第2話 わたしのお母さん①
紘和60年 9月10日(火)
わたし、逢初愛依は、暖斗くんと麻妃ちゃんとの楽しい打ち合わせも終わり、帰宅。
帰った早々、母から買い出しを頼まれて家を出て、その帰り道。
家に向かう、わたしの足は重い。
なぜなら。
「さすが、救国をしたお仲間に入れてもらってあるわね。ずいぶん仕事が早いのね?」
「お母さん。普通よ。前に同じお使いをした時も、26分程度だったわ」
わたしを出迎えた‥‥いえ、待ちかまえていたのは。
母だった。
「まあまあ。『かわいい子には旅をさせよ』なんていうけれど、思いのほか成長したのね。私に口答えをするようになるなんて。前と言うなら、先々月の時は20分で済ませたハズよ?」
「正確には違うわ。同じお使いに行ったのは6月30日だから、先々月じゃないわ」
「ほぼ60日前なのに、うるさい子ね。でもその時は20分で済ませたでしょうに」
「6月で小雨が降ってたの。それで小走りだったから、21分だったのよ。その前のその前、5月23日は、ちゃんと26分だったわ」
「だったら今日も走れば良かったじゃない!?」
「まだ9月よ。6月30日とは日中気温が5度も違うし、走ると汗かいちゃうよ」
母の表情が変わった。わたしの言葉が原因だ。
「ああもう! 『ふれあい体験乗艦』なんて行かせるんじゃなかったわ。留守の間、誰が家のことをしたと思ってるの!?」
「お母さん‥‥」
「帰って来たら来たで、屁理屈こねて口答えばかり」
「お母さんっ」
「ああ、そうね。あなたはもうお国を救った英雄の、そのお仲間だものね。‥‥いいわ。英雄様なんだもの。‥‥好きに振舞えばいいんだわ」
「おかぁ‥‥‥‥」
「ほら、そうしなさいよ。ほら」
「‥‥なんで‥‥いつもこうなるの‥‥‥‥」
「アナタは、私が認定されなかった『ギフト持ち』なのよ。こんな、凡人の親なんて本心では見下しているんでしょ? ほら、もっとわがままに、思うままに振舞いなさいよ?」
部屋に籠って、今日も泣いた。
また続くんだ。この日々が。
「お姉ちゃん」
ふすまを叩く音と、開ける音。
不安顔の同母妹が、わたしを心配して来てくれた。3歳年下の妹、慶生だ。
「ごはん、今日作れる?」
違った。食事の心配らしい。
さっきの母親とのやりとりの通り。
この家では、10歳からわたしがずっと、家事炊事をしてきた。
ずっと。
この家には、父親が寄りつかない。
第二席のお嫁さんに、待望の男子が生まれ、正妻ポジションの第一席のこの家には、結局わたし達三姉妹しか生まれなかったから。
男子が貴重なこの国では、あらゆる資源は、男子の元に投資される。父のお金も。
やむなく外に仕事を持つ母は、その家事のほとんどをわたしに任せてきた。
それは、今も続いている。
「あなたには素晴らしい『超記憶、超計算のギフト』があるわ。こんな些末な家事なんて、片手間でしょうに。ギフトをくださった御祖父様に感謝なさいね?」
結局いつも、わたしが謝罪して終わる。そうしないと、終わらない。
そして母は、溜飲が下がった感じでもなく、無言でわたしに背中を向ける。
「お姉ちゃんは、真面目すぎるんだよ。お母さんの顔色見たりしてる?」
「でも、今まであまりにも、わたしが一方的に謝ってばかりだったから」
「でもお母さん、それで通じる? あのお母さんだよ?」
「え? でもちゃんとお話しすれば、いつかわかってくれるはずよ」
「本当にそうかな?」
「そうよ。なかなかそうならなくても、ちゃんと向き合わないと」
「お姉ちゃん、またそれ言ってる」
「だって。母娘じゃない。わたしはそんなに割り切れないよ。肉親って世界で唯一のもので、味方のハズよね? そうじゃなきゃおかしいわ」
「私は違うかな。怒ってるお母さんと普通のお母さんは、違う人」
「慶生、あなた、お母さんをどう見てるのよ?」
「普通のお母さんはお母さんだけど、怒ってるお母さんは別、別の人だと思ってる」
「‥‥‥‥! ‥‥それじゃあまりにも悲しいよ。だってお父さんが寄りつかないこの家で一緒に生きる、母娘じゃない」
正直、直視したくないのだけれど、次女、三女の妹たちには、母はそこまでじゃない。
やっぱり、長女は色々損なのか、しょうがないよね、と自分に言い聞かせてきたけれど。
ギフト云々ということもある。母にも、わたしや曽祖父と同じように「超記憶・超計算」の素養があったと聞いている。
でも。
あと一歩というところで、国は母の能力を「ギフト」とは認定しなかったと。
そして母は「計算と記憶が得意な、ただの人」、になった。
母はああいう性格で、「自分はギフテッドだ!」とすでに公言していたから、周囲と色々とあったことは想像できる。と、いうか、そのあたりのことは話題にすらできないので、祖母とのやりとりや母の友人の少なさから、わたしが勝手に類推しているのだけれど。
まあ、わたしだって。
人のことは言えないかな。
ほんの一年前までは「絵に描いたような典型的な陰キャ」だったのだから。
「それよりお姉ちゃん」
あ、しまった。慶生と話してるんだった。
「‥‥‥‥あ、ごめんね。なに?」
「ごはん、まだ?」




