表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
水に取られた ー零れる刻限ー (改訂版)  作者: 大西さん
第十一章 天保十三年 ― 始まりの水音
PR
65/69

第65話 藩主の狂気

一方、父である藩主・忠愛は、日に日に衰弱していく娘を前に、為す術もなく苦悩していた。名だたる医者を呼び寄せ、高名な僧侶に祈祷をさせた。しかし、姫の病は一向に良くならない。


松姫は、幼い頃から父を慕って育った。母は産後の肥立ちが悪く早世しており、忠愛は男手ひとつで姫を育てたのだ。膝に抱いて文字を教え、夜中に喉が渇いて泣いた姫には、自ら水を汲んで飲ませてやった。あの夜の水の温もりを、姫はいまも忘れていない。藩主としての父は厳しかったが、姫の前ではいつも、ただの一人の父であった。だからこそ、姫は信じていた。父がきっと、自分を救ってくれる、と。


忠愛の心は、焦りと絶望に支配されていった。そして、彼はついに人の道を踏み外す。


「呪いには、呪いを以て制すしかない」


忠愛は、領地の外れにある東林山慈恩寺の住職を呼びつけた。その寺は、古来より水神を祀り、人身御供の儀式を行っていたという、いわくつきの場所だった。


「姫を救う手立てはないか」


忠愛の問いに、老婆のような住職は、淀んだ目で答えた。


「方法は、一つだけ。姫君を、水神の花嫁として捧げるのです」


「馬鹿なことを!」


「されど、それしか道はございませぬ。水神は、渇いておられる。人の子の、純粋な愛の交わりを。それによってのみ、水神の渇きは癒え、姫君の呪いも解けましょう」


住職は続けた。


「寺の地下には、古き水脈がございます。そこに、巨大な『水時計』を造るのです。姫君の愛する者を生贄とし、その魂を歯車とすれば、水時計は永遠に時を刻み、姫君の渇きを癒し続けましょう」


それは、正気の沙汰ではなかった。しかし、娘を救いたい一心で狂気に陥った忠愛には、それが唯一の救済策に思えた。


「やれ。国中の職人を集め、最高の水時計を造るのだ。金はいくらかかっても構わん」


その日から、慈恩寺の地下では、昼夜を問わず槌の音が響き渡った。カン、カン、カン。その音は村人たちの夢にまで忍び込み、誰もが理由もなく、寝苦しい胸騒ぎに目を覚ました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