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第60話 最後の晩餐
夕食の席は、最後の晩餐と呼ぶにふさわしい、異様な静けさに包まれていた。 食卓の中央に、古い水時計が置かれている。いつもは仏間に安置されているそれが、なぜか今夜はここにあった。
ぽたん。
三十秒に一度、水が滴る。その音が、食事の間中、響き続ける。
「今夜から」 真紀が口を開いた。
「毎晩、禊をします」
「禊?」
「水で体を清めるの。儀式の準備ってやつ。……逃げても意味ないからね。私も昔やったもの、それ。ぜんぶ」
真紀の声は機械的だが、その奥に微かな憐憫が滲んでいた。
美代子は黙々と食事を口に運ぶ。しかし、その手は震え、箸の先から料理がこぼれ落ちる。 「健一...」 美代子の目は、香織ではなく、その隣に座る翔太を見ていた。 「健一...苦しいの...助けて...」
「お母様」
真紀が冷たく遮る。
「翔太さんは、健一さんではありません」
美代子の目に、一瞬、正気が戻る。そして、より深い絶望に沈んでいく。
「そうね...健一は死んだ...私のせいで...」
食卓に、重い沈黙が降りる。水時計の音だけが、規則正しく時を刻み続けた。一滴ごとに、香織が人間でいられる時間が、確実に目減りしていく。




