第2話 わたしのお母さん②
確かに最近、母との口論がエスカレートしている気がする。
自覚はある。「ふれあい体験乗艦」。
軍港の街、みなと市。
海軍と市民との交流として毎年夏休みに行われる、地元中学生が戦艦に乗るイベント。
わたしの年は特別だった。海軍がAIでほぼ自動で操艦できる最新鋭戦艦を建造したから、例年なら軍人さんと乗り込む乗艦が、「本当に素人中学生16人のみ」ってなった。
自動操艦の能力を周辺諸国にアピールする、そんな思惑だったのが、状況が急変。
私たちが出発したタイミングで火山「たけとり山」の大規模噴火、それに乗じて周辺国じゅうから多国籍合従軍に侵攻される事態に。
私たち乗組員、このみなと市の中学二年生16人は、出逢いや戦いを色々経験しながら旅を続けて。
なりゆきなんだけど、国のピンチを救う結果になった。
これが、ほんの一週間前までのお話。正直まだ実感が無いよ。
でも。
これを経験したわたしは、以前より自我を自覚するようになっていった。自信、と言ってもいいかも。
40日もの間家から離れ、曲りなりにも戦争を体験した。ただひとりの船医、準々医師として精一杯の仕事をした。
少し、視座が変わったとは思う。
他の家の様子も色々垣間見れたし。
けど、それが良くなかったのかな。
決定的に、母を変えた事実がある。話は、数日前にさかのぼる。
***
紘和60年 9月5日
戦艦ラポルトからの、退艦式、と敵襲。
いつものように、力を使い果たして動けなくなる、暖斗くん。
医務室。
実は、こっそりわたしが忍び込んだ、医務室。
あれからわたしは、暖斗くんの介助、添い寝をしたまま一泊した。
いいえ。身を寄せていたのはわたしのほうかな。
明け方、いつものように無垢な寝顔を見せる彼の、わたしを抱く手をそっとほどいた。
彼の手が乗っていた肩が、急にひんやりと感じた。
帰りたくはない。けどもう泣き顔は見せなくない。このままいたら、彼に無理なお願いをしてしまいそうで。
彼のぬくもりを忘れないよう、何度も、何度も思い出しながら。
行くあてもなく、町をぶらぶらして。食事も摂らずに気がつくと、日が、暮れかけていた。
重くなる足取りに自分でうんざりしながら、家の玄関まで来てしまった。
「記者会見、見たわよ」
40日ぶりに帰ってきた娘への第一声が、それ?
「夕方になるんなら連絡よこしなさい」
だってそうしたら、買い出しのオーダーが来るでしょ?
とはいえ、さすがに居間で、お茶を出された。このお茶飲んだら、家事をやれってことかな?
「ずいぶん、親密そうじゃない? 何度もあなたのほうを見て」
一瞬、何のことかわからなかった。本能が危険を察知してわたしの「超記憶」、発動。
過去の、母の発言を可能な限り全検索する。‥‥該当するセリフは‥‥無い。
「あの『救国の英雄』の『名誉騎士様』と、なんてね? あなたみたいな粗忽者が、一体どうやったのかしら?」
理解した。わたしと暖斗くんの間の空気を、察知したんだ。
沢山のカメラの前。そんな仲良くしていたつもりは‥‥‥‥ないけど。
「わたしが準々医師で彼がパイロットで。戦闘後の彼の体調管理は当然、わたしの管轄だったの。40日間、ホントにもう色々あったんだよ」
「そんな面倒くさそうな話に興味は無いわ。でも、そう?」
母が意味あり気に、人差し指で下唇をなぞる。
「ふ~~~~ん。『彼』、ねぇ‥‥」
油断していた。いいえ。40日間で、その『彼』がわたしにくれたものが、わたしを変えていたのかもしれない‥‥!
でも、わたしの母親は、娘の変化を見逃さなかった。決して。
「家を離れて戦艦に乗っていたにしては、肌つやがやけにいいと思ったのよ。髪もなんか良さげだわ」
「そ、そう? でも家から持っていったシャンプーはあまり使わなくって。戦艦据え置きのもけっこう良かったかも」
「そういう話じゃないわ。何かあなた、変わったのよ」
「そうかな。やっぱ戦争があって色い‥‥」
「そうじゃないでしょ?」
「‥‥え?‥‥」
「女の顔よ。男に愛されてる女、あなたはそんな顔をしてるのよ?」
「お母さん?」
「あなた、まだ13歳なのに、ね」
「‥‥‥‥!!」
その時の母の視線は忘れない。
冷淡。
何か、異質なモノを見るような。いえ、そういったものの類の、一切を拒絶する目、だった。
そして、「あ、わたしの年齢憶えていてくれたんだ」と一瞬思ってしまった。
そんな自分を後で客観視して、泣きそうになった。
「私がこの家で、どれだけの苦労をしてあなた達を育ててきたか、知らないではないでしょうに」
「ごめんなさい。お母さん」
「私があの男に、どんな思いをさせられてきたか、知らないではないでしょうに」
「ごめんなさい。お母さん」
「ちょっと仲良くなったオトコができたくらいで、そんなに浮かれるのね?」
「ちょ、浮かれてなん‥‥ごめんなさい。お母さん」
「あ~あ。あなたが男に生まれていたら、こんなことにはなっていないのよ? あの第二席に、大きな顔をされることも」
「ご、ごめんなさい。お母さん」
「なのに、あなたにだけはギフト認定だなんて? どうなってるのよ?」
「もう許して。わたしが悪かったんだから」
「良かったわね? 人の良さそうなボーイフレンドができて」
顔から火が出そうになった。
生まれて初めての、母との「こういう話」。
お母さんと恋バナをした、と語る同級生を、眩しく見つめる人生だった。
今日の母は、いつにも増して最悪だった。「けど? もしかして? この話題で流れが変わるかも」、と。
一瞬脳裏に、こんな希望がよぎったのだけれども。
それは夢想だった。わたしは甘かった。
「まぁ、ボーイフレンドと、せいぜいよろしくやれば? そして、アナタは」
その後に、続いた言葉。
「いつか、私を。実の母親を捨てるんだわ」




