第17話 「また、始まるのか」
その時、貸出カウンターで眠っていた司書の藤田先生が、うなされるように呻いた。 「また…始まるのか…」 寝言にしては、はっきりとした言葉。
「あの悲劇が…水時計が、動き出す…」
翔太と香織は、顔を見合わせた。
藤田先生の額には、びっしょりと汗が浮かんでいる。その汗もまた、普通の汗ではなかった。青みがかった、粘性のある液体が、こめかみから顎へと伝い落ちていく。汗にしては、あまりに冷たい。呪いは、調べる者の体にすら、こうして滴を残していくのだ。
「せんせい…?」 香織が声をかけようとした時、藤田先生が突然目を開いた。 その瞳は、正気を失っていた。焦点が合わず、二人の背後にある何か恐ろしいものを見ている。
「逃げろ!」 藤田先生が叫んだ。
「水が来る!時計が鳴る!皆、沈んでしまう!」
そして、また深い眠りに落ちた。まるで、何も起きていないかのように。
図書室に、再び静寂が戻る。 しかし、それは以前の静寂とはまったく違う、重く冷たい沈黙だった。
窓の外を見ると、また雨が降り始めていた。 この町は、いつも雨が降っている。 まるで、天が泣いているように。 あるいは、誰かが水の中から見上げているように。
初めての接触
「君の家って…」
翔太が、慎重に言葉を選びながら聞いた。
「田辺家、ですよね」
香織は黙って頷いた。
「旧家の、あの」
「呪われた家系の、です」
香織は自嘲的に言った。
「みんな、噂してます。十八歳の娘が、愛する男を水に捧げるって」
「信じてるの?」
「信じたくない」
香織の声が震える。
「でも、体が変わっていくんです。水を求めて、水を恐れて。お姉ちゃんみたいに」
「お姉さん?」
「六年前、十八歳で儀式を」
香織は言葉を切った。これ以上は、言えない。
翔太は、香織の手をそっと握った。 氷のように冷たい手。でも、震えている。恐怖で、不安で。 「一人じゃない」 翔太が言った。 「僕も、きっと関係してる。大叔父の亮介が、君の祖母と」 「知ってたの?」 「推測だけど。でも、この本を見て確信した」
翔太は、懐から分厚いノートを取り出した。




