第19話 五十年、待ち続けた兄
呪われた町、一人の男の執念
昭和四十七年、六月二十一日。梅雨の長雨が続く、じめじめとした朝。
町は、昨日まで明るく笑っていた弟・亮介が突然姿を消したという噂で持ちきりだった。警察は「家出か、駆け落ちだろう」と、ろくに捜査もせずに捜索を打ち切ろうとしていた。町の人々も、口々に「あの田辺さんとこの娘と一緒だったらしいな」「若いもんのすることじゃ」と、まるで他人事のように噂していた。
だが、俺は知っていた。亮介はそんな男じゃない。家族を、夢を、こんな形で放り出すはずがない。
俺の、そして俺の家族の時間が、止まった瞬間だった。
「亮介は、どこへ行ったんだ」
父と母は憔悴しきっていた。母は毎晩、亮介の部屋の仏壇に線香をあげ、泣きながら彼の名前を呼んでいた。しかし、涙はいつしか枯れ、ただ虚ろな目で仏壇を見つめるだけになった。父は酒に溺れ、家族の会話はいつしか途絶えた。 俺だけが、諦められなかった。 兄として、弟の無念を晴らさなければならない。
俺は、一介の地方公務員だった。郷土史を趣味とし、町の古い記録を読み解くのが好きだった。そして、その知識が、この町の異常性を浮かび上がらせた。 古文書、口伝、そして住民の何気ない一言。すべてが、一つの不気味な物語を語り始めていた。
「田辺家の女は、十八の齢になると、愛しい男を水に捧げ、永遠の美を得る」
最初、俺は馬鹿げた迷信だと一笑に付した。しかし、和子が亮介の行方不明の最後に目撃された人物だと知った時、背筋に冷たいものが走った。
俺は、この日から、亮介の兄であることをやめ、一人の調査者になった。 町役場の戸籍簿、音無神社の古い記録、郷土資料館の古文書。ありとあらゆる資料を、夜な夜な読み漁った。 趣味で集めていた町の古い地図に、行方不明者の出た場所を一つずつ書き加えていくうちに——そこに浮かぶ形は、もはや偶然では片づけられないものになっていた。




