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第十八話 スイーツ戦争

「ゆいな!これを見よ!」


 いつも通り部活動に励んでいると、犀川先輩が私の目の前で紙をヒラつかせた。


 それは二枚のチケットで、表面にはスイーツバイキングと大きく躍るようなフォントで印字されている。


「スイーツバイキングの…クーポン、ですか?」


「そう!しかも半額。これはもう、行くしかないでしょ!」

 

 駅の近くに新設されたという話題の店だ。スイーツに目がない先輩が、この誘惑に抗えるはずもない。


 もちろん私だって興味はあるけれど、彼女が持つ券にはペアチケットと書かれており、それが二枚あった。


「…でも先輩、これペアチケットですよね? 二枚あるってことは、私たちだけじゃ余りませんか?」


「ん? そりゃあ、他にも誘う相手がいるからね」


 その言葉に、私は硬直した。

 

 常に日向の中心にいるような犀川先輩の友人には、私とは正反対の陽の者たちが大勢いる。そんなキラキラした人たちに囲まれては、私はプレッシャーで押し潰されてしまうだろう。


「ご、ごめんなさい先輩。私、先輩のお友達とご一緒するのは、さすがに身の程知らずというか…」


 逃げるようにクーポンを押し返そうとすると、先輩は不思議そうに首を傾げた。


「何言ってんの。明日は、この前行ったメイドカフェも定休日だし、生徒会の仕事もない完全なオフなの。つまり、あいつらも暇ってこと!」


 その翌日、私は店先で合流した残りの同行者を見て、別の意味で固まることになった。


「今日はお誘いいただき、ありがとう」


「僕まで呼んでもらえるなんて光栄だよ、犀川さん」


 そこにいたのは、まさかの姫山先輩と白崎先輩だった。


 美男美女が揃い踏みしたことで、周囲の視線が痛いほど集まってくる。そんな中、犀川先輩だけが意気揚々とクーポンを掲げた。


「あたぼうよ! 今日は無礼講だ。食い尽くそうぜー!」


「…このテンション、ついていけるかな」


 親しい先輩方とはいえ、オーラが強すぎる。私は彼女たちの影に身を潜めるようにして、店内に足を踏み入れた。


 店内は、トングを握る若い客たちの熱気であふれていた。ショーケースには宝石のようなデザートが鎮座し、甘い香りが鼻孔をくすぐる。


「うっわぁ…! どれも美味しそうで迷っちゃうよ」


「こら、あやみ。後ろが詰まるから早く選びなさい」


 お盆を手に列に並ぶと、目の前に広がるホールケーキ、エクレア、瑞々しい果物。犀川先輩がキラキラと目を輝かせながら、姫山先輩の手を逃れようと必死になっていた。

 

「まあまあ、いいじゃないか姫山さん。彼女にとってここは戦場なんだ。存分に暴れさせてあげよう」


 そう言って、優雅に紅茶を嗜んでいるのは白崎先輩だ。私は、犀川先輩たちのやり取りを後方で眺める彼に、そっと声をかけた。


「白崎先輩、まだその猫被ってるんですか? ずっとその鼻につく喋り方なんですか?」


「酷いなぁ、甘野さん。リラックスしたいのは山々だが、ここは人が多いからね。うちの生徒がいないとも限らないだろう?」


 確かに、素を出しても可愛いで済まされる二人と違い、白崎先輩の裏の顔は強烈すぎる。あの喧嘩っ早い暴君ぶりが露見すれば、学園中がひっくり返る大事件になるだろう。


 一通りのスイーツを確保した私たちは、窓際のテーブル席に腰を下ろした。


「うん…美味しい!」


 犀川先輩が両手で頬を包み、幸せそうに目を細める。その隣で、他の二人も私を唸らせるようなリアクションでフォークを進めていた。


「確かに美味しいわ。うちの店長の腕には劣るけれど、研究の価値はあるわね…」


「うん、素晴らしい。学園の食堂にもスイーツバイキングを導入できないか、検討してみよう」


 私は半信半疑で、皿の上のロールケーキを口に運んだ。瞬間、濃厚なミルクの風味が滑らかに溶け出し、心を包み込んでいく。


「…本当。美味しいです」


 不意に、犀川先輩が満足げに私たちを見渡した。


「それにしても、久しぶりだね。この四人が集まるの」


「そうね。なんだかんだ、全員忙しかったもの」


「全くだよ。だが、こうして昔を思い出すのも悪くない」


「はい。楽しい…ですね」


 私たちは、小学校時代からの幼馴染だ。

 

 共通点なんてまるで見当たらない四人。なぜ一緒にいるのか自分でも不思議に思うことがあるけれど、集まってみれば、そこには絶対的な安心感があった。


 最近は姫山先輩や白崎先輩と関わる機会も増え、どこか新鮮な感覚もある。…心なしか、犀川先輩と二人きりの時間が減っているような気がして、少しだけ胸がチクリとしたけれど。

 そんな昔話に花を咲かせていた時だった。


「ただいま…一時間に一度の『プレミアムプリン』が、焼き上がりましたー!」


 店員さんの声とともに現れたのは、バケツをひっくり返したような巨大なプリンだった。艶やかな肌に、たっぷりのカラメルとホイップクリーム。添えられた高級フルーツが、その特別感を物語っている。


