十八話 魔王軍の男2
「はぁ、はぁ」
近づいてきたゾンビ達を魔族の男に使うつもりで複製した剣を利用して倒しながら、この世界に来て運動不足が改善されてきた僕でもしんどいレベルの速さと時間を走った。そんなことをしたせいで、僕は今、息が凄く荒い。
「ねえ、福崎君。どう思う?」
「分からないですよ!!」
「……ごめん」
考えれば考えるほど絶望しかないと結論が出る中でこれからの打開策を考えているところに、エルディーさんの何も考えてないことが分かる問いかけに、僕は衝動的に大声を出してしまった。
「……すみません」
「ごめんなさい。……それで、これからどうする?」
僕はまたそれを聞くのかとイライラしつつも、余計な感情を持ち込むなと心を静める。
「町まで全力で目指して、後は町側に何とかしてもらうという感じですかね。あの魔王軍の男に見つからないようにしながら」
「……」
エルディーさんが黙った理由は、多分大方町までどう行けばいいか分からないし、あの魔王軍の男に見つからないようにしながらなんて方法は思いつかないし、そもそも町まで着けば解決するのかさえ分からないということが漠然とでも感じているからだろう。
それでもやるしかないし、僕はそれ以上の策を思いつかない。
「行きましょう」
エルディーさんは少しの間固まっていたが、そのすぐあとはうんとうなずくと走り出した。
僕はエルディーさんが言うことを従っている姿に、少し苛立ちを覚えた。
僕たち二人は途中にいるゾンビ達のせいで無駄に体力を消費しながらも、体力と相談しながらもできるだけ早く街に着くために走ったり歩いたりを繰り返した。
この世界に来てからほぼ毎日、学校で五キロぐらい走らされたりして前よりは体力は着いたけど、この世界で暮らしてきた住人よりも元の体力が低いので、僕の歩調で行動している。
肩で息をして走りながら、なんでよりによって今回が少し遠出をしないといけない依頼を受けることになったんだろうと、ふと考えてしまった。
エルディーさんが悪い部分もあるけど、その本来の悪い部分は僕が許したわけだし、今の状況がエルディーさんのせいだと言ったら理不尽だと思う。というか、そう思わないと自分を抑えられない。
実際、ここでエルディーさんにぶつけるのは理不尽――まあどうなんだろ……。
あーもう!どうでもいいこと考えてないでとりあえず走ろう!
「ここは右ね」
僕は少しの間立ち止まっていたエルディーさんの後ろをついていく。
これは、方向音痴の僕だとどこに行っていいかさっぱり分からないので、道選択をエルディーさんにしてもらっている。
だから、本当に街へ向かえているのかは正直分からない。
「ごめんなさい」
「えっ」
「あたしがこの依頼を受けたせいでこうなっちゃったわけだし」
「いや――」
「それに、前に大変だった時も福崎君とルヴィエさんに任せちゃったし、今回も福崎君だけに負担を掛けてるし」
……僕はエルディーさんに何と返せばいいのか分からないし、やめてほしい。
正直、あの時も今回も僕自身は頑張っているなとは思っている。だけどそれで、エルディーさんが何もできないのはしょうがない。僕みたいに割り切れないから。
だから、謝らなくてもいいし、むしろそういうのは特に今はやめてほしい。今までのこと、今のことを客観的に見えてしまうと、今必要ない感情が漏れ出てしまいそうで。
「だから、もしここを切り抜けられたら――」
「切り抜けられたらどうするんだ?」
僕たちが必死に逃げているあの男が、現れた。
全身に鳥肌が立ち、あんなにばくばくと動いていた心臓が一瞬止まった気がした。
もう、なんでだ!!
あー、どうすればいい?もう絶対に逃げられないし、かといって戦ったって勝てるわけがない。それに――。
「どうやってここが分かったの!?」
「ん?ああ、そこらへんに俺が作り出したゾンビ共が転がっているからだよ」
「!?」
「おっと、お前はわかったみたいだな。言ってみろよ」
いきなり指名されて、どきりと心臓が跳ねる。
「……多分なんですけど、あなたは作り出したゾンビ達を感知することが出来ますよね?もしわかるなら、僕たちが走っていった方角からゾンビ達の反応が消えているのが分かるはず。僕たちは出会ったゾンビは片っ端から倒していきましたから。つまり、ゾンビ達の反応が消えているのをたどれば僕たちが通ってきた道が分かるということですね?」
「おお、正解だ」
クソ、やっちゃった!少し考えればゾンビを感知できる可能性があることだって想定できたはずなのに!
