輩である。
「…意外としぶといわね、この女」
姫山先輩の手札は残り一枚。次に同じ数字を引けば、文句なしの勝利だ。
対する犀川先輩の手札は二枚。言うまでもなく、その一方はジョーカーである。
「ほらほら、ちぐさ。早く選んでくれないと、日が暮れちゃうよ?」
「二人とも、頑張ってくださーい」
カードをひらひらと揺らして挑発する犀川先輩。学園のマドンナとカリスマによるロイヤルマッチの観客が私一人とは、なんとも贅沢な、あるいは胃の痛い話である。頭脳戦なら、圧倒的に姫山先輩が有利なはずだけど…
しかし、当の姫山先輩は、自分の手札を凝視したかと思えば、犀川先輩の指先をチラチラと確認している。いつもの余裕はどこへやら、その慎重すぎる姿に珍しさを感じた。
「じゃあ、ちぐさにヒントをあげようか」
「…ヒント?」
手が止まった姫山先輩を見かねて、犀川先輩が人差し指を立てる。そして、二枚のカードを左右の手に分け、交互に突き出した。
「右手がジョーカー。左手が、ハートのクイーンだよ」
あまりにストレートな開示をすることで裏の裏を読む心理戦か、あるいは犀川先輩らしい馬鹿正直な告白か。姫山先輩の手元を盗み見ると、そこにはスペードのクイーンが大事そうに握られていた。
姫山先輩はフッと鼻で笑い、挑発的な瞳で犀川先輩を見つめた。
「ふふ…どれだけあなたと一緒にいると思っているの、あやみ。あなたの魂胆なんて、すべてお見通しよ!」
自信満々に、姫山先輩が右手のカードをひったくる。彼女は犀川先輩の言葉を嘘だと判断したのだ。
だが、渡ったカードを確認した瞬間に姫山先輩の表情が凍りついた。犀川先輩の手元に残ったのは、確かにハートのクイーンであった。
「な、なんで…」
「言ったじゃん。そっちがジョーカーだって」
ニヒルに笑う犀川先輩の、正直に手札を明かすという、単純ゆえに最も裏をかいた戦略。秀才の高性能な脳みそは、想定外の事態にオーバーヒート寸前のようだ。
「…」
呆然とする姫山先輩が、ふとこちらを見た。射抜くような、それでいて何かを必死に確かめるような、熱のこもった視線。
「…あの、こっちを見つめないでください、姫山先輩。顔に穴が開いちゃいます」
「っ、…まぁいいわ。今度は、そちらが選ぶ番よ」
自身の失態を振り払うように、姫山先輩は背後で激しくカードをシャッフルし、犀川先輩に突き出した。羞恥で少し赤くなった顔を隠そうともせず、彼女は対抗心を燃やしている。
「う〜ん、わからないから教えてほしいな。どっちがジョーカー?」
「そうくるのね。いいわ、受けて立つわよ」
不敵な笑みを浮かべ、姫山先輩は片方のカードをぐいと前に出した。
「こっちがジョーカーよ。ほら、選びなさい」
その瞳は真っ直ぐで、迷いがなかった。犀川先輩はそれを見て、満面の笑みを浮かべて口を開く。
「うん、わかった。教えてくれてありがとう!」
次の瞬間、犀川先輩が引き抜いたのは、姫山先輩が差し出した方ではなく、体の近くで大切そうに抱え込んでいた、もう一方のカードだった。
「はい、あがり!」
場に投げ出されたのは、ハートとスペード、対になったクイーンのペアである。静寂の図書館に、勝敗を告げる乾いた音が響いた。
「すごい…。あの姫山先輩を、あっさりと」
「ふふーん! まぁ、付き合い長いからね」
これまでにないドヤ顔を見せる犀川先輩に対して姫山先輩は、手元に残ったジョーカーを握りしめてガックリと机に額を擦りつけた。
「な、なんで…。計算上は、私が勝つはずだったのに…」
「姫山先輩、キャラ崩壊してますよ…」
ただのゲームとは思えないほど打ちひしがれるカリスマを前に困惑していると、犀川先輩が勝ち誇ったように彼女の顔を覗き込んだ。
「お〜っほっほっほ!あなたの敗因は二つあるわ、ちぐさ!」
「先輩、突然のキャラ変は読者に優しくないですよ」
エセのお嬢様口調を、生粋のお嬢様である姫山先輩にぶつけるのはどうかと思う。しかし、私のツッコミもどこ吹く風で犀川先輩が指を立てて語りだした。
「ひとつは、私の言うことを信じなかったこと!私、あなたに嘘はつかないって決めてるからね」
それは、長年共に歩んできた二人だけの信頼の証。嘘が通用しないほど、互いの心を知り尽くしているということである。
「そして、もうひとつは…あなたの悪い癖よ」
「私の…悪い癖?」
悔しさに滲む瞳を上げた姫山先輩が問い返すと、私も息を呑んでその答えを待った。
「ちぐさは、自分が欲しいもの、手放したくないものを、じーっと見つめすぎ。…昔から、全然変わらないよね」
「あっ…」
点と線がつながった。さっきの勝負で姫山先輩は、勝利の鍵であるクイーンを、そして手放したくないはずの最後の一枚を、無意識に、けれど熱烈に凝視していたのだ。
「…ふふ。やっぱり、あなたには敵わないわね。あやみ」
降参、とばかりに小さく笑う姫山先輩。その表情は、負けた悔しさよりも、すべてを理解されていることへの心地よさに満ちているようだった。
「よし、もう一戦!今度こそ負かしてやるからね!」
「えっ、まだやるんですか!? もう部活の時間が…」
再びカードを切り始める犀川先輩と、袖をまくってやる気満々の姫山先輩。騒がしい日常が戻る中、私はふと思いにふけった。
…欲しいものを、見つめすぎる癖。
さっき、ジョーカーを引いて混乱していたはずの姫山先輩が、私を凝視していた理由。それに気づいた瞬間、私の頬は窓の外の夕焼けよりも赤く染まってしまった。
作者の『月雲とすず』です!
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