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第14話 開いてはいけない一冊

四月十六日、月曜日。放課後。


県立高校の図書室は、西日が本棚の間を縫って金色の光の帯を作り出していた。古書特有の、少し埃っぽいけれど懐かしい匂い。ページをめくる微かな音。司書の藤田先生は、いつものように貸出カウンターで居眠りをしている。顎が胸に落ち、眼鏡がずり落ちそうになっている。


香織は、いつもは文学コーナーで時間を過ごす。夏目漱石、太宰治、三島由紀夫。文字が作り出す世界に没頭している間だけは、家のことを忘れられた。しかし今日は、なぜか足が別の方向へ向かった。見えない糸に引かれるように、あるいは、微かな水音に導かれるように。


民俗学のコーナー。


普段は誰も立ち寄らない、図書室の最も奥まった場所。棚には埃が積もり、本の背表紙は日に焼けて色褪せている。その中の一冊が、香織の目に留まった。いや、その本だけが、まるで自ら光を放つように、香織を呼んでいた。


『水と時計に纏わる各地の伝承』


著者名はない。出版社も、地方の小さな印刷所。表紙には、水に沈んだ古時計の絵。時計の文字盤は歪み、針は止まっている。その周りを、髪の長い女性たちが取り囲んでいる。その女性たちの顔は皆、同じ顔をしていた。悲しげで、美しい、私の顔に似た――。


香織は、その本を手に取った。


ひんやりと冷たい。まるで、水に濡れているような感触。紙魚が這った跡すらない、不自然なほど綺麗な状態だった。


ページを開く。紙は黄ばみ、所々に染みがある。水の染み。涙の跡のようにも見える。


最初のページに、こんな一節があった。


『東国某所に伝わる奇譚。十八の齢に達せし巫女、愛する者を水に捧げ、永遠の美を得るという。この儀、江戸の末より密に行われ、明治の世に至るも絶えることなし。巫女は水と一体となり、人ならざる者へと変貌を遂げる。その美しさは、見る者を魅了し、破滅へと導く』


香織の手が震えた。


これは、まさに自分の家系のことではないか。


「その本、面白い?」


突然の声に、香織は心臓が止まるかと思うほど驚き、本を取り落としそうになった。振り返ると、同じクラスの田中翔太が立っていた。

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