第十二話 男子の談話
朝の澄んだ空気が肺を満たす、ホームルーム前のひととき。睡魔に身をゆだねて机に突っ伏していた私の耳を、隣に集まった男子三人組の談笑がくすぐった。
「やっぱりいいよな~、犀川先輩」
「いや、姫山先輩の方がいいでしょ」
「結局、どっちも最高じゃないか」
彼らはよりによって、あの犀川先輩と姫山先輩の魅力について語り合っていた。学園のマドンナである犀川先輩と、学園のカリスマとの姫山先輩。タイプは違えど学園の生徒達を二分する人気を誇る彼女達は、今日もこうして男子達の妄想の餌食になっている。
「犀川先輩の魅力、お前らわかってねぇな!あの清楚な黒髪に、あの柔らかな太もも!誰にでも見せる聖母の微笑み、惹かれるなって方が無理だろう」
「あー。犀川先輩って、実は胸もすごくないか?」
「当たり前だろ。当然すぎて言うのも忘れてたわ」
彼らは自身の胸の前で、ありもしない双丘をイメージするように手を動かして卑猥にニヤついた。
確かに、世間一般の犀川先輩は清楚で真面目、それでいて発育の良い美人である。男子に人気が出るのも頷けるけれど、彼女の本質はそこじゃない。
子供みたく悪戯っぽい小悪魔な顔も、時折見せる頼りがいのある包容力も、私は知っている。その特別感が、不意に私の胸を少しだけ甘くうずかせた。
「へっ、所詮は二学年の成績トップテンだよ。見てよ、姫山先輩の順位!驚異の一位だよ、しかも二年連続!」
真面目そうな男子が、撮影した期末テストの順位表を突きつけた。
「お前、姫山先輩の成績だけに惚れてんの?」
「い、いや…そうじゃないけど…」
隣の男子に揶揄をされると、彼は視線を下におろして黙りこくってしまう。すると、犀川先輩の熱弁をした男子が長袖のワイシャツの袖をめくって素肌を見せた。
「正直に言っちまえよ。あの健康的で引き締まった褐色肌に、サディストっぽい雰囲気が好みなんだろう?」
「んなっ…!?僕は、その、性的な目で見てるわけじゃ…!」
顔を赤くして否定する彼を横目に、私は心の中で鼻を鳴らす。今の彼女の肌が美しいのは確かだが、私の目には焼き付いていたのだ。
あのカリスマが、フリルたっぷりのメイド服を着て、恥ずかしそうに頬を染めていた姿を。
「まぁまぁ。俺はどっちも好きだぜ。昨日は犀川先輩で抜い…」
「…おい、さすがにやめろ」
他の二人が眉間にしわを寄せると、私も聞こえなかったことにした。すると、話題はさらに飛躍して不穏な方向へ進んでいく。
「はぁ…犀川先輩と付き合えたいな…」
「諦めろ。噂では、あの白崎先輩と付き合ってるとか」
「うぇっ…あの生徒会長とかよ。あの人、キザっぽくて苦手なんだよな」
唐突に出た名前に、私の耳がピクリと動いた。あの図々しい距離感なら、そう勘違いされるのも無理はないだろう。
「ちょっと待って!白崎先輩って、姫山先輩と付き合ってるんじゃないの!?」
「あぁ…確か、あの三人って幼馴染なんだっけ?…いや待てよ。あの生徒会長、最近一年生にも手を出してるって噂だぞ」
その話を聞いて、背筋に冷たいものが走った。というか、心当たりが一つしかない。
「え…白崎先輩って、一年生にも手ぇ出してんの?誰だよそれ」
「いや、生徒会会議の最中に、その子をお姫様抱っこしたらしいんだ。でも、誰も知らない顔だったらしい」
その一言で、確定した。あの馬鹿に無理やり抱えあげられた時の、周囲のしらけた視線が蘇る。
「うわぁ、完全にデキてるやつじゃん。ちなみに、それって誰なの?」
「恰好はうちの制服だったらしいけど…誰も見たことが無い生徒だったって」
「え、なにそれ…怖くね?」
失礼な、いまお前らの真横で寝たふりをしているのが、その誰も知らない女なのに。影が薄いおかげで正体はバレていないが、好きかって言われるのは気分が悪くなる。
「実は…他にも噂があってね。犀川先輩や姫山先輩が、誰もいない所に話しかける姿がよく目撃されてるんだよ」
「え?ってことは、白崎先輩のお気に入りって…まさか幽霊?」
「いいや。たぶん、あの三人にしか見えないイマジナリーフレンドみたいなものだろ」
ファンタジーの産物扱いに、いよいよ頭痛がしてきた。私が猛烈な嫌悪感に苛まれていると、廊下がにわかに騒がしくなる。
すると、クラスの男子生徒が教室に乱入してくるなり叫んだ。
「おい!こっち来てみろ!あの、犀川先輩と姫山先輩が並んで歩いてるぞ!」
「マジでっ!?見たい見たい!」
「ちょっと!僕も見る!」
男子達は相槌を打ちながら教室を飛び出していく。静まり返った教室に、最後の一人がぽつりと呟いた。
「…実は、犀川先輩と姫山先輩、あの二人で付き合ってるんじゃないか?」
その推理に、私は深くため息を吐いて瞼を強く閉じた。残念ながら、男子達の理想からほど遠いのが、彼女達なのだ。
作者の『月雲とすず』です!
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