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雪月花  作者: 湯灯畳
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第八十九夜 邂逅

九尾は、その異変に気づいていた。


「あの男……」


「気が、異様に黒うなりよった」


 


男は、朝湯から戻ったばかりだった。


濡れた髪のまま、湯の香をまとい、片膝を立てて窓の外を眺めている。


「……」


左の掌を見つめ――


強く、握る。


「……綾乃」


 


そして、朝餉。


今朝は、ゆき姉が自ら供する。


「……こちら、当宿の湯で炊きました粥でございます」


「内側から効能がございますので、どうぞ」


 


疵の男は、しばらく粥を見つめ。


やがて、静かに一口含む。


 


飲み込む。


 


熱が、喉を通り――肚に落ちる。


 


思い出す。


血に染まった粥。


 


――そして。


あのとき、村を包んでいた香り。


 


 


妖の首を取る。


 


示す。


世に。


 


その存在を。


 


すべては――


綾乃の、辱を雪ぐため。


 


 


「どうして、私なんかについてくる?」


 


並んで歩く、妙な二人。


無骨な浪人風情と、白装束の、巫女とも違う見慣れぬ出で立ちの若い女子。


 


「……借りがある」


「貸してない」


 


「……」


「……」


 


噛み合わない。


 


「私は、あまり目立ちたくない」


「離れて歩け」


 


「……」


言われるがまま、三歩下がる男。


 


「……いや」


「男なら、せめて前を歩け」


 


「……む」


わずかに迷い――前へ出る。


 


「……ぷ」


「律儀すぎでしょ」


 


からかうように、笑う。


 


「……」


 


「……そもそも」


男が、口を開く。


 


「生業としているなら」


「なぜ、金を取らぬ」


 


白装束は、少しだけ考えて。


 


「……だって」


「頼まれてない」


「勝手にやっただけだから」


 


「……」


 


沈黙。


 


「……それは」


言いかけて、止まる。


 


言葉が、見つからない。


 


「……」


わずかに視線を逸らし。


 


「……借り、だろう」


 


それだけ、繰り返す。


 


一拍。


 


「……面倒くさいやつ」


 


だが、その声はほんの少しだけ柔らかかった。


 


気づけば――


白装束の姿は、もうなかった。


 


撒かれた。


見事に。


 


 


それから、半月後。


 


疵の男を助けた、あの場所を――


再び通りがかる、白装束。


 


その瞬間。


 


真剣が、降りかかる。


 


辻斬り。


 


咄嗟に躱すも――肩口を裂かれる。


 


「……ぐ」


 


血が、滲む。


 


間合いを詰める影。


 


振り下ろされる、次の一太刀。


 


――その刹那。


 


きん、と鋭い音。


 


疵の男の太刀が、割って入る。


 


そのまま、前に出る。


 


白装束を背に庇い。


 


「お前……」


 


「下がれ」


 


それだけ。


 


「この地は、穢れておる」


 


辻斬りが、低く呟く。


 


「あれは……ここに居たはずだ」


 


「生贄を捧げ――」


 


「神を、この地に再び」


 


斬りかかる刃を弾き。


 


返す二の太刀。


 


――手首が、宙を舞う。


 


「うっぎゃあああ――ッ!」


 


血飛沫。


 


崩れ落ちる影。


 


「……穢れは」


 


一歩、踏み込む。


 


振り上げられる刃。


 


その瞬間。


 


白装束の手が――その腕を掴む。


 


「殺しは」


 


「……やめて」


 


静かな声。


 


 


間。


 


 


やがて、男は刀を下ろす。


 


辻斬りは、悲鳴を上げながら逃げていく。


 


追わない。


 


ただ、刀を収める。


 


 


「……」


「……」


 


言葉はない。


 


沈黙だけが、残る。


 


 


やがて。


 


「……ありがとう」


 


ぽつり。


 


 


「……借りは返した」


 


 


それだけ残して。


 


男は、背を向ける。


 


 


遠ざかる背中。


 


見送る、白装束。


 


 


「……律儀なやつ」


 


 


 


――首無しの地蔵塚。


 


その不穏な通り名は、


かつてこの地に、"地蔵もどき"と呼ばれた妖が現れたことに由来する。


 


だがその首は――


いつの間にか、落ちていたという。


 


誰が斬ったのかは、わからない。


 


ただ、


そういうものだと――語り継がれている。


 


 


もう二度と、会うことはないと思っていた。


 


それなのに。


 


まさか――こんな場所で。


 


三度目の。


 


 


――第八十九夜・了

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