死んだ俺、神にスカウトされました
「……は?」
最初に出た言葉は、それだった。
目の前が真っ白だった。
いや、“真っ白”という表現すら足りない。
上下左右の感覚すらない、不思議な空間。
床もない。
壁もない。
空もない。
なのに俺は、普通に立っていた。
「どこだよ、ここ……」
声だけが、妙に響く。
頭がぼんやりする。
記憶がうまく繋がらない。
俺は確か――。
「っ!」
その瞬間、
脳裏に光景が蘇った。
夕方の交差点。
赤信号。
イヤホンをつけたまま歩いていた女子小学生。
猛スピードで突っ込んでくる大型トラック。
周囲の悲鳴。
そして。
「危ない!!」
俺は反射的に飛び出した。
少女を突き飛ばして――。
視界いっぱいにヘッドライトが広がった。
鈍い衝撃。
骨が砕ける感覚。
地面を転がる音。
そこで記憶は終わっていた。
「……あー」
理解した。
「俺、死んだのか」
そう呟いた瞬間。
「正解です」
背後から、
やたら軽い声が聞こえた。
「うおっ!?」
振り返る。
そこには、
とんでもなく綺麗な女の人がいた。
長い金髪。
透き通る青い瞳。
白いドレス。
しかも背中には、
淡く光る羽まで生えている。
神々しい。
いや、神々しいっていうか、
もはやゲームとかでしか見たことないレベル。
「えっと……天使?」
「惜しいですねー」
女の人はにこっと笑った。
「女神です」
「……マジで?」
「マジです」
軽い。
神様なのにノリが軽い。
というか、
俺が死んだことについてもう少し深刻にならない?
「あのー……俺、本当に死んだんですか?」
「はい、死にました」
即答だった。
「神代悠真さん。十七歳。死因は交通事故。とても立派な行動でした」
「立派って……」
「自分が死ぬと分かっていて、他人を助けたんですから。普通はできませんよ」
女神は優しく笑う。
その顔を見て、
ようやく少し実感が湧いてきた。
死んだ。
俺はもう、
元の世界には戻れない。
家族も。
友達も。
学校も。
全部終わった。
胸の奥が、
ズキッと痛んだ。
「……そっか」
思ったよりショックだった。
別に人生が完璧だったわけじゃない。
でも、
普通に明日が来ると思ってた。
来週も。
来月も。
来年も。
当たり前みたいに。
「……」
沈黙する俺を見て、
女神は少しだけ表情を柔らかくした。
「悲しいですか?」
「まあ……そりゃ」
「未練は?」
「……あるに決まってるだろ」
家族に最後の言葉も言えてない。
妹なんて、
きっと泣くだろう。
母さんも。
親父は……どうかな。
でも、絶対ショックは受ける。
そう考えると、
胸が苦しくなった。
すると女神は、
小さく息を吐いた。
「ですが」
彼女が指を鳴らす。
すると空間に、
光の輪が広がった。
その中に映ったのは――。
「え?」
病院だった。
ベッド。
医者。
泣いている母さん。
そして。
「……あれ?」
ベッドの上には、
包帯だらけの俺がいた。
「生きてる!?」
「正確には、“生き返った”ですね」
「は?」
女神はあっさり言った。
「あなたが助けた女の子、実はすごく運命力の強い子だったんですよ。未来で多くの人を救う存在です」
「運命力?」
「簡単に言うと、“世界から必要とされてる度”ですね」
ゲームみたいなこと言い始めた。
「本来ならあの子は死ぬ予定でした。でもあなたが助けたことで未来が変わった」
「……」
「なので、その功績ポイントであなたは蘇生されました」
「ポイント制なの!?」
「神界は割とシステム的なんですよ」
夢壊れるわ。
女神は続ける。
「ただし」
その瞬間。
病院の映像が消えた。
「あなたの肉体は完全には修復できませんでした」
「……え?」
「今のあなたは、“生きているけど死んでいる状態”です」
意味分からん。
「つまり?」
「元の世界では長く生きられません」
女神の声が、
少し静かになる。
「残された寿命は、おそらく数ヶ月です」
「…………は?」
頭が真っ白になった。
数ヶ月?
いやいや。
意味分からない。
せっかく生き返ったのに?
「ちょ、待てよ!」
「はい」
「それじゃ結局死ぬじゃねぇか!」
「そうですね」
「冷静!!」
女神は困ったように笑った。
「なので、提案があります」
「提案?」
「異世界へ行きませんか?」
……はい?
「いや待って。
急に話飛びすぎじゃない?」
「飛んでませんよ。むしろ王道です」
王道って何。
女神はどこからともなく椅子を出すと、
優雅に腰掛けた。
「あなたには二つの選択肢があります」
一本指を立てる。
「一つ。元の世界へ戻り、残り数ヶ月を生きる」
次に二本目。
「二つ。新たな世界へ転生し、新しい人生を送る」
「……」
「ちなみに転生特典付きです」
急に通販みたいな言い方やめろ。
でも。
異世界。
転生。
ゲームみたいな世界。
正直、
少しワクワクした。
昔から好きだったんだ。
ファンタジー。
剣と魔法。
冒険。
ドラゴン。
子供っぽいって分かってても、
ずっと憧れてた。
でも同時に。
「……本当に戻れないんだよな」
「はい」
女神は真っ直ぐ俺を見る。
「転生した時点で、元の世界との繋がりは切れます」
「……そっか」
静かに息を吐く。
悩む。
当然だ。
だって人生だぞ。
けど。
数ヶ月しか生きられない世界へ戻るか。
新しい人生を始めるか。
選ぶなら――。
「異世界」
「はい」
「行く」
女神が目を丸くした。
「即決ですね」
「まあ……どうせ死ぬなら、面白そうな方がいい」
それに。
最後を病院で過ごすより、
新しい人生の方がいい気がした。
女神は、
ふっと笑った。
「いいですね。私はそういう人、嫌いじゃありません」
立ち上がった彼女は、
俺の前まで歩いてくる。
そして。
そっと俺の胸に指を当てた。
瞬間。
ドクン――ッ!!
心臓が暴れた。
身体の奥に、
熱い何かが流れ込んでくる。
眩しい光。
膨大な力。
「ぐっ……!?」
「これよりあなたに、“神権”を授けます」
女神の声が響く。
「世界の法則へ干渉する力」
「神に等しき力」
「世界を自由に書き換える資格」
光が、
俺の右手に集まる。
そこに浮かび上がったのは、
複雑な紋章だった。
青白く輝くそれは、
見ているだけで圧倒される。
「これが……」
「あなたの力です」
女神は微笑む。
「ただし、今のあなたでは制御できません」
「え?」
「下手すると大陸が消し飛びます」
「怖っ!?」
さらっととんでもないこと言ったぞ今。
「なので最初は制限をかけておきます。成長しながら解放されていく形式ですね」
ゲームかよ。
「あと注意事項です」
「まだあるの?」
「あります」
女神は急に真顔になった。
「神権は、“神々”からも狙われます」
「……は?」
「その力は危険すぎる。欲しがる存在も多いでしょう」
嫌な予感しかしない。
「まあ大丈夫ですよ」
女神は笑った。
「死なない程度に頑張ってください」
「適当すぎるだろ神様!」
その瞬間。
世界が光に包まれた。
足元が消える。
身体が落下する感覚。
「うおおおおおっ!?」
女神の姿が遠ざかる。
最後に彼女は、
いたずらっぽく笑った。
「では、良い人生を」
「ちょっ、待――!」
そこで、
俺の意識は闇に落ちた。




