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水に取られた ー零れる刻限ー (改訂版)  作者: 大西さん
第七章 姉という巫女
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第34話 地下へ降ろされる

廃寺へと向かう道すがら、真紀の中では二人の自分が激しく戦っていた。


「逃げて!」と叫びたい人間の真紀と、「こちらへ」と誘う巫女の真紀。 灯油と黴の混じった匂いが鼻を突く。地下へ続く暗い階段を下りながら、口からは「大丈夫よ、こっちよ」という穏やかな言葉が出る。


階段の石は濡れて滑りやすく、一歩踏み外せば奈落へと落ちていきそうな錯覚に陥る。


聡を助けたいのに、手は彼の手を優しく握り、水時計のある部屋へと導いていく。聡の手は温かかった。その温もりが、真紀の凍てついた心に最後の痛みを与えた。


「真紀、何なんだ、これは」


水が満ち始めたとき、聡の喉仏が、一度だけ大きく動いた。けれど彼の表情は、不思議なほど穏やかなままだった。腰まで水位が達した時、聡が初めて彼女の名を呼んだ。


「真紀」


その声には、責めるような響きはなかった。ただ、深い悲しみと、それでもなお彼女を愛し続ける決意が込められていた。


「君のせいじゃない。分かってる」


その言葉に、真紀の中の人間性が悲鳴を上げた。 ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。 声にならない叫びが、体内でこだまする。涙を流したかった。しかし、目から溢れたのは、涙ではなく、体内の水が変化しただけの冷たい液体だった。


水底の口づけ


水が首まで満ちた、最後の瞬間。 真紀は、抗いがたい力に導かれるように聡の前に立ち、その唇に、自らの唇を重ねた。


それは、冷たい水の底で交わされた、熱い、人間としての最後のキスだった。 愛している、という言葉の代わりに。 永遠のさよならの代わりに。


水の中でも、聡の体温は温かかった。彼の手が、最後の力を振り絞って真紀の頬に触れた。その刹那、真紀は見た。聡の瞳の奥に、恐怖ではなく、深い愛情と、そして彼女への赦しが宿っているのを。


「愛してる」


聡が水の中で口を動かした。音は聞こえなかったが、その形は確かに読み取れた。 その言葉と共に、彼は水に飲まれた。


水が引いた後、真紀は生まれ変わっていた。人間を超えた美しさを手に入れ、心は凍りついた。 これが、一度目の悲劇。


二度目の儀式 - 令和二年、冷徹な遂行

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