第2話 わたしのお母さん③
「アナタは、わたしを、捨てる」
狼狽。母の言葉に。
「そ、そんな訳ないじゃん。無いよ! そんなこと」
「いいえ。捨てようとするわ。良かったわね。アナタ程度の娘にも、曲りなりにもお相手が出来て」
「暖斗くんとは、そんな」
「『暖斗くん』? ふ~~ん? ああ、梅園家の、ね? お父様は確か軍の材料工学のご要職だったかしら。あ~あ、『咲見』というのは母親姓ね。確か『咲見』暖斗くんは梅園家の第二席の第一子」
「‥‥そう‥‥よ」
「‥‥いいわねぇ? 第二席の分際でも男子さえ産めば、曲りなりにも勝ち組の顔ができるのだから」
「‥‥‥‥」
「その暖斗くん? も、どうかしら‥‥‥‥? 本当にあなた程度の人間を好きになるのかしら」
「‥‥‥‥どういう意味?」
「だって。一緒に旅をすれば、情も湧くわ。一時的には」
「うん。距離感どうしても近いし。医者と患者って」
「でしょう? でもあなたには、人に愛される素養なんて無いでしょうに?」
「‥‥わかってる。‥‥それは否定はしないわ」
「そんなあなたに近づくなんて。物好き? 酔狂? あら、ギフト目当て? あっはは。どうせそのうち、捨てるつもりなんだわ」
「お母さん!」
「‥‥‥‥‥‥‥‥何よ」
「暖斗くんは、そんな人じゃないわ」
「あなたに何がわかるのよ?」
「暖斗くんと? なんて、わたし全然思ってないけど、彼は‥‥」
「わかるわ。男なんて所詮、言い寄ってくるオンナの中から、自分に都合の良いオンナを、身勝手に‥‥」
「だから、暖斗くんはそんなことは!」
「あっはは! ほ~らぁ。ムキになるのは図星の証拠。‥‥あなたも彼も、‥‥まだ中学生でしょう? お国を救った英雄となったのよ? 彼は?」
「だからなに?」
「これからするのよ? 『そ・ん・な・こ・と』を! 英雄には、国中のオンナが色目を使う。生真面目に体験乗艦してたとして、それが何?」
「わたしは暖斗くんを信じるよ‥‥」
「ほほ。健気なこと。でも、これから起こるのよ? これから狂うのよ」
「暖斗くんは狂わない」
「違う。狂うのは、アナタの人生」
「‥‥‥‥‥‥」
「オトコなんかを信じた、アナタが、これからたっぷりと泥水を飲むのよ?」
「‥‥‥‥‥‥‥‥」
「私だって、アナタが憎くて言ってる訳じゃない。オトコがどんなに粗野で、身勝手か。‥‥身をもって知ってるから。‥‥あらかじめ教えてあげてるの」
「‥‥ち、違うもん‥‥」
「違わないわ」
「‥‥暖斗くんは‥‥誠実だもん」
「『誠実』ねぇ。確かにオトコは皆誠実だわ。口説き終わるまでは」
「‥‥もう‥‥やめてよ」
「アナタだって、あの男が私に何をしたか、知ってるくせに」
「‥‥お父さんのこと、‥‥そんな言いかたしないで」
「いえ。『何もしなかった』のよね。‥‥私たち家族には‥‥何も‥‥ね」
「‥‥‥‥‥‥」
***
母との会話は終わった。いいえ。あれは「会話」とか「話し合い」とは言わないのかもしれない。
ただ、母とはあんな風にしかやりとりをしないから、一応「会話」と、少なくともわたしは呼んでいる。
「わたしのことはいい。でも! 暖斗くんやみんなを悪く言うのはやめて!」
こんな、ドラマでよく出て来そうなセリフが何度も頭をよぎったけど、結局言うタイミングを逃した。‥‥その前に、気持ちが折れてしまった気がする。
とはいえ。
わたしは回想を止め、手は動かす。
ラポルトで40日間離れていたけど、いざ戻ってみると当然のように体が覚えていた。
お夕食作り。‥‥さっき、慶生に加えて詠夢にまで、夕食の心配をされてしまったから。
「えいちゃん。おりょうりつくるの?」
「そうよ?」
逢初三姉妹の末は、まだ7歳だ。わたしが幼少期に愛用した犬のぬいぐるみを、今日も離さない。
「なにつくるの?」
「野菜スープよ。冷蔵庫にあるもので」
「ふ~~ん」
「慶生、詠夢、わたしがいない間なに食べてたの?」
「えっとねぇ」
「スーパーのお弁当とか総菜とか。あとハンバーガー。お母さんが忙しい時は、そんなのが多かったよ」
今まで、わたしが「試験期間で勉強したい」って言っても、そういう選択しなかったよね‥‥お母さん?
「外で買うと、お金もったいないよ?」
「えっとねぇ‥‥おかあさんは」
「お母さんね、『愛依が戦艦に乗ってお金貰えるから、大丈夫』って言ってた」
「ああ~~! もう! けいちゃん! えむがしゃべりたいぃ!」
「‥‥‥‥!」
初耳。わたしのバイト代は、将来医者になるための諸経費に使う心づもりだった。全額貯金している。
学費は全額無料の奨学金をゲットして、それ以外の生活費を賄うためのお金、そのために貯めるお金、のつもりだった。
それに、お父さんはこの家に寄りつかないけど、最低限の養育費はちゃんと来るよね。重婚でどんなに疎遠でも、婚姻者に仕送りしないのは世論が許さないし。
それに国からの重婚手当も。
「‥‥‥‥いただきます」
「「いただきます」」
肉少な目の野菜スープとあと一品。結局わたしが作り、高揚感皆無の「いただきます」をして、夕食となる。
母とわたしは基本無言。妹たちが何か話したりはするので、その声だけが響く。
「ああ、帰ってきちゃったなあ。この家に」
‥‥‥‥ずっと昔から変わらない。我が家の食事風景だった。
わたしは白い顔でごはんを口に運びながら、でも。
ちゃぶ台の下に下ろした左手を、何度も動かしていた。
あのぬくもりを記憶する、左手を、ね。だって。
明日は、学校。
彼と、逢える。




