第53話 駅の電光掲示が、おかしい
六月七日(木)天気:雨 【儀式まで、あと十三日】
その日の早朝、香織は鞄ひとつを背負い、家を抜け出した。誰にも告げず、駅へ向かう。とにかく、この町から出ようと思った。
駅に着いた。電光掲示には、見たことのない文字が並んでいた。
『水害により、当駅発の全列車を運休いたします。復旧の見通しは立っておりません』
晴れていた。雨は、まだ降っていなかった。
バス停へ走った。時刻表は、雨に滲んだようにインクが流れて、数字が読めない。スマホのアプリで経路検索をかけても、地図上のピンは何度押し直しても自宅へ戻る。Googleマップを開けば、現在地の青い点が、勝手にずるずると田辺家の上へ滑り落ちていく。
タクシーを呼んだ。来た。乗り込んで、隣町の駅名を告げた。
「お客さん、いま、どこから乗られました?」
運転手は怪訝そうにナビを叩いた。「この住所、認識しないんです。出発地が、ありません、って」
それでも走ってもらった。十分、二十分。ふと窓の外を見ると——景色は、田辺家の門の前に戻っていた。
そして、雨が降り出した。一瞬で、道路は膝まで冠水した。ワイパーは最大速度で振っても追いつかない。運転手は青ざめた顔でメーターを止め、料金は要らない、と早口で言った。
家の前に立ち尽くしながら、香織は理解した。この町から出る道は、ない。アスファルトの下にも、線路の上にも、ナビの中にも、水が満ちている。




