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二十五話 疲れた


 今日の授業も全部終わって、僕はすぐ帰って寝たいぐらい疲れていた。

 本来ならもう帰ってゆっくりとその疲れを取れるはずなのに、ルヴィエさんとの放課後の特訓があることを考えるとため息しか出ない。

 僕が悪い……、悪いのは間違いないけど、そもそも強制させられることじゃないはずだし……、まあ頑張るか……。


「あ、すみません」


 疲れていて下を向いて歩いていたから誰かにぶつかったみたいだ。


「……大丈夫よ」


 なんか聞き覚えのある声だなと思いながら顔を上げると、エルディーさんだった。

 ……すげえ気まずいな。

 僕が入院していた時の見舞い後は、エスクウェス学園に帰るという話し合いをしたぐらいしか、エルディーさんとは一切関わり合いがなかった。

 向こうはどう思っているかは分からないけど、僕としてはエルディーさんに思うところはない。むしろ、見舞いの時の反応を考えると気を使わせてそうだから申し訳ないと思っている。

 エルディーさんの方から話しかけに行くというのは難しいだろうから、僕から話しかけたほうがいいのかもしれないけど……。

 人間関係に関する経験値がゼロに等しい僕に、何もきっかけなしに気まずい中で声を掛けるというのは難易度が高すぎる。

 ……そう考えるとここがいいタイミングだったりするのかな?


「ぁ――」


「じゃあ、あたし行くから」


「あ、はい」


 何とか声を絞り出そうとしたところで、エルディーさんは去っていった。

 僕は何も起きなかったことに安堵しながらも、これでよかったのかなとも思った。


「福崎君、行くわよ」


「いたんですか!?」


 感傷に浸っているところに声を掛けられたから、物凄くびっくりした。

 ということは、ルヴィエさんにエルディーさんとぶつかったところから見られてたのかな?

 ……なんか恥ずかしいな。


「あなたが来ないかもしれないから待っていたのよ」


 なるほど。

 今日遅れて来たし、僕が自分に甘い人間だということはそこそこな付き合いから分かってるだろうし、そう思うのも当然か。

 実際、今ぐらいの体調で学校の行事とかあったとしても、普通に休むだろうし。相手がルヴィエさんだからすっぽかしたりはしないけど。


「すみません」


「別に謝らなくてもいいわ。じゃあ、行くわよ」


「……はい」


 すみませんという言葉が使い勝手がいいので口に出そうと思ったけど、ルヴィエさんに謝らなくてもいいと言われて謝罪の言葉を使うのはどうなのかと思い、僕は「はい」と返事をした。






 第五訓練室が近づいてくると、中から複数の声が聞こえてくる。

 やっぱり、あんな朝早くだったから人がいなかったんだな。

人がいる中でルヴィエさんに教えてもらうのは、めっちゃいやなんだけど。


 ルヴィエさんはそんな僕の思いは関係なしに第五訓練室の扉を開けると、僕たちよりも一回り大きく、銀髪で人一人は殺してそうな目をした男が立っていた。

 銀髪の人、普通に怖いわ。前の世界だったら、何があっても目すら合わせたくないレベルで。まあ、今でも同じなんだけど。

 

「ここは俺たちが使ってる」


「だから、何?」


 ルヴィエさんは分かって聞いているんだろうけど、これ、俺たちが使っているから出て行けっていうことだよな……。

 というか、よくルヴィエさんは目の前のヤバい不良みたいな人相手にひるまないよな。

見ているだけでも怖いわ。

 だって、雰囲気が明らかにチンピラとかじゃなくて、簡単に人を殺す手に負えないやばいヤクザなんだもん。


 それに、銀髪の人の後ろにいる四人も、ガラが悪いし。

 普通の人だったら、「すみません」って言った後に、逃げて終わりなんだけど……。


「出て行けってつってんだよ」


「何故かしら。あなたたちはたった五人しかいないし、そもそも遊んでいるあなたたちに言われたくないわ」


 ルヴィエさんの性格ととげの感じる言葉遣いから分かっていたけど、僕が想像していた通りの対応で、めちゃくちゃ嫌な予感しかしない……。


「あなたたち、どうしてそんなところで話しているのですか?こんなところで話し合いをされていると邪魔ですよ」


 厄介なことになりそうなところに、横から女の人の不機嫌そうな声が聞こえてきた。

 ……名前は忘れたけど、朝に見た風紀委員の人だ。


 この風紀委員の人、朝の感じだと正義感が強いというかなんというか……、あんまり融通利かなそうなんだよな……。


「あっ?別に話し合いなんかしちゃいねー。こいつらが出ていったら終わりだ」


「何を言っているのかしら?私達もあなたと話し合いをしているつもりはないけれど、ここから出ていくつもりはないわよ」


 私「達」って……。僕としては、今すぐ出ていきたいんだけど。

 でも、ここで口出しできるような勇気は僕にはないから、とりあえず矛先が自分に向かないことを祈るしかないな。


「あなたは、どうしてそこの二人に出ていってほしいと思っているのですか?」


「あ?どうだっていいだろ」


「どうでもよくないから聞いているんです!」


「おい。カルヴィンさんが出て行けって言ったんだから出て行けよ。そこの風紀委員もまとめて」


 カルヴィンって人以外の四人が、カードゲームぽいものを辞めてこっちに来た。

 今来た四人は、カルヴィンって人の取り巻きっぽいな。


 ちょっと今ふと思ったんだけど、風紀委員って意外と力がないのかな?