……ただ、このことが分かっていたとしても、結局襲ってくるのに倒さないという手はありえないから、どうしようもできないな。
倒さないように手加減することは少なくとも僕たちのレベルだとできないだろうし、隠れるだけに専念したとしても、特に何もなくとも見つかる可能性はあるし相手にターゲットにされている時点でほぼ無理か……。
「じゃあ、第二ラウンド始めるとするか」
魔王軍の男は腕をグルグルと回して戦闘態勢に入る。
もう無理だ……。
怖い。僕はここで死ぬのか?
怖い。考えないようにしていたのに。
怖い。怖い怖い怖い怖い!!
「じゃあ、最初はお前からだな」
「グハァッ!?」
男の姿が視界から消えると、おなかにすごい衝撃と鈍い痛みが来た。
僕は衝撃と全身に力が入らなくなったことで、足から崩れ落ちる。
「っ!んっ!うぅ!」
うぁー、苦しっ。
苦しいのか痛いのかもよく分からないけど、とにかく空気が薄い。
はあ、はあ、空気が、空気が足りない!痛い!
「おい、顔を上げろよ」
なんか言ってるぽいけど、痛くて苦しいからで何を言ってるか聞き取る気にならない。
「顔上げろっていってんだよ!」
誰かの怒号とともに僕の胸板に固いものが押し付けられ、思いっきり押し出された。
頭がグワンと揺れたと思ったら、思いっきり背中と頭が地面に叩きつけられた。
「いっっったー!」
痛い!
あたま!あたまがぁー!!
「チッ!うっせーな!……おーらっよ!」
僕の顔の真横でドゴーンという鼓膜が破れそうな音が鳴り、足と不機嫌そうな顔をした魔王軍の顔が見えた。
ここで、僕は今どういう状況に陥っているのかを思い出してしまう。
……ああもう、やだ。
「もう、やだぁぁーー!!」
「これこれ、これが見たかったのよ!!絶望に染まらないやつが馬鹿みたいに泣きわめくのをよぉ!あー、はっはっはっは!」
魔王軍の男はおなかを抱えて大笑いするのが聞こえる。
ああ、もう無理だ。
「あー、笑った」
普段はギルドで受ける二回目の依頼はついてこないような福崎君だけど、盗賊に襲われたときにはあたしは何もできずに固まっていた中で、残忍な一面を見せながらもあの場の解決に尽力してくれた。
そして今回もあたしがどうすればいいか分からず絶望している中で、福崎君はできる限りのことをしてくれた。
特に仲がいいわけでもないし、盗賊に襲われた時に見せた残酷な一面があるということもあって、福崎君のことはよく分からない。
あの時も今も福崎君のことが怖いと思うことはあるけど、何かしらのお礼はしなきゃいけないとはずっと思っていた。
でも、福崎君がぼこぼこに殴られて泣き叫んで、そして声さえあげなくなった今でも、立ちすくんでいるだけのあたしはなにもできない。なにもしてない。
「じゃあ、次はお前かー。……君かわいいし、俺のものになってくれるって言うんなら、あのガキと違って生かしてあげないこともないぜ」
魔王軍の男はあたしの体を嘗め回すように見る。
そういうのは、自分の容姿が整っているからそういう目で見られることが多いから慣れているけど、目の前にいる男は露骨すぎて流石に気持ち悪いし、実際に、されるかもしれないからさらに気持ち悪い。
魔王軍の男の誘いに乗れば命は助かるだろうけど、あたしは魔国のどこかに連れていかれて、誰かに助けられる可能性もなく、……飽きるまで体をささげることになると思う。
怖い。
……でも、今死にかけている福崎君と比べたらましなのかもしれない。
「あ、じゃあ、俺のものになるなら、あの死にかけのガキを殺さないでやってもいいぞ。どうする?」
魔王軍の男は気持ち悪い笑顔を浮かべて、あたしの心が動くような提案をしてきた。
もし、あたしが本心から福崎君に恩を感じているのだったら、この提案を蹴るわけにはいかない。
「わ、わ、わか――」
……でも、これからあの男にいいようにされている未来が脳裏によぎって、分かったという言葉が出ない。……答えを出したくない。このまま時間が止まってしまえばいいのに。
盗賊たちに襲われた後に本気で退学することも考えたけど、将来的にお金を払うという約束で入学したからそんな選択肢はなかった。
だから、こんな危険が隣り合わせな生活を辞めるために、ギルドでランクを上げてさっさとお金を稼ぐつもりだった。
そういうこともあって今回の依頼を受けたけど、なんでこんなことになるの?
