規格外
「…………」
沈黙。
草原の中央。
巨大なクレーター。
その中心で、
シャドウウルフ・ロードが地面へ押し潰されていた。
動けない。
暴れているのに、
起き上がれない。
まるで、
見えない山に押さえつけられているみたいだった。
「グ、ガァァァ……!」
ロードが苦しげに唸る。
地面がさらに沈む。
バキバキと嫌な音が響いた。
フィアは完全に固まっていた。
「……え」
それしか言えてない。
まあ分かる。
俺も同じ気持ちだ。
何これ怖い。
右手の紋章が、
青白く光っている。
頭の中には、
自然に情報が流れていた。
《重力支配》
対象へ超高密度重力を付与。
現在出力:0.8%
「0.8%!?」
思わず声が出た。
フィアがびくっとする。
「な、何?」
「いや、なんでもない」
なんでもよくない。
0.8%でこれ?
100%使ったら国消えない?
女神、
マジで何渡してんの?
ロードはなおも暴れる。
だが立ち上がれない。
その時。
《警告》
《対象生命活動低下》
「……あ」
やばい。
このままだと死ぬ。
いや、
魔物だから別にいいのか?
でも。
なんとなく。
「……解除」
そう呟く。
瞬間。
重力が消えた。
ロードが荒く息を吐く。
「ガ、ァ……!」
フィアが驚いた顔をした。
「解除したの?」
「いや、なんか死にそうだったから」
「……」
フィアが変なものを見る目をしてくる。
なんで。
するとロードが、
ゆっくり立ち上がった。
だが。
さっきまでの殺気が消えている。
赤黒い瞳が、
完全にこちらを警戒していた。
というか。
怯えてる?
「グルル……」
ロードは低く唸る。
でも近づいてこない。
そのまま、
少しずつ後退していく。
「あれ」
逃げる?
次の瞬間。
ロードは森の奥へ走り去った。
ものすごい勢いで。
「……逃げた」
フィアが呆然と呟く。
俺もびっくりだ。
ボスっぽかったのに。
しばらく沈黙が続く。
風だけが吹いていた。
やがて。
フィアがゆっくりこちらを見る。
赤い瞳。
真剣な表情。
「ユーマ」
「はい」
「やっぱり人間じゃない?」
「だからなんでだよ!?」
失礼すぎる。
でもフィアは本気だった。
「だって今の、上位魔族でも無理」
「マジで?」
「マジ」
そんなヤバかったのか。
俺、
まだこの世界の基準分かってないんだよな。
するとフィアは、
深くため息を吐いた。
「……規格外」
「え?」
「ユーマ、強すぎる」
真正面から言われた。
なんかちょっと照れる。
でも同時に、
不安にもなる。
この力。
本当に大丈夫なのか?
下手すると、
街ひとつ簡単に消し飛ばせそうだ。
フィアは俺の右手を見る。
紋章はもう消えていた。
「それ、本当にスキル?」
「多分……?」
「疑問形」
いや俺も分からんし。
その時。
グゥゥゥゥゥ……。
腹が鳴った。
盛大に。
「……」
「……」
フィアが無言になる。
死ぬほど恥ずかしい。
だが次の瞬間。
フィアが吹き出した。
「……ふっ」
「え」
「ふふっ……」
笑ってる。
初めてちゃんと笑った。
クール系なのに、
意外と年相応だ。
「こんな状況でお腹鳴るの」
「しょうがないだろ!」
朝からほぼ何も食ってないんだぞ!
フィアはまだ少し笑っていた。
「……変な人」
「またそれか」
でも。
なんか空気が軽くなった。
さっきまでの緊張が、
少しだけ消えている。
フィアは剣を鞘へ戻した。
「帰る」
「だな」
薬草もそこそこ集まったし。
というか、
もう十分すぎるくらい働いた気がする。
俺たちは街へ戻り始めた。
夕日はほとんど沈み、
空は暗くなり始めている。
歩きながら、
フィアがぽつりと呟いた。
「ユーマ」
「ん?」
「さっき、なんで解除したの」
「え?」
「その力。押し潰したままなら倒せた」
ああ。
俺は少し考えてから答えた。
「なんとなく」
「なんとなく?」
「逃げるならそれでいいかなって」
フィアは少し黙る。
やがて。
「……甘い」
「そうかもな」
自分でも思う。
でも。
あの時、
なんか殺したくなかった。
理由は分からないけど。
フィアは横目でこちらを見る。
「でも嫌いじゃない」
「お」
「ただし」
彼女は真顔に戻った。
「次は迷わない方がいい」
その言葉だけは、
少し重かった。