 よくラノベとか漫画だと、風紀委員とか生徒会とかって教師よりも権力あるんじゃないかっていう展開がよくあるけど、そんな感じがないよな。

 教師よりも力があるっていうのはないにしても、魔法とかいうものが存在する中で風紀を取り締まるとなると、一定以上の実力者が集まりそうだから、「なに!風紀委員だと!!」みたいな反応があってもよさそうだよな。


「というか、二人とも可愛くね。楽しませてくれるなら、ここを使ってもいいけど。そこの男以外。いいですか、カルヴィンさん?」


「ああ」


 僕の思考が横道にそれていたところで、いけているように見えなくもないけど、いけていない顔をした金持ちそうな男の人がとんでもないことを言い出した。

 ヤバそーと思ってルヴィエさんの方を見ると、姿が一瞬ぶれた後にドーンという音がした。

 音がした方向を見ると、金持ちそうな男が倒れていた。

 

 ……大丈夫かな、あの人。僕の目には腕が絶対に曲がらない方向に曲がっているように見えている。

 まあ、回復魔法があるから大丈夫なんだろうけど……、下手しなくとも前の世界だとかなりの重傷だよな。

 ……やっぱり、ルヴィエさんの逆鱗に触れちゃいけないな。


「おい、お前!何してくれてんだよ!!」


「……何か問題でも?」


「ひっ!」


 仲間がやられて憤ったのか、取り巻きっぽい一人が怒鳴ってきた。

だけど、ルヴィエさんの威圧感に恐怖を覚えたのか、情けない声を出す。


「で、どうするのかしら?」


 さっきの取り巻きは直情的だからか、ルヴィエさんの威圧感を感じ取るまで怒鳴ることはできたんだろう。

 けど普通の人は、なにしたのかもわからないような速度で人のことをぶっ飛ばせるような人間に恐怖を覚えるだろうから、他の二人も縮こまっていて反応がない。

 

「……行くぞ、お前ら」


「は、はい。……カールはどうします?」


「連れてけ」


 それだけ言うと、カルヴィンって人は去っていった。

 取り巻き達は、ルヴィエさんにぶっ飛ばされたカールとかいう人を三人がかりで抱えて、こっちを見向きもせずにカルヴィンって人についていく。


 ルヴィエさんに恐れをなしたのかは分からないけど、とりあえず不味いことにならなくてマジでよかった。

 

「やれやれね。じゃあ、福崎君始めるわよ」


「……はい」


 危機は去ったけど、そういえばこれから地獄が始まるんだったな……。


「あの、あなたは……。あなたの名前を教えてくれませんか?」


「私?」


「はい!!」


 影が薄くてこの場にいることを忘れていた風紀委員の人が、少し興奮気味にルヴィエさんに話しかける。

 僕の「はい」っていう返事のテンションが正反対だなと、どうでもいいことを思った。 


「レイン・ルヴィエよ」


「ルヴィエさんですか……。あの、ルヴィエさん!……風紀委員に入りませんか?」


 風紀委員の人、朝にあの日本人っぽい麗人に勧誘したみたいに、ルヴィエさんにも風紀委員に勧誘して来たな。

 風紀委員がどういうことをするのかは分からないけど、僕の想像した通り委員会だとしたら、ルヴィエさんはあのヤバそうな二年生に物おじしないでズバズバいえるような性格であり、なおかつたいていのことなら何とか出来るような実力も備えているだろうからから適任ではあるよな。


「そういうのには興味ないの。すまないわね」


「そうですか……」


 ルヴィエさんがきっぱりと断られたからか、風紀委員の人はすごく残念そうだな。


 なんというか……、確かにルヴィエさんが風紀委員としての資質はあるとは思っていたけど、資質はあるだけでやる気はないだろうなとは思っていた。

 どうしてかというと、ルヴィエさんが自発的に他人に干渉したことが今回の僕の特訓に付き合うことと、二か月前にゴブリンの軍勢が襲来した時ぐらいしか見たことないからだ。

 しかも、僕の特訓に付き合うのは同じパーティーで、自分自身に関係あるからだろうし。

 まあ、ゴブリンの軍勢に一人で立ち向かおうとしたことがあるから、正義感みたいなものは強いのかもしれないけど。

 それにやる気があったらもう風紀委員になってるだろうし。


「えっと、私、一年生のミリアム・ダンフォードといいます。もし、少しでも興味が出たら、ここの校舎の五階にある風紀委員室によってみてください」


 風紀委員のダンフォードさんは、少し歪んで見える笑顔で――ルヴィエさんに断られたせいでそう見えるだけなのかもしれないけど、そんな風に見える表情をしながら自己紹介して、僕たちが何も言う前に去っていった。


 あー、ダンフォードさん、行っちゃった……。もう少し粘ってほしかったな。


「じゃあ、改めて始めるわよ、福崎君」


「はい。頑張らせていただきます……」

 

 いろんなことが起きて、特訓が始まろうとしたところでダンフォードさんが割り込んできたことで特訓が引きのばされてきたから、このままうやむやにならないかなとか思っていたけど、ダメだったか……。

 はあ。途中で疲れとかは感じなくなってきてたんだけど、またいきなり疲れがどっと押し寄せてきたな……。


 僕は疲れが押し寄せてきて、なんで今日も結構頑張ったのに、あともう二頑張りくらいしないといけないんだと若干腹が立ってきたけど……。

 僕はそんなことを思いながらもルヴィエさんのことを見て、がんばるしかないか……と諦めがついた。


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