「へぇ、美味しそう…」


 私が言いかけた、その時だった。


「「「…・・・!!」」」


 三人の先輩の瞳に、一斉に獣のような光が宿った。


 先ほどまでの優雅さはどこへやら、彼らはプリン目がけて猛然と飛びつき、器を奪い合い始めたのだ。


「ちょっと、ちぐさちゃん!? これは私が見つけてたやつ!」


「何を言ってるの、あやみ。早い者勝ちが正義なのよ!」


「二人とも落ち着こう…レディファーストなんて、この戦場では無意味だと思わないかい?」


 高等な口喧嘩を繰り広げる二人の横で、白崎先輩が爽やかな笑顔・・・ただし目は本気で割り込む。私はあまりのみっともなさに、赤面して立ち上がった。


「せ、先輩方! 他の人の目もありますから、落ち着いて」


 通路に出て横断しようとした、その時だった。


「うあ…っ!?」


 ドン、と強い衝撃が背中に走り、私はその場に尻餅をついた。見上げた先にいたのは、以前、白崎先輩に叩きのめされたはずのチンピラ二人組だった。


「おいコラ!どこ見て歩いてんだ、あぁ!?」


「てめぇ…この前の小娘じゃねぇか。運が良いんだか悪いんだか…!」


 男の一人が、私の細い腕を乱暴に掴み上げる。鈍い痛みに、私は顔をしかめた。


「今日という今日は逃さねぇぞ!あの時の落とし前、きっちりつけてもらうからな!」


「おら、表出ろ! 女だからって容赦しねぇぞ!」


 恐怖で視界が潤み、心臓が跳ねまわる。抵抗しようにも力が入らなくなった、その時。


 男達の背後から、空気が凍りつくような、凄まじい殺気が立ち昇った。


「…ちょっと。そこの、お兄さんたち」


 地を這うような、冷たく低い声。振り返った不良の目に飛び込んできたのは、いつの間にか背後に仁王立ちしていた犀川先輩と姫山先輩だった。


「私たちの友達に、何か用でも?」


「…ただで済むと思ってるなら、相当おめでたい頭をしてるのね」


 高野聖に登場する魔性の女のごとく圧倒的な迫力だったけれど、男達は相手が女子高生だと侮り、下卑た笑いを浮かべた。


「なんだぁ?女ふたりが粋がってんじゃねえよ!」


 男が大きく拳を振り上げると、周囲から悲鳴が上がる。けれど次の瞬間、鈍い衝撃音が店内に響いた。


 犀川先輩は鋭い反応で前腕を盾にし、姫山先輩は鮮やかな足捌きで、放たれた拳を弾き飛ばしていたのだ。


「な…っ!?」


「こいつら、受け止めやがった…!」


 唖然とする男たち。すると彼女達は、打ち合わせたようにその場に内股で座り込み、大袈裟な嘘泣きを始めた。


「えーん!怖いよぉ!女の子を殴るなんて、信じられない!」


「野蛮です!誰か、警察を呼んでください!か弱い私たちが殺されちゃいます!」


 一変して被害者を演じる二人の名演技に、周囲の客が一斉にスマホを取り出す。


「お、おい…ふざけんな、てめぇら…!」


 顔を真っ赤にして逆上する男たちの肩を、今度は角張った手が背後から鷲づかみした。


「お兄さん方。これ以上騒ぐなら、僕が直々にお相手しますが…どうします?」


 そこには額に青筋を浮かべ、拳をミキミキと鳴らしながら微笑む白崎先輩が立っていた。その瞳は、まさに血に飢えた獣そのものである。


「ちょっと、表で面、貸してもらえますかね…?」


「「ぎゃああああああ!!!」」


 敬語を使いながらも、殺気を一切隠さない白崎先輩の迫力に、男たちは尻尾を巻いて店から逃げ出していった。


 嵐が去り店内が元の喧騒に戻る中で、私は震える足で立ち上がる。


「あ…あの。ありがとうございました」

 

 深々とお辞儀をする私に犀川先輩が近づき、その額を人差し指でツンと突いた。


「もう、ゆいなったら。目が離せないんだから!」


「本当に。もう少し自衛の意識を持ちなさい」


「あの野郎ども…次会ったらコテンパンに料理してやる・・・」


 三人の頼もしいような言葉を聞けば聞くほど、私は申し訳なさで胸がいっぱいになった。楽しいはずの時間を、自分のせいで台無しにしてしまったのだ。


「…ごめんなさい。私のせいで、空気を壊しちゃって」


 俯く私の前にコトッ、とお皿が置かれた。顔を上げると、さっきまで三人が死守していた、あのプレミアムプリンがあった。


「これ…いいんですか?」


 困惑する私に、犀川先輩はとびきりの笑顔を見せる。


「うん。これを食べて、元気出して。まだバイキングは終わってないんだから! 元取らないと、許さないんだからね!」


 先輩はそう言うと、再び獲物を求めてビュッフェ台へと走っていった。他の二人も、私に背を向ける。


「ありがたく食べておきなさい。私はフルーツのおかわりに行ってくるわ」


「僕はドリンクを。…甘野さん、君はゆっくり楽しみなよ」


 去っていく三人の背中を見送りながら、私はプリンにスプーンを差し込んだ。一口食べると、濃厚な卵の甘みと、少し苦いカラメルの味が口いっぱいに広がる。


「…おいしい」


 それは、先輩たちの優しさの味がした。同時に、完璧なまでの美貌と強さを持つ彼女たちの隣に立つ自分を思い、少しだけ胸が疼く。


 不釣り合いで、異質な自分だけれど、この甘さに今は甘えていたい。

 

 私は、こみ上げてくる熱いものを飲み込むようにして、プリンを口に運び続けた。

作者の『月雲とすず』です!

ここまで読んでいただき、誠にありがとうございました!

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次回も、お楽しみください!


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