第十一話 メイドカフェ
西陽が差し込む放課後の図書館。キーボードを叩く私の隣で、犀川先輩が身を乗り出すようにしてスマートフォンの画面を突きつけてきた。
「ゆいなっ!ここ行こうよ!最近話題の、メイドカフェ!」
「メイドカフェ…ですか?」
画面には、フリルたっぷりの衣装に身を包んだメイドさんと、これでもかとデコレーションされた華やかなパフェが映っている。駅前に新しくできたという噂は、私の耳にも届いていた。
「どうしたんですか、急に。また何かに影響されたんですか?」
「それがさ〜、クラスの子たちがみんな言ってるんだよ。あそこのパフェは、とっても美味しいんだって!ねぇ、気にならない!?」
「確かに興味深いですけど……」
まさか、メイドカフェに向かう最大の動機がメイドさんではなく食欲だとは思わなかった。…先輩らしいといえば先輩らしいけれど。
「よし、決まり!じゃあ早速、このあと行ってみよう!」
「えっ、あ、ちょっと…!」
私の返答を待たず、先輩は私の腕を引いて立ち上がる。先輩の体温が伝わる指先に、少しだけ心拍数が跳ねた。まあ、先輩と行くなら非日常というのも悪くないかもしれない。
部活後、私たちがたどり着いたのは駅前の雑居ビルだった。入り口では、愛らしい笑顔を浮かべたメイドさんの等身大パネルが私達を出迎えている。
「「おかえりなさいませ!お嬢様方!」」
「…っ、熱気がすごい」
扉を開けた瞬間、一斉に浴びせられた黄色い声に思わず気圧される。店内は男性客ばかりかと思いきや、意外にも同年代の女の子たちの姿も目立った。流行に敏感な女子高生たちが、パフェ目当てに集まっているようだ。
「うっわ〜!かわいい子ばっかり!ここ、顔面採用かな?私でも受かるかな?」
「…失礼なこと言わないでください。あと、たぶん先輩なら余裕で受かります」
無邪気に店内を見渡す先輩を、私は少しだけ複雑な気持ちで見つめた。もし、先輩がここのメイド服を着たら。その破壊的な可愛さに、心臓が停止するご主人様が続出するに違いない。
「おかえりなさいませ! こちらのお席へどうぞ!」
明るいメイドさんに誘導され、私たちはテーブル席に腰を下ろした。パステルカラーの店内には、可愛さを凝縮したようなポップミュージックが流れ、あちこちでメイドさんと客の楽しげな会話が弾んでいる。
どんなメイドさんが注文を取りに来るのか。そんな期待と緊張が入り混じる中、お盆を抱えた一人のメイドさんがこちらへ近づいてきた。
「失礼します!メニューをお持ち、しました…」
お冷をテーブルに置こうとしたメイドさんの動きが、ぴたりと止まる。
「え?」
「ん?」
違和感に気づいた私と犀川先輩は、同時に顔を上げ、目の前のメイドさんを見上げた。
「ち…ちぐさ?」
「姫山…先輩?」
そこには、月光のように鋭く美しい銀髪をツインテールに結び、健康的な褐色の肌を白のフリルで縁取った、あまりにも見覚えのある美少女が立ち尽くしていた。
「「「えぇぇぇぇ!?」」」
三人の絶叫が、店内のBGMを突き破って響き渡った。
「えぇ〜?ちぐさがバイトしてるのは知ってたけど、まさかメイドさんだったなんてね〜」
ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべる犀川先輩が、姫山先輩のスカートのフリルを指先でつつく。
「しゃ、社会勉強を兼ねて、去年から働いてるのよ…悪い!?」
姫山先輩は、お触り厳禁と言わんばかりにその手を払い除け、顔を真っ赤にさせていた。
「悪いってわけじゃないですけど、…はい、驚きました。意外すぎて」
「…っ、この二人は…!」
学園のカリスマと称される姫山先輩が、こんなフリフリの格好をしているとは。以前、更衣室で目撃した他人行儀な姿とは違い、今の彼女は等身大の年相応の少女のように見えた。
「ちぐさちゃん!お嬢様方の注文、早く聞いてあげて!」
奥から別のメイドさんの声が飛ぶと、姫山先輩はびくっと肩を震わせて渋々といった様子で手帳を構えた。
「は、はい!…ということだから、注文は何にするの?」
ぶっきらぼうに言い捨てる彼女に、犀川先輩が待ってましたと言わんばかりに頬杖をつく。
「あれれ〜?メイドさんがお嬢様に、そんな口の利き方でいいんだっけ〜?」
「くっ……!」
姫山先輩の額に青筋が浮かぶ。犀川先輩、完全に幼馴染の普段見せない姿を楽しんでいる。
