ホストとしての第一歩
ホストとしての初出勤日。
18時には来て欲しいとメールにあったので、17時30分には到着するように出た。いつもだと18時ぐらいまで部活がある。だけど、さすがに今日は部活を早上がりさせてもらった。
部長に早上がりすることを伝えると部長が「…わ、わたしのこと嫌いになったの?」っていう面倒くさそうなことを聞いてきたので、目を見て「いえ、大好きです」と言って部室を去った。
メールで指定された店に着くとそこは…外装から豪華で『knight』という店名をしっかりとアピールしつつ、大人のお店って感じの雰囲気がしてくる。この感じだと中も凄そうだなぁと思いつつ、入口から入ると…逆の意味で驚かされた。
「ま、まだ……改装中?」
そう口が出てしまうぐらいに中はヒドイ。この感じだとオープンはもっと先かな。お客さんが入ってもてなせるような雰囲気ではない。
何もないところがあったりもしているので、そこにもきちんと家具やらソファーやら何かしらないとあそこだけ浮いてしまう。
しばらく立ち往生していると店の奥から…女性が歩いてきた。その女性は見た感じでお金持ちなのが分かるくらいに、高そうなアクセサリーや服を身に付けている。
「あら…あなたが応募してくれた子?」
「あ、はい。古川義幸です。これからよろしくお願いいたします!」
「こちらこそよろしくね。それにしても男性にしては随分礼儀正しいのね」
「そうですかね。これはもう慣れというもので…」
確かにこの世界の男性は女性に対して横柄な態度を取ることも多い。それが当たり前の世界なので、逆にそれを咎めれば異質な扱いをされる。僕もそれを分かっているので順応している。
僕と目の前の女性の関係は雇用する側と雇用される側だ。この場合の立場としては明らかに雇用する側の方が強い。それであればしっかりと敬語を使うのは当たり前。というか前世から染みついた普通の常識なのだ。
「私は小林綾乃。『knight』のオーナーを勤めているから、店のことであれば何でも質問してね」
「よろしくお願いします、オーナーさん」
「そんなに畏まらなくて大丈夫よ。名前呼びでいいわ」
「そういうわけには…」
「いいの。私が良いって言ってるんだから。それに名前で呼んでくれた方が私としても嬉しいの」
さすがにそう言われても、これから勤める店のオーナーを名前呼びにするなんて。でも、この感じだとずっと名前呼びにしないとずっと言ってきそうな感じがする。
「わかりました、では綾乃さんとお呼びしますね」
「そう、それでいいのよ。義幸くん」
そしてそれから僕は綾乃さんからこのお店の現状について聞いた。元々の予定では開店は今月を予定していたらしい。だけど、どうしてもお店の内装とかが遅れてしまって、現状ではまだ開店できる雰囲気ではないと。
「ごめんなさいね。折角、義幸くんに来てもらったのに」
「そんなことは気にしないでください。僕としても出勤する前にお店は見ておきたかったですし、何より綾乃さんとお会いできたので」
お店の関係者とは早いうちに会っておきたい。これからどれくらい、このホストという仕事を続けていくかは分からない。上手くいけば大学を卒業するまで続けるかもしれない。
そういう意味でもしっかりと見ておきたい。
「義幸くんはホストに向いているかもね」
「そうですか?」
「そう思うわ。女に対しての抵抗感が見られないし、話している時も笑顔、これだけできればホストには向いているわ」
女性と接する仕事なのに、女性に対して苦手な感じを出すわけにはいかない。それに妹たちとも生活しているし、女性に対する免疫というものはできてる。
「それにしてもよかったわ。これで義幸くんが来てくれなかったら、ホストクラブって名を売っているのにホストが誰もいないってことになっちゃうから」
「…え…僕だけなんですか?」
「そうなのよ。まず、男性でホストをやろうって子は少ないのよ。女と関わり合う仕事なんて人気になるはずもないわ。だから、正直求人は出したものの、誰もホストに応募してくれない可能性も全然あるなぁって思ったら、義幸くんが申し込んでくれたのよ。あの時、本当に嬉しかったわ」
「ということはオープンしたら女性の相手を全部僕がするってことですか?」
「そうね。だからこの感じだと時間と人数制限は設けた方がいいかもしれないわね。さすがに一人で相手できる人間にも限りがあるから」
僕、一人だけってホストクラブという名前を名乗って良いのだろうか。それに僕もホスト経験ゼロでこれから学んでいこうという人間なんだけど。
「…まず、僕一人で大丈夫なんですか?」
「大丈夫よ。私も義幸くんと会うまでは少し心配な気持ちもあったんだけど、会って確信したわ。あなたという人がいれば、問題ないわ。それに一人しかいないなら少し料金を高くしたり、他の店にはないサービスをしたりすれば十分戦えるしね」
綾乃さんは全然自身たっぷりな感じだけど、僕としては不安しかない。特に最初はホストが一人しかいない店に足を運んでくれるお客さんはいるのだろうか。
僕が少し不安そうな顔をしているのが分かったのか、綾乃さんは笑顔を浮かべた。
「大丈夫よ。絶対に私はあなたを世界で一番のホストにして見せるわ!」
僕は別に…そんなホストで頂点を極める気ないんだけど。




