ホストはお客と連絡先を交換する
いつも通り、ホストとして準備をしていると綾乃さんからスマホを渡された。
「これは?」
「スマホよ」
「それは分かっているんですが、なぜ僕に?」
「これはあなたのだからよ」
僕はポケットから自分のスマホを取り出して「え、僕の携帯はありますよ」はありますよと言うと、綾乃さんは首を横に振る。
「それはあなたの個人用のスマホでしょ。私が渡したいのは仕事用で使う連絡手段よ」
「どういうことですか?」
「この世界で男は貴重な存在よ。誰でも連絡先を交換したいと思っているはずだし、連絡先を交換できればそう簡単に離れることないわ。今までそんなホストいなかったし」
確かに前世のことを思い出すと、同伴とか営業とかをするために連絡先の交換はしたりしていたのかも。
「でも、さすがに義幸くんの個人的なスマホで連絡先を交換させるわけにはいかないわ。何かトラブルに巻き込まれるかもしれないし」
「だから…このスマホというわけですか?」
「そうよ。位置情報に関わるものは絶対にONにしないで。お客を疑いたくはないけど、何かしらの手段で住所を特定して襲ってくる可能性もゼロではないから」
「はい、わかりました」
僕は綾乃さんからスマホを受け取り、ポケットにしまう。
「あと私から注意をするとしたら、あんまり個人的な情報を開示し過ぎないようにね。多少は義幸くんが良いと判断したんだったらいいけど、あんまり個人を特定できるようなものはだめ。義幸くんを護るためには必要なことなの」
「わかりました」
僕の住所を特定したりするような人がこれから現れるかは分からないけど、用心するに越したことはない。それに母さんや妹たちに被害が出るようなことだけは絶対に避けたい。
今日の一人目のお客さんは田中美晴さんだ。
「美晴さん、またお越しいただいてありがとうございます」
お召し物はスーツで会社帰りに寄ってくれたのが一目で分かる。お仕事で疲れているだろうに、僕のところに来てくれるなんて。
「うん、来たわ」
二回来てくれるお客さんは初めて。今までずっと初対面のお客さんばかりを相手していたから、もう一回来てくれるお客さんがこんなに嬉しいものだと思わなかった。
少なくても美晴さんにとって一回目の接客はそこまで悪いものではなかったということだと思う。
そしていつも通り、席まで案内して美晴さんが飲み物の注文を終えると、会話を始める。
「美晴さん、本当にありがとうございますね」
「いいわ、別に」
自分が持っている会話デッキから色々と考えて、これから行こうかなぁと思ったタイミングで美晴さんから質問をされた。
「このお店ってかなりお客は来るの?」
「そうですね。元々、僕は毎日いるわけではないですが、一週間に三回はやっていますね。一日で大体十人くらいのお客さんが来てくださいますね」
「そうなの。私以外に二度来た人っている?」
「いえ、いらっしゃいません。美晴さんが初めてのお客様です、なので僕とっても嬉しくて」
「そう」
美晴さんの表情は全く変わっていないため、何を思っているのかはまるで分からない。
それからアイドリングトークをして、美晴さんに今日の雰囲気を感じてもらう。普段であればこのまま僕が会話を回していくのがいつものこと。だけど、美晴さんは二回目だ。
美晴さんに「僕にして欲しいこととかありますか?」と問いかけてみた。一応、ホストクラブに箸を運んでくれているということは、男性としたいことの一つや二つはあるかもしれない。
なければいつも通り、僕が話しを回していくつもりだ。
「…何でもいいの?」
「別に何でも大丈夫ですよ。なるべく美晴さんのして欲しいことなら叶えてあげたいと思っているので」
「じゃあ、ちょっと手を差し出してくれる?」
「手を出せばいいんですか?」
その問いに美晴さんは首を縦に振ったので、僕は言う通りに両手を美晴さんに差し出す。
すると美晴さんは僕の両手を自分の両手で包み込むように握って来る。
「美晴さん?」
「ちょっとこのままにしておいて」
「わかりました」
美晴さんがこうしないのであれば、僕に止めることはできない。握る力も強くなったり、弱くなったりと一貫性はあんまりない感じだった。
約1分ぐらいして美晴さんは満足したようで僕の両手を解放してくれた。
「満足よ、ありがとう」
「いえ、この程度で美晴さんが満足して下さるんであれば、別にいいですよ」
「そう」
この世界で男という存在は貴重なので、握って見たいという気持ちもあるのかもしれない。それに僕は前世、ホストクラブに行ったことがないのでその辺りは分からない。
もしかしたら前世でもホストの手を握るのはよくある行為なのかもしれない。
「じゃあ、今度は僕が美晴さんの手を握ってもいいですか?」
「え?」
「美晴さんにだけだとずるいじゃないですか。僕も美晴さんの手を握りたいです」
「…あなたが私の手を握るの?」
「嫌でしたか!?」
「別にそんなことはないけど…」
「いえ、無理なさらないでください。嫌なら言ってくれれば「嫌じゃないわ!」」
僕が続きの言葉を言う前に美晴さんから否定された。
「いいわ。あなたが好きなようにして」
「わかりました。では握らせてもらいますね」
僕は美晴さんの右手を僕の両手で包み込むように握ることにした。やっぱり女と男で体の作りが違うものだと改めて感じた。
しばらく握っていると美晴さんに「もういいかしら?」と言われたので、さすがに離すことにした。
「ごめんなさい」
「別に構わないわ。ただそろそろ離してもいいんじゃないかと思ったから言っただけ」
こういうのは難しい。あんまり握り過ぎると相手に不快感を与えてしまうかもしれないので、もっと勉強しないと。
美晴さんの顔は来店した時も赤くなっている気がしたけど、たぶん気のせいだろう。
それからも話していると、いつものことだけどあっという間に終わった。そこで僕は連絡先の交換を美晴さんに提案することにした。
「もし、美晴さんがよければ連絡先の交換をしませんか?」
「…連絡先?」
「はい、僕が美晴さんと連絡を取りたいと思ってしまっただけなので、全然断っていただいても構わないんですが」
「…いいわ」
僕はホストとして初めてお客さんの連絡先をゲットした。
「ありがとうございます、美晴さんがお暇な時に連絡してくださいね。僕からも連絡してしまうかもしれませんが」
「ええ」
綾乃さんへの支払いが終わると美晴さんは店を出た。
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「美晴さんとは交換したけど、やっぱり初対面の人は交換しない感じでいこうかな。二回目とか来てくださったら交換する感じに」
初対面のお客さんも急に連絡先交換は迷惑かもしれない。二度来てくだされば、僕に対して少し興味を持ってくれているってことだと思うし。
「よし、それでいこう」