「お、お嬢様…!ご注文は、いかがなさいますかぁ〜…?」
絞り出すような猫撫で声を披露した姫山先輩。それは、屈辱に震えながらも根性を捨てきれない騎士の断末魔のようだった。
「えっとね〜、じゃあ私は『特大萌え萌えきゅるんパフェ』!」
「か、かしこまりましたぁ……。そちらのお嬢様は?」
涙目でこちらを見る姫山先輩の瞳は、「頼むからこれ以上追い詰めないで」と懇願しているようだった。
「えっと……じゃあ、この『お嬢様の好物ミニオムライス』を」
「ちっ…!」
はっきりと聞こえた姫山先輩の舌打ちに、私の背筋は凍りついた。え、私何か悪いことした?戸惑う私の耳に、遠くの席から元気な声が聞こえてくる。
「美味しくなぁれ!萌え萌え、きゅぅ〜ん!」
「…あ」
私は完全に理解した。メイドカフェでオムライスを頼むということは、担当メイドによる『愛の魔法』を強制執行させるということなのだ。
「…かしこまりましたぁ。少々、お待ちください…」
幽霊のような足取りで、姫山先輩は厨房へと消えていった。
「姫山先輩…相当、無理してますね」
「そうだね。ちぐさのあんな顔、初めて見たかも。…えへへ、役得」
親友の羞恥心を酒の肴にするように、お冷をちびちびとすする犀川先輩。この人、実は結構なドSなんじゃなかろうか。
「お、待たせしましたぁ…。こちら、パフェと…」
やがて運ばれてきたのは、巨大なパフェと、何のデコレーションもされていない真っさらなオムライスだった。
「お嬢様の好物、ミニオムライス!になりまぁす…!」
吹っ切れたのか、それとも理性の糸が切れたのか…姫山先輩は満面の、しかし目は一切笑っていない作り笑顔で、ケチャップを構えた。
「では、美味しくなる魔法を、かけさせていただきます!」
「お、お願いします…」
「おいしくなぁれ、萌え…萌え…っ、きゅぅ〜ん!」
店内に轟く今日一番の萌え声に、周囲のメイドさんたちも「萌え萌えきゅ〜ん!」と同調のコールを送る。姫山先輩の手元で、ケチャップのハートマークが激しく震え、歪な形を描き出していった。
「せ、先輩…。姫山先輩が、壊れちゃいました…」
「う〜ん!このパフェ美味しい!やっぱり口コミは正義だね!」
「犀川先輩!無視しないで助けてあげて!」
隣で無心にパフェを頬張る先輩と、青筋を立てながら私を睨みつけるメイド姿のカリスマ。私は胃のあたりが絞まるのを感じながら、ハートの形が崩れたオムライスを口に運んだ。味は…驚くほど本格的だった。
結局、私たちはラストオーダーの時間まで長居してしまった。
「もう気は済んだでしょう。早く退店しなさい」
カチューシャを外し、いつものポニーテールに戻った姫山先輩が、冷ややかな視線で私たちを促す。
「あらら、メイドさんの口調じゃないな〜?」
「…もう退勤したの。今の私は、あんたたちのメイドではないわ」
犀川先輩の揶揄を冷たくあしらう姫山先輩の凛とした態度は、いつものカリスマと近かった。
「お嬢様。そろそろお家に戻りましょう。夜は危険ですから」
犀川先輩と姫山先輩が対峙していると、厨房の奥から上品な初老の女性が顔を出した。
「…店長さん?」
犀川先輩が首を傾げると、私はその女性の姿に既視感を覚え、息を呑んだ。
「彼女は、私の実家でメイド長をしていた方よ。今は引退して、私を雇ってくれた恩人」
その説明に、納得がいった。かつて、姫山先輩の屋敷を訪れた際、完璧な所作で紅茶を淹れてくれたのが彼女だった。
「犀川様、甘野様。本日はご来店ありがとうございました」
店長は私達の方を真っ直ぐに見つめ、優雅に頭を下げた。私の影の薄さは、彼女の目を誤魔化さなかったようだ。
「これからも、お嬢様をよろしくお願いいたしますね」
その言葉には、屋敷を飛び出した主人を陰ながら守ろうとする深い慈愛が込められていた。
「はい…また来ます」
私達が頷いて店を後にする時、「いってらっしゃいませ、お嬢様」という言葉を背中で受け取った。
少しだけ気恥ずかしくて、けれど不思議と背中を押されたような心地よさを感じながら、私は隣を歩く先輩の歩幅に、そっと自分の歩幅を合わせた。
作者の『月雲とすず』です!
ここまで読んでいただき、誠にありがとうございました!
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次回も、お楽しみください!




