異世界の最初の街
風の匂いがした。
土の匂い。
草の匂い。
少し湿った空気。
ゆっくり目を開ける。
「……いてぇ」
身体を起こした瞬間、
全身に鈍い痛みが走った。
どうやら俺は、
森のど真ん中に倒れていたらしい。
高い木々。
差し込む木漏れ日。
見たこともない巨大な花。
そして――。
「……異世界、か」
夢じゃない。
マジで来てしまったらしい。
俺はゆっくり立ち上がった。
服装も変わっている。
黒いコートみたいな服に、
動きやすそうなズボン。
革のブーツ。
妙にファンタジー感がある。
「……いや、待て」
大事なことを思い出した。
「神権」
右手を見る。
そこには、
青白い紋章が浮かんでいた。
触れると、
じんわり熱を感じる。
本当に力があるのか……?
試しに、
近くの石へ手を向けた。
「えーっと……動け?」
次の瞬間。
ボゴォッ!!
地面が吹き飛んだ。
「うおおおっ!?」
爆発みたいな衝撃。
石どころか、
周囲の地面がクレーターになっていた。
「やばっ!?」
慌てて後ろへ下がる。
木が何本も倒れていた。
「ちょ、待て待て待て!」
危なすぎるだろ!!
女神が制限かけるって言ってたよな!?
これで制限状態!?
「いや怖すぎるだろ……」
思わず引いた。
こんなの街中で使ったら大惨事だ。
絶対バレないようにしないと。
そんなことを考えていると――。
ガサッ。
茂みが揺れた。
「……!」
反射的に身構える。
次の瞬間。
低い唸り声と共に、
灰色の獣が飛び出してきた。
「グルルルル……!」
狼。
いや、
普通の狼じゃない。
牛くらいデカい。
しかも目が赤い。
「おいおい……」
鋭い牙。
異常な威圧感。
完全に魔物だ。
異世界来て五分でエンカウントとか、
展開早すぎない?
魔狼は低く唸りながら、
じりじり距離を詰めてくる。
逃げるか?
いや。
無理だ。
どう見ても向こうの方が速い。
なら――。
「やるしかないか」
そう呟いた瞬間、
魔狼が地面を蹴った。
速い。
一瞬で目の前。
「っ!」
咄嗟に右手を突き出す。
すると。
魔狼の動きが、
ピタッと止まった。
「……え?」
空中で静止している。
まるで時間が止まったみたいに。
いや。
違う。
魔狼だけが止まってる。
「これ……俺が?」
恐る恐る近づく。
魔狼は動かない。
目だけがギョロギョロ動いていた。
「すげぇ……」
その瞬間。
バチッ!!
右手の紋章が光った。
同時に、
魔狼が吹き飛ぶ。
「ギャウッ!?」
十メートル以上先の木へ激突。
木がへし折れた。
……えぇ。
俺、
軽く止めるつもりだったんだけど。
威力調整ゼロか。
魔狼はヨロヨロ立ち上がる。
でも、
かなりダメージを受けたらしい。
今なら逃げられそうだ。
そう思った時だった。
ヒュンッ!!
何かが風を切った。
次の瞬間。
魔狼の首に、
一本の剣が突き刺さった。
「ガ……ァ……」
魔狼はそのまま崩れ落ちる。
静寂。
「……え?」
森の奥から、
足音が聞こえてきた。
現れたのは、
銀髪の少女だった。
歳は俺と同じくらい。
長い銀髪。
赤い瞳。
細身なのに鋭い雰囲気。
腰には剣。
服は軽鎧っぽい。
そして何より――。
めちゃくちゃ美人だった。
少女は倒れた魔狼を見る。
次に俺を見る。
そして。
「……あなた」
低い声で言った。
「何者?」
空気が変わった。
ピリッとした緊張感。
赤い瞳が、
まっすぐ俺を射抜く。
なんかヤバい。
この子、
めちゃくちゃ強そうだ。
「いや、その……通りすがり?」
「森の奥で魔狼を相手に?」
「……」
無理あるか。
少女は剣を拾い、
警戒したまま近づいてくる。
「普通の人間なら死んでる」
「はは……」
「でもあなたは無傷」
鋭い。
めちゃくちゃ鋭い。
俺、
異世界初心者なんだけど?
もっと優しくして?
「さっきの力、魔法?」
「えーっと……」
どう答えるべきだ?
神権とか言ったら絶対まずいよな。
すると少女は、
ふっと目を細めた。
「……まあいい」
意外にも、
それ以上は追及してこなかった。
「助けたのは事実」
「あ、どうも」
「ここは危険。街まで案内する」
「街?」
少女は頷く。
「この森は初心者が来る場所じゃない」
マジか。
転生地点ミスってない?
女神ぇ。
「ちなみに、一番近い街までどれくらい?」
「歩いて三時間」
遠いな!?
俺の顔を見て、
少女が小さくため息を吐いた。
「……本当に何も知らないのね」
「まあ、色々あって」
「事情持ち?」
「そんな感じ」
少女は少し考え込む。
それから。
「私はフィア」
「え?」
「名前」
ああ。
「俺は悠真」
「ユーマ」
フィアは小さく繰り返した。
不思議な響きだな、
みたいな顔をしている。
まあ日本名だしな。
フィアは踵を返した。
「ついてきて」
「あ、うん」
俺は慌てて後を追う。
森を歩きながら、
俺はこっそり周囲を見回した。
本当に異世界だ。
木のサイズがおかしい。
虫までデカい。
時々、
遠くから意味不明な鳴き声も聞こえる。
怖い。
「……」
前を歩くフィアは無口だった。
でも、
時々こちらを気にしている。
警戒されてるな、これ。
まあ当然か。
突然森に現れた謎の男だし。
しばらく歩いた頃。
「止まって」
フィアが急に言った。
「え?」
彼女は剣へ手をかける。
同時に。
ガサガサガサッ!!
周囲の茂みから、
複数の影が現れた。
「グルルル……!」
魔狼。
一匹じゃない。
五匹。
「マジかよ……」
フィアが舌打ちする。
「群れ……!」
完全に囲まれていた。
しかも、
さっきのよりデカい個体までいる。
リーダーっぽい。
フィアは剣を構えた。
「ユーマ、下がって」
「でも」
「あなたは戦えないでしょ」
……いや、
多分戦える。
というか、
下手したら吹き飛ばせる。
でも、
神権を見られるのはまずい。
どうする?
迷った瞬間。
魔狼たちが一斉に飛びかかってきた。
フィアが動く。
速い。
銀色の軌跡が走る。
一匹。
二匹。
一瞬で斬り伏せた。
「すげぇ……!」
だが。
「っ!」
横から別の一匹が飛び込む。
フィアが反応しきれない。
やばい。
考えるより先に、
俺は手を伸ばしていた。
「止まれ」
瞬間。
空気が凍った。
飛びかかった魔狼が、
空中で完全停止する。
時間すら止まったみたいに。
フィアの目が見開かれた。
「……なっ」
そのまま、
魔狼が地面へ叩き潰される。
ドゴォッ!!
地面が砕けた。
静寂。
フィアが、
ゆっくり俺を見る。
赤い瞳が揺れていた。
「……今の」
やばい。
見られた。
絶対怪しまれる。
終わった。
そう思った瞬間。
フィアは真顔で言った。
「……すごい」
「へ?」
「高位魔法なんて初めて見た」
……高位魔法扱いなんだ。




