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雪月花  作者: 湯灯畳
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第八十一夜 毒牙

「何事じゃ?」


九尾が気づくや否や。


ズドン、と。


宿全体が、地の底から突き上げられたように揺れた。


続けざまに、バリバリと廊下の壁が引き裂かれる。


全員が飛び起き、ばたばたと廊下へ。


――そこにいたのは。


巨大な、虫のような化け物。


蜘蛛のような。


だが、所々から蛇のような触手が蠢く、歪な怪物。


「何だよ……あれ」


破れた天井から差す月明かり。


その光を受け、無数の球体――目が、鈍く光る。


その奥に。


薬売りの顔が、はっきりと浮かんでいた。


「……」


女将も、それに気づく。


「……とりあえず、やりますよ」


鬼が焔を上げ、前に出る。


「……でも、あんなの、どうすればいいのか」


観る。


まずは反応だ。


あの目――叩けば、何か分かる。


考えるより、先に身体が動いた。


駆ける。


巨大な肢を踏み台に、一気に駆け上がる。


上から――振り下ろす。


ガン、と。


分厚いガラスを叩いたような感触。


手応えは、ない。


ガラス越しに、ゆらりと見上げてくる薬売りの顔。


「ああ……」


「これですよ……」


陶酔した声。


「やっと……」


「やっと、赦された」


その顔へ。


もう一度、拳に力を込める。


ボコッ、と。


腕が膨れ上がる。


焔を纏い――叩きつける。


今度は、重く裂けるような音。


だが。


薬売りは、まるで堪えていない。


「……どうです」


「そんな顔せずに」


「あなたも、こちら側に」


歪んだ笑み。


 


一旦、距離を取る。


女将が焼けた腕に触れ、癒す。


 


――考える。


「……でかい相手を制すには、末端から、だったか」


再び。


関節へ。


全体重を乗せ、踵を叩き込む。


「痛だぁ」


鈍い音とともに、前肢が折れる。


だが。


次の瞬間、別の肢が無造作に振られた。


直撃。


天井へ叩きつけられ、そのまま床へ、頭から。


メキリ、と。


首に、嫌な感触。


「乙鬼さん!」


女将が駆け寄る。


「首を……」


だが、どうにもならない。


思い切って、首に力を込める。


一瞬、首筋に炎が走る。


――戻った。


気がする。


「――便利だな、これ」


 


立ち上がる。


もう一本。


駆け、対の前肢を、拳で貫く。


「痛ぎゃー!」


だが、次の瞬間。


蛇の触手が、しなる。


バチン、と。


壁へ叩きつけられる。


「ぐ……」


立ち上がろうとした、その瞬間。


ぐらり、と。


――毒牙。


触れていたらしい。


力が抜ける。


視界が、濁る。


「うっ……」


胃が、逆流する。


吐き出す。


「はる坊……!」


女将が駆け寄る。


――そのはずなのに。


ふわり、と。


抱きしめられる。


「……!?」


「もう、やめよ?」


「やめて……」


潤んだ瞳。


上目遣い。


その瞬間、視界が滲む。


「乙鬼さん!」


再び、駆け寄る女将。


 


――幻覚。


厄介だ。


触れただけで、この深さ。


 


見上げる。


薬売りの目。


狂気に歪んでいる。


「治療……」


ぽつり。


「そう、治療!」


「治してさしあげますよ」


「その傲慢を!」


「お前らごときにあの女将さんの真似事など――片腹痛い!」


 


毒牙が、飛ぶ。


とっさに、女将が前へ出る。


深々と、腕に突き刺さる。


「うっ……」


「女将さん!」


「邪魔ですよ!」


触手が鞭のようにしなり、叩き飛ばされる女将。


そのまま、こちらへ牙。


差し出した腕。


――噛み込まれる。


 


ぐにゃり、と。


視界が、歪む。


 


現実の上に、何かが重なる。


「はる坊……」


背中から、腕。


ゆき姉。


身体が、熱い。


軽い。


力が、溢れる。


いける。


これなら。


右腕に、焔。


黒鉄の爪。


未知の力に任せ、振るう。


前肢を――関節ごと、斬り飛ばす。


「ぎゃあぁー!」


鉛色の体液。


のたうつ怪物。


「ふふ……」


「いこ、はる坊……」


耳元の囁き。


――そうだ。


ゆき姉。


 


とどめだ。


 


頭へ飛び乗る。


眼球の奥。


薬売りの首ごと――


引き裂く。


弾ける、鮮血。


 


――嗤った。


 


そんな気がした。


 


ふと、滲む視界。


 


見る。


女将が。


化け物に縋りつく。


虚ろな笑み。


その胸には、深い爪痕。


 


ズキリ、と。


右手。


見れば、折れ曲がる手首。


剥がれ落ちた爪。


血。


 


――すべて、幻。


 


奥歯を噛む。


 


女将さんまで……


あんな――


 


怒り。


右腕が膨れる。


焔が溢れる。


痛みは、もうない。


 


「大人しく……しろ!」


毒牙。


来る。


見切る。


躱す。


掴む。


引きちぎる。


 


「痛だぁぁー!」


 


だが。


別の触手。


奔る。


 


牙に引き裂かれながら、


弾き飛ばされる。


壁を破る。


外へ。


 


そのまま。


ドボン、と。


 


露天風呂に、沈んだ。


 


――熱い。


 


――第八十一夜・了

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