こんな時でも福崎君のことじゃなくて、自分のことを考えちゃう人間だから?
それって、そんなにおかしなこと?普通、そんなもんじゃない?
……はあ、もう嫌だ。
「もう、いやだー!!」
心の中の叫びが抑えられなくなって声を出したのと同時に、あたしは何故かいきなり体の力が抜けて座り込んでしまった。
すごい疲れが感じながら目を開けると魔王軍の男はいなくて、そしてなんかちょっと先に生えていた木とかもなくなってた。
「なにこれ?」
何が起きたのかいまいち把握できないけど、辺りを見回しても魔王軍の男の姿は見えない。
「やっ――」
「よくもやってくれたな、クソアマがぁぁー!!いてーじゃねーかぁー!!」
あたしがなんかわからないけど魔王軍の男がいないことに喜ぼうとしたところに、その男が怒りをはらんだ声が後ろから聞こえた。
今感じていた喜びは沈んで、絶望で心が冷えていくのを感じる。
「見た目がいいから丁重に扱ってやろうと思ったが、ボロボロにしてやる!」
魔王軍の男が叫ぶと、今まであたしたちが倒してきたゾンビよりも一回りも二回りも大きいやつが現れた。
そのゾンビが腕を振りかぶる瞬間、反射的にあたしは目を閉じた。
「こいつは今までのやつと違うな。……おい、お前が大将か?」
死ぬ恐怖に襲われているところに、あたしが少し前に聞いた覚えのある声が聞こえたので目を開けると、初めてギルドに来た時に思いっきりドアをぶつけてしまった男の人が立っていた。
「ああ、そうだけど。お前は?」
あたしは振り返ると魔王軍の男が不機嫌そうな顔をしながら立っていた。
「俺はスパレボーム様の弟子、スヴェン・アッケルマンだ」
「スパレボームだと!?……チッ、お遊びをして集中してたせいで、ここらにいる奴が全滅してることに気づけなかったか」
「そのことに気づいたのなら、無駄な抵抗はせずにおとなしくしろ!」
「それはちょっと無理な相談だな。ただ、お前らみたいのは確かに俺にとっては相性が最悪だし……、ここは逃げさせてもらうぜ!」
「待て!!」
魔王軍の男は後ろを向いて逃げ出そうとするところに、あたしが扉をぶつけちゃった人――スヴェンさんが追いかけようとする。
「おっと、俺を追いかけている暇があるのかな?」
「福崎君!」
あたしは魔王軍の男の言葉に嫌な予感がよぎって、福崎君の方を見たら、ゾンビに襲われていた。
「クソ」
スヴェンさんも福崎君のことに気づいたのか駆け出し、福崎君に襲い掛かっているゾンビ達を素手で殴ると一瞬で灰になった。
「大丈夫か、お前」
「なんとか……」
スヴェンさんが殴っただけでゾンビが灰になった現象になんで!?とは思ったけど、ただそれ以上にあたしたちは助かったのだなと実感し、なんだか気が抜けてしまった。
気が抜けて余裕が出来たことで、今日、どれだけ福崎君に迷惑をかけて、さらには我が身可愛さに福崎君を見捨てようとしたことを思い返してしまい、最悪の気分だ。




