05 議論
城門の前では、敷石の上を行き交う履の音が絶えぬ。内外を兵と吏が行き交い、土の上には新しい旗の影が伸びている。献帝を許に迎えてからほどなくして、曹操は司空となり、兵をまとめると同時に倉と畝を立て直すことを先に考えていた。
棗祗は、このとき羽林監としてこの城に仕えていた。かつて東阿の一城で倉と畝を分けた男は、宮の傍で羽林の兵を監しながら、同じく穀と人の行く末を案じている。几の上には諸郡から集められた田と戸の簿が積まれ、その端に石が一つ載せてあった。
屯田を設ける議は、すでに起こっていた。戦乱で荒れた地を再び耕し、兵と民とを畝に入れて自らの糧を立てさせる。その大きな形については誰も異を唱えぬが、当時の論者はみな牛の数を計り、その力の及ぶほどだけ穀を輸送すべきと主張し、そのまま屯田法は牛を限りとする形で進められていた。
棗祗は、ふむ、とひと声唸り、簿に目を落として筆を執る。
『今行われております、牛を雇い穀を運ばせる法では、豊年と申せども用いる牛の数に限りがあります。積み増す穀も多からず、水旱の年には、民の求むるところに十分応じがたい有様にございます。』
行の裏にはかつて見た畝と顔が並んでいた。豊かな年には牛の数が畝の広がりに追いつかず、痩せた年には水に追われ干ばつにさらされた村々が遠い倉を仰いでも牛の足が届かぬ。秤の皿に載せるべきは牛ではなく、人と田の巡りそのものである。
書簡を巻くと、棗祗は羽林の兵が立つ廊を抜けて司空府へ向かった。几の上にはすでに幾巻もの書簡が積まれ、曹操は一巻ずつ目を走らせている。棗祗の書簡が前に差し出されると、曹操は封を割り、行を追った。
「屯田はまず形を定めるが肝要だ。牛の数を限りとすれば、費えも手綱も握りやすい。豊かな年の先のことまで、このとき改めるには及ぶまい」
曹操はつぶやくと、別の書簡を取る。
棗祗の書簡は、ひとまず積まれたままになった。屯田の役目を論じる者たちは、なお牛の数を基に計を立てている。
府を辞した棗祗は、歩みを緩めず城内を見回した。壁の内側にはまだ空き地が残り、遠い州郡から流れてきた者が仮の屋根の下で日を待っている。その姿は東阿の城外で見た流民と変わらぬ。牛の数を秤とする法の隙間からこぼれ落ちる腹と畝を思えば、棗祗の胸は落ち着かぬ。
屯田の命は次々に下り、諸県の荒れ地には官の旗が立ち始めたが、法の根にある秤はなお牛の背にかかっていた。
棗祗は、簿の端に添えた自らの札を取り出しては読み返す。このまま積まれていくだけでは、東阿で見た畝と顔が、やがてまた飢えに追われると知れている。豊かな年にこそ倉に余りを呼び込み、痩せた年には遠くの里にも手を伸ばす形でなければ、畝と人との巡りは定まらぬ。
棗祗はさらに二度、三度と意を尽くした上申の書を書いた。豊年と凶年とを分け、それぞれに畝と倉との結び目を改めよ。牛を数えるのではなく、里ごとに田を割り、人に畝を預けて糧を立てさせよ。その行ごとの背には、民と田畑とを前にした者の眼差しが宿っている。
書簡は司空府に送られた。曹操はそれを見るたび、かすかに眉を動かしたが、やはりすぐに脇へ置いた。
だが、上申は止まぬ。月が改まり、府の几の上に積まれた屯田の簿のあいだに、棗祗の名を記した書簡がまた差し込まれているのを見て、曹操はついに筆を置いた。
「文若」
側に侍していた荀彧が歩み出た。静謐な眼差しには、乱の中で積み重ねてきた策と経験が秘められている。
「棗祗のことは知っているな」
「はい。いまは羽林監を務めておられますね。もしや、屯田の法のことでしょうか」
曹操はうなずいた。
「たびたび改めを求めてきている。牛を限りとする策では、豊年にも凶年にも応じきれぬと言うてな。法の根を動かす話ゆえ、軽々しくは採るまいと思っておったが、これほど固く言い続けるには、何か見えているものがあろう」
曹操は几上の書簡を指で叩く。
「一度、棗祗のもとへ行き、その言を尽くさせてみよ。諸論者の意見もあわせて聞き、どこに秤を据えるべきかを量るがよい」
荀彧は拱手して答えた。
「承りました。屯田の法は、今後の兵と民の糧を定める枠にございます。軽んじず、その言を聞きとう存じます」
その日、荀彧は司空府を辞すと、羽林の営へと向かった。廊の端には、立番の兵が槍を持って立っている。その先の室に、棗祗の姿があった。
「上申の書、確認させて頂きました。曹公は、その言を詳しく聞けと仰せです」
荀彧に案内され、棗祗は小堂に入った。几と席が並ぶ中に、数名の士が坐している。その中には、かつて軍祭酒を勤めた侯声や、先の戦いで活躍した韓浩の姿も見える。
「まず、棗羽林監の見るところを述べて下さい」
棗祗は前に進み、持参の簿をひらいた。
「屯田は荒れ地を起こし、兵と民に畝を得させる良き法にございます。ただ、牛の数を限りとして穀を運ぶ形では、豊年にも凶年にも応じきれぬと存じます」
「何ゆえでしょう」
「豊かな年には畝も人も増えまするが、牛はそうは増えませぬ。牛を限りとすれば実りは土の上で枯れ、痩せた年には水旱にあった里があっても、官の牛は定められた道筋から外れにくい。ゆえに里ごとに田を割り、人に畝を預けて糧を立てさせ、その余りを倉に集める形とすべきと考えます」
そこへ、侯声が身を乗り出す。
「しかし、屯田の法は官の牛をもって田を開き、その力の及ぶところを官田として計るのが上策にございましょう」
侯声は言葉を続けた。
「流民に畝を預ければ、流れ去る時に田は荒れましょう。しかし、官が牛と地とを握っておれば、別の者に耕させれば済むのです。さすれば倉の穀も官の手から漏れませぬ。今は乱のただ中、まず官の掌に力を集めるべきではありませぬか」
荀彧は黙って簿に目を落とした。官が牛と地を囲い込めば、倉の出し入れはたしかに扱いやすい。その考えは、胸のどこかをかすめた。
「棗羽林監。今の侯殿の言を、どうお聞きになられる」
棗祗は簿を押さえた。
「官が牛と地とを握る策は、扱いよいものでございましょう。しかし、そのままでは流民は、いつまでも寄る辺なきままに終わる。腹を量るほかなく、穀も官の秤の皿にしか載りませぬ。里ごとに田を割り、人に畝を預ければ、その里は自らの糧を立てましょう。官が握るべきは牛と田ではなく、その巡りを定める律にこそあると考えます」
荀彧は手もとの簿をもう一度繰り、棗祗の記した里と畝の数を目で追う。同じ簿の別の行には、官牛の数と、いま定められている道筋が並んでいる。
牛を秤とすれば法の形は揃いやすく、田を割って人に預ければ畝は広がるが、乱世の民の心はなお定まらぬ。
侯声はなお何か言いたげに唇を開きかけたが、荀彧の面の色を見て、そのまま閉じて様子をうかがった。棗祗もまた口を閉ざし、簿の端に置いた指に力をこめる。言葉を重ねるより、いまは秤が定まるのを待つほかはない。




