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第15話 五十年前に消えた、大叔父

田中翔太。クラスで最も目立たない少年。いつも窓際の席で、静かに本を読んでいる。休み時間も、昼休みも、放課後も。友達は少ないが、成績は優秀。特に歴史と国語が得意。眼鏡の奥の瞳が、知的な光を宿している。


ただ、彼の家にも、ずっと語り継がれてきた話があった。


物心ついた頃から、祖父の源三郎に聞かされて育った話がある。五十年前に行方不明になった大叔父、亮介の話だ。


「亮介はな、太陽のような男だった」


源三郎は、古いアルバムをめくりながら、何度も同じ話をした。顔に刻まれた深い皺、遠くを見つめる瞳。その姿は、五十年という歳月の重みを物語っていた。


「野球がうまくて、誰にでも優しくて、そして、たった一人の女を命がけで愛した」


幼い翔太にとって、それは英雄譚のように聞こえた。


ある日、源三郎は翔太の顔をじっと見つめて言った。


「翔太、お前は亮介によく似ている。目元が、特に。もしかしたら、お前は亮介の生まれ変わりなのかもしれんな」


その言葉は、翔太の心に深く刻まれた。自分は、会ったこともない大叔父の生まれ変わり。その日から、翔太は亮介の影を追い求めるようになった。歴史や民俗学への興味も、すべては自分のルーツ、そして亮介が消えた謎へと繋がっていた。


香織を初めて見た時、翔太はなぜだか、彼女のことが妙に気になった。きれいだとか、そういうのとは少し違う。ただ、放っておけない感じがした。理由は、自分でもよく分からなかった。


入学式の桜の下、一人で本を読んでいた彼女の姿に、なぜか目を奪われたのだ。物静かで、どこか儚げで、そして深い孤独の影をまとっている。彼女の周りだけ、空気が違うように感じた。まるで、薄い水の膜に覆われているような。


話しかけたい。でも、勇気が出ない。そんな日々が一年以上続いた。


しかし今日、民俗学のコーナーへ向かう彼女の後ろ姿を見て、翔太は、気づけば足が動いていた。そして、彼女が手にしている本の表紙を見た瞬間——背筋が、ひやりとした。


理由は、分からない。ただ、胸騒ぎとしか言いようのない何かが、彼を彼女のほうへ押し出していた。


窓際の彼女が本へ伸ばした指先の下に、机の上に、小さな水たまりがひとつ、いつのまにか広がっていた。誰も、こぼしてなどいないのに。

